第10話 ハッタリ

 翌日。

 放課後になると、俺と白雪は電車に乗って大型ショッピングモールへとやってきた。

 ここなら飲食店も揃っているので、服を買うついでに夕食を済ませられる。


「バスケ部の応援に着ていく服を買いにきたわけだが……練習試合は、学園でやるんじゃないんだよな?」


「街の施設の大きな体育館を借りるそうです。このあたりの高校も含めて、何校かと合同で行うのだとか……」


「じゃあ応援ぐらいなら別に私服でもいいのか」


「そのようです」


「了解。……まずは軽くまわってみるか」


 白雪を連れ、木や自然を彷彿とさせる落ち着いた色合いをしている内装のショッピングモールを散策し、手近な店へと入っていく。

 放課後ではあるが、うちと同じ学園の制服を着た者はいない。わざわざ学園から少し距離のあるところまで来たのは正解だったようだ。


「何か気に入ったやつとかあったか」


「いえ。特には……元よりこういったことには疎いので、難しいものですね」


 いくつかの店を回ってみたものの、白雪は特にピンとくるものがなかったらしい。


「やはり、お手数をおかけしてしまいますが、明上様に選んでいただくのがよさそうです」


「言い出しっぺは俺だし、そりゃあ選ぶのはいいけど……センスとかには期待するなよ」


「構いません」


 本人の言質を取りつつ、手近な店へと入る。

 店内にずらりと並んでいる洒落た服たちをざっと見渡しながら、白雪に合いそうなものを選んでいく……というか、こいつは何を着ても似合いそうだな。あの独特なTシャツにしたって、着ている分には可愛らしかったし。……まあいいや。とりあえずぱっと目に入ったもので。


「ほれ。とりあえずこれ試着してみろ」


「承知しました」


 わざわざ丁寧にお辞儀をして、そのまま試着室に入っていく白雪。

 その間、俺は一人店内で待つことになるわけだが、男子高校生が一人で女性向けの服を売っている店の中にいるというのも中々に気まずい。


「…………なんでこんなことしてるんだろ」


 わざわざ放課後の時間を使ってまで、なぜ俺が白雪の服を選んでいるのか。別に『得』でもない……それどころかこの気まずさを考えると『損』しているような気さえする。

 だけど不思議と――――嫌じゃない。そこまで悪いものじゃないと思っている自分も確かにいる。


「……お待たせしました」


 どこか躊躇いがちな白雪の声がして、試着室のカーテンが開け放たれる。


「…………」


 フリル付きのブラウスにスカート。全体的に上品で清楚な色合いでまとめられ、どこか華やかさを感じさせる装いとなった白雪が、目の前に現れた。


「あの……いかがでしょうか。普段はあまり着ない服ですので、勝手が分からず……」


「…………い、いいんじゃないか?」


 危ない。反応が遅れた。

 ああ、くそっ。なんだこれ。見惚れてしまったのもそうだけど、今日この場に来たことに対して『得』をしたと思ってしまった。


「本当ですか……? 私に問題があるのでしたら、遠慮なく仰ってくだされば……」


「いや。だから……似合ってるし、可愛いと思う。他の奴は知らんが……少なくとも俺はそう思うぞ」


 ハッキリと口に出してやったことで、白雪の顔にも僅かに迷いが消えた。


「そうですか……」


「そもそも、俺の意見は二の次だ。お前が気に入ればいいんじゃないか。何なら、別の服を見てもいいし」


「……いえ。私もこの服は気に入りました」


「お前こそ、俺に気ぃ遣わなくてもいいんだぞ」


「気を遣ってなどおりません。この服は……明上様が、かわいいと仰ってくれましたから」


 そう言って、白雪は愛らしくも優しい笑みを零す。

 ……だからその顔はやめろ。何にも言えなくなるだろ。

 前までは笑わないやつだと思っていたが、俺が熱が出て寝込んだ時の一件以降は、笑うようになった気がする。むしろ前までの白雪の方が考えられないぐらいだ。


 その後、試着室で着替えを終えた白雪と共に会計へと進み、


「あの、お会計は私が……」


「俺が言いださなきゃ起きなかった出費だろ」


 半ば強引に俺の財布から会計を済ませて店を出ると、もう時間的には夕方に差し掛かっていた。


「夕食、ここで済ませようぜ。あっちにフードコートもあるみたいだし」


「そうですね。今からでは遅くなってしまいますから」


 白雪の同意も得たところで、揃ってフードコートへと移動する。

 時間的なものもあるのか、フードコートはちょっとした賑わいを見せていた。


「ちょっと混んでるなー。席があればいいんだけど……」


 俺が席を探していると、白雪は特に周囲を見渡すでもなく、ある一点をじっと見つめていた。


「……どうした?」


「いえ。あそこに、同じ学園の制服を着た方たちがいたので……」


「げっ。マジかよ」


 白雪の指した方へと視線を向けてみると、確かに俺たちと同じ天上院学園の制服を身に着けた女子が二人もいる。幸いにしてまだこちらには気づいていないようだ。


「仕方がねぇな。フードコートで食べるのは諦めて、どっか別の店にでも……」


「明上様」


 白雪に促されて、再度二人の女子の方を見る。

 よく見ると彼女たちに対し、背の高い大柄な男子生徒たちが何やら話しかけていた。

 男子たちはどうやら他校の生徒らしく、天上院学園の制服ではなく、部活動で支給されているであろうお揃いのチームジャージを身に着けていた。


「へぇー、一年生なんだ? かわいいじゃん」

「よかったらオレらと遊ばね? 先輩として楽しい遊びを教えてやっからさ」


 どうやらナンパされているらしい。男子たちの方はニタニタと笑いながら、テーブルに身体を預けるようにして女子二人の退路を塞いでいる。


「……あの方たち、お困りのようですね」


 白雪が言うように、女子二人の方は困ったような表情をしている。

 話を聞いた限りでは両方とも一年生。つまりまだ入学して間もない時期だ。しかも相手は身長も高くてガタイもいいからどこか威圧感があるのだろう。どうすればいいのか分からずに怯えているようにも見える。


