第11話 女子バスケ部部長からの依頼

「昨日は随分と暴れたようじゃないか、秀一」


 昼休みに真琴から投げかけられたのは、随分と意味深な一言だった。

 ……昨日。それだけでとても嫌な予感がする。


「なんの話だ?」


「とぼけるのはよしたまえ。君が一年の女子を助けたという話は耳にしている」


「…………」


「ノーコメントを貫いたところで、既に一年生の間ではちょっとした話題になっているそうだよ。いやはや、スマホというのは実に便利だね。話題などあっという間に広がってしまうのだから」


 真琴の口ぶりだといくら取り繕い、誤魔化しても既に無駄なようだ。

 だが白雪の話が出てこないところを見るに、あの一年女子二人は言ったことは守ってくれているらしい……思えば確かに、あの時は「ここに白雪がいたことは言わないでくれ」、としか言ってなかった。……完全に俺のミスだ。


「僕としても気にはなるところだけどね。なぜ、わざわざ自分の危険を冒してまで一年生を助けたのか」


「…………別に」


 俺だって助けたくて助けたわけじゃない。

 ただあんなものを見てしまったら気分も悪いし、何より一番の大きなきっかけは……白雪が飛び出していこうとしたことだろう。


「ところで秀一」


「断る」


「まだ何も言ってないが」


「嫌な予感がするからだ」


「それはまた非合理的な理由だね。……しかし君の損得勘定に当てはめれば、確かに『損』の部類ではあるかもしれないが」


「だろ? だから断る」


「女子バスケ部の部長は知っているかい?」


「俺の話きいてた?」


「勿論さ。君の話を聞き逃さないなどありえない」


 爽やかな笑顔を浮かべてないで気づいてほしい。己の矛盾に。


「……女子バスケ部の部長な。確か三年の米沢先輩だろ。その人がどうかしたのか」


「その米沢先輩から君との仲介を頼まれてね。申し訳ないのだが、放課後に彼女と会っては紅か」


「話は分かった。断る」


「……ほう。そうか。ところで君と白雪アリスの件についてだが」


「親友の頼みを無下にするほど、俺も非情じゃないぜ」


「ははは。そう言ってくれると思ったよ」


 この野郎……! サラッと人を脅しやがって……!


「そこまでしてお前が俺を引きずり出すとはな。米沢先輩に弱みでも握られてるのか」


「いや? 特にそういったことはないかな。ただまあ、三年生の人気者に恩を売れるのは悪くはないと思ったまでさ」


「……お前のそういう自分のことを考えるところは嫌いじゃないぜ」


     ☆


「いやー、急にごめんねぇ。呼び出しちゃってさ」


 放課後は白雪に先に帰るように促し、俺は真琴と共に学園近くにある喫茶店へと訪れていた。


 米沢先輩は、揺れるポニーテールに、すらっと伸びた健康的な手足。そして明るい笑顔が印象的な人だった。こうして直接会ってみるのは初めてだが、なるほど。この誰にでも分け隔てなく接しているのであろう気安さが、人を惹きつけるのだろう。


