第13話 苦手なあの子
「あ」
「……どーも」
美井路と別れた後、教科書や参考図書を確認するために大学生協本店の図書コーナーに来ていた。美井路との晩ごはんまで時間を潰そうという目的だったのだが……見たくもない顔に遭遇してしまう。この一年間での遭遇率の低さを考えると、その日のうちに二度も面を拝むなんて本当に珍しいこともあるもんだ。
枝川は、つい声をあげてしまったという表情で、自分の口元を抑えて半眼のジト目を向けてくる。もっとも、枝川は目尻が下がった眠たそうな面構えなので、ジト目というのは被害妄想の可能性も捨てきれない。
「……あー、葵くんも教科書見に来たの?」
意外も意外。このままスルーせずに枝川は僕に話しかけてきた。
「まあね。そっちも?」
「ウン。できる限り買わない授業を選ぶけど。高いし重いし」
「なるほど」
話を切るために適当に返事をしていたのだが、彼女は気にもせず、違う話を振ってくる。
「ねえ、アンタって灰谷さんとどういう関係?」
なんとなくだが、これが本題のような気がした。それに付き合う義理はないのだが、ここで話を上手く切り上げられるほど僕のコミュニケーション能力は高くない。
「どういう? 友人だけど」
だから、正直にそんなことを言ってみたのだが、枝川はげんなりというか嫌そうなというか、中々趣深い表情を返してきた。
「アンタみたいなダサいやつがねえ……?」
失礼極まりない発言だが、言っていることは間違っていない。
「そうだね。望外の喜びだよ」
「なにそれ、ちょっとキモいよ」
はあ、と枝川ははっきりとため息をついて続ける。
「そんな格好で隣にいるなんて、せっかくの灰谷さんの美人も台無しになっちゃう。ちゃんとオシャレしなさいな」
彼女の真面目くさった顔からすると、多分本気も本気。忠告とか上から目線とかそういうものではなくて、ただの親切のつもりに違いない。
「そうだな」
が、僕としてはあまり聞き入れるつもりもないので、反射的に生返事をしてしまい、枝川は訝しげな表情になる。
「……ナニよ。アンタもアタシが嫌いなの?」
枝川は眠たそうな瞳をさらに細めて、むっとしたよう唇を尖らせる。
アンタも。そこを強調しているように聞こえるのは僕の気にしすぎ、ではないだろう。
「いや、特に嫌いじゃない。明るいクラスのまとめ役。数回しか会話したことのない僕の名前を覚えている時点で悪いやつじゃないのなんて分かっているさ」
苦手なだけだ、なんて僕のあまりに個人的な感情は言う必要はない。
「そういうアンタだって私の名前とか覚えているじゃん」
「たまたまだよ」
これは明確に嘘だ。覚えているのはあまりに強い印象が残っているから、だ。
彼女のことを認識したのは入学式のとき。その際、灰谷と枝川の間でちょっとしたいざこざがあったのだが……はっきりと彼女のことを意識して、避けるようになったのはその翌日からである。
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