「あ、あの……えっと……」

「その……わたしたち、そろそろ帰ろうとかと……」

「えー、いいじゃん別に。もうちょっとぐらい」

「遊んでこーよ。ね? 悪いようにはしないからさー」

「きゃっ……!」


 その筋力のあるがっしりとした手が、一年生の華奢な手首を掴む。


「おいおい、そんな泣きそうな顔しないでくれよ」

「ちょっと触っただけじゃん。な?」

「ぁ…………や、やめ……」


「――――っ……」


 彼女らのもとに向かおうとした白雪。反射的に彼女の腕を掴んで、それを引き留める。


「ちょっと待て。お前、何する気だ」


「あの二人の殿方を説得しようかと」


「…………カモがネギ背負って行くようなもんだぞ」


 白雪のような美人があの場に出ても、あいつらにとっての獲物が増えるだけだろう。


「ですが……」


「……分かったよ」


 白雪が意外と頑固なことはもう知っている。が、白雪を行かせるわけにもいかない。

 ……くそっ。どっちにしろ嫌なもん見ちまった。最悪だ。見なきゃよかった。

 あんなもんに気づいてしまった白雪を恨みたくなる。


「白雪。お前はここにいろ」


 こんな嫌なもんを見てしまったからには――――


「おい、そこの木偶の坊共」


 ――――口を出すしかないだろう。


「断れないって分かってる一年生をナンパか? ダセェことしてんじゃねーよ」


 ここで見なかったフリをすれば何のトラブルもなく終わることが出来るだろう。

 それは確かに『損』をしないかもしれないが、『得』をするわけじゃない。

 ……いや。むしろ『見捨ててしまった』という罪悪感が滲み出てしまう分『マイナス』だ。


「は? 誰お前」


「そいつらの先輩だよ。いいからその手を放してやれ、ウスノロ共」


「言ってくれるじゃん」


 その筋肉質な手が一年生から離れる。

 ……なんとかナンパ男二人の注意をこっちに向けることは出来たようだ。


「喧嘩売ってるわけ?」


「まさか。こんな人目のつくところで喧嘩を売るようなバカがいるわけないだろ」


「「…………っ……!」」


 ここで二人は気づいたらしい。周囲の視線が俺たちに集まりだしていることに。


「……まあ、喧嘩を売るバカはいなくても、ナンパをふっかけるバカはいるみたいだけどな?」

「テメェ……!」

「舐めてんのか……!」


 相手は二人とも俺より身長が高い。百八十センチはあるだろうか。

 しかも体格が良く、スポーツバッグを肩からかけているところを見るに運動部に所属していることは間違いない。

 そんな二人が俺との距離を詰め、真正面から見下ろす形で凄んでくる。

 ……あー、やだやだ。迫力満点だな。


「女子の前だからってかっこつけてるつもりか?」

「オレらは場所を移したっていいんだぜ?」


 周囲に聞こえないぐらいのボリュームで、しかし怒りを滲ませながら、大柄な男は俺を睨みつける。


「お前ら、やっぱりバカだろ」

「なんだと……」


 俺は制服のポケットからスマホを取り出すと、見せびらかすように軽く手で振ってやる。


「俺みたいな帰宅部と違って、運動部は大変だよなぁ……たとえば『他校の一年生の手を強引に掴んでる写真』なんてものが見つかったら、一発で活動停止だもんな」


「「なっ…………!?」」


 大柄な男子たちが揃って息をのむ。


「お、お前! さっきの撮ってたのか!?」


「それはご想像にお任せするよ。ああ、これはただの独り言だから気にしないでほしいんだが――――最近のスマホってのはカメラの性能も高いから、そのご立派なお顔も、さぞ鮮明に映っていることだろうな」


「「…………!」」


 運動部の男たちは悔しそうに唇を噛み締める。


「テメェ……このっ……!」

「おい、よせ……! ここじゃまずい……!」


 片方だけでも周囲の目を気にするだけの冷静さが残っているのはありがたい。

 ……そろそろ畳みかけるか。


「そんなご立派なチームジャージを着てるんだ。SNSに投稿すれば、あっという間に特定されるだろうな。……顔も住所も晒されて人生終了、なんてことにはなりたくないだろ? 俺だってそんなことはしたくない」


 俺が『その気』をチラつかせることで、二人はようやくもはや後がないことを思い知ったらしい。みるみるうちに顔が青ざめていく。


「な、なあ。ちょっとした悪ふざけだったんだよ……!」

「だから頼む、許してくれ……!」


 先ほどまでの態度から一転。二人とも体格に恵まれているはずなのに、今は小さく見える。


「今日は大人しく家に帰れ。あと、こいつらには二度と手ぇ出すな」


「そうすれば、写真は…………」


「それは今後のお前ら次第だな」


「…………分かった。約束する」


 そう言うと、運動部の男子二人は逃げるようにしてフードコートから去っていった。

 二人の背中が消えたことを確認すると、俺は一気に息を吐き出す。


「ふぅ――――……何とかなったか」


「お見事でした、明上様」


 俺の言いつけをまもって見守っていたらしい白雪が、称賛の言葉と共に歩み寄ってきた。


「しかし驚きました。いつの間に写真を……」


「いや、別に撮ってねーよ?」


「えっ? ですが先ほどは……」


「ただのハッタリだよ、ハッタリ。このスマホには、あいつらの写真なんざ一枚たりとも保存されてない」


「ただのハッタリ……それであそこまで啖呵を切ってしまわれるとは……凄まじい胆力ですね」


 心なしか白雪の目に称賛の色が濃く滲んでいる気がする。


「大したことじゃねーよ。運動部ってのは不祥事に弱いし、何より自分たちが原因で部活動停止なんてことになったら、周りからの視線もさぞかし痛いだろうしな。それに、あのジャージとバッグにバスケ部って書いてあったんだ。たぶん、今度合同で練習試合をするとこじゃないかと思ったんだよ。練習試合とはいえ、複数の学校が集まるってことはそこそこ規模はあるやつだろ? そんなものを控えてるとなると、やっぱり処分を意識しやすい。……これだけの素材が揃ってりゃ、分の悪い賭けでもなかった」


「それでも、もし相手が構わず力づくで行動して来たら……まだ腕の怪我も治りきっておりませんのに」


「その時はその時だ」


 ……と、白雪に色々と説明しているうちに忘れそうになったが、肝心の一年生たちの様子を見ていない。


「……お前らは大丈夫か。怪我とか」


「は、はい。ありがとうございました。怪我もありません。ちょっと腕が痛いぐらいで……大丈夫です」


「怖くて、断れなくて……どうしようってなってたので……えっと、その……」


 一年生の二人は、揃って頭を下げる。


「「ありがとうございました!」」


 その言葉にどこかこそばゆい、妙な気分になった。

 ありがとうございました、か。同じ学園のやつからこんな風に感謝されたことなんて、最近じゃなかったな……。


「あの……先輩、ですよね?」

「すごくかっこよかったです! お名前とか教えていただけませんか?」


「悪いけど名前は……」


「明上秀一様です」


「言うなよ!?」


「いけませんでしたか?」


 何も分かっていないのか、白雪はきょとんと首を傾げている。

 ……こっちとしては無駄に騒ぎを大きくしたくはないし、これ以上この件について触れたくもない。ただでさえ白雪の『世話係』の件もあるのだ。これ以上余計な案件を抱