「はじめまして、明上くん。三年の米沢要よねざわかなめです! よろしく!」


「……明上秀一です。よろしくお願いします」


 差し出された手に応じ、握手を交わす。

 こうして何の惜しげもなく握手を求めてくる辺り、本当に気さくな人なんだな。


「…………」


「……何か?」


「いや。噂で聞いてたのとはずいぶんと印象が違うなぁって。噂ってのもあんまりアテにならないものだね!」


 けらけらと笑う米沢先輩。その『噂』ってのがどんなものかは知らないが、まあ凡その予想はつくな。


「先輩。そろそろ本題に」


「おっと、そうだね。ごめんごめん」


 真琴に促され、先輩はピシッと姿勢を正す。


「まずはありがとうね。うちの妹を助けてくれて」


「妹?」


「そ。昨日、君が助けた一年生の二人。あっちの片方が、うちの妹でね。君のことを興奮気味に語ってくれたから、気になったんだ」


「助けたのはただの偶然です。……それで、本題というのは? まさかお礼を言うためだけに誘ったわけじゃないでしょう」


「おっ、察しがいいねー。そういうの好きだよ先輩は!」


 やりづれぇ……俺に接してくる学園の人間は白雪や真琴を除くと、たいていはマイナス寄りの印象を抱いているから、こうして明るく接してくる人間への対応が慣れない。

 白雪にしても真琴にしてもそんなに明るいやつでもないし。


「んーとね。真琴くんと一緒にちょっとしたお手伝いと、ボディガードを頼みたいんだよね」


「ボディガード? 話が見えてこないんですが……」


「実は次の休日にさ、色んな高校と合同で練習試合をすることになったんだ」


 そんな話、どこかで聞いたことがあるな……。


「もしかして街の大きな体育館を借りて行うってやつですか? 男子バスケ部もやるっていう」


「そうそう。何か色んな手違いがあってブッキングしちゃったらしくてね。どっちも予定がズラせないから、とりあえずコートを分けて使おうってことになったんだけど……男子側のチームが問題でねぇ」


「秀一。君が昨日、追い払ったというのは恐らく鳴動高校の生徒たちだ。実力はそれなりにあるのだが、所属している生徒たちのマナーはあまりよろしくなくてね」


「同じ鳴動高校の女子バスケ部は勿論のこと、うちの女子部員も何回かちょっかいをかけられてるんだよね。だから練習試合当日のことを不安に思う子も少なからずいてさ。守ってあげてほしいんだ」


 ……確かに昨日の連中のチームジャージには、「鳴動高校バスケ部」と書いてあった気がする。


「ボディガードって言いますけどね、こっちはまだ腕が治りきってないんですよ。しかもバスケ部ってことは体格の良い連中も揃ってるだろうし、正直力づくになったら守り切る自信なんてないんですが」


「流石に向こうも暴力沙汰にはしないだろうし、君に力づくの解決を期待してるわけでもないよ。ただ、君がそこにいるだけで、連中へのけん制にはなるでしょ?」


「いざとなればまた華麗なハッタリを見せてやればいいさ」


 どうやらその妹さんとやらは相当にお喋りらしいな。


「ようするに、ボディガードというよりも気休めのお守り……いや、虫除けってことですか?」


「そういうこと。あ、ついでにお手伝いもしてもらえると嬉しいかな。男手があると助かるんだよねー」


「…………実はそっちが本音では?」


「いやいや。そんなことはないよ?」


 ぺろっと舌を出してとぼける米沢先輩。その仕草すら己の武器を自覚している節がある。


「中々に油断ならない先輩だな」


「ご明察。あの明るい笑顔にこき使われてきた男は星の数ほどいるだろうさ」


 小声でひそひそと話しかけると、隣の真琴も頷きながら同意した。

 ……わざわざ真琴が恩を売っておきたくなるのも分かる相手だ。


「どうかな。勿論、タダとは言わないよ? 引き受けてくれたら、ご飯だって奢っちゃうし」


 話を聞いたことで真琴への義理は果たした。後はこの話を断るだけだ。

 貴重な休日を女子バスケ部への奉仕などで潰すなんて、俺にとっては『損』以外のなんでもない。


「先輩。申し訳ありませんが、その日は予定が――――」


「あ、それと、白雪さんと二人きりでデートしてたことは黙っといてあげるよ」


「――――入ってたような気がしましたが、気のせいでした」


 あの一年生、やっぱりお喋りだな!

 話が広まってないってことは、恐らく米沢先輩が強く口止めしてくれたのだろう。俺との交渉に使うために……本当に油断ならねぇぞこの先輩……!


「一応言っておきますが、あれはデートじゃありませんよ。ただ買い物に付き合っただけで……」


「そう? 君がそう言うんならそうなんだろうねぇ」


 他の人がどう捉えるかは知らないけど、という言葉はカットしてくれたらしい。ありがたいことだ。


「諦めたまえ、秀一。この人に目をつけられた時点で君に逃れる術はない」


「なるほど。お前も似たような手で嵌められたんだな。どうりで手伝いの人員に数えられてたわけだ」


「ノーコメントだよ」


 つまるところ、俺たちには最初から退路などなかったのだ。


 ……こうして哀れな俺と真琴は、休日を女子バスケ部の手伝いに費やす羽目になったのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラスメイトのメイドさん。~笑顔を見せないクールなあの子が、なぜか俺の前では微笑んでくれる~ 左リュウ @left_ryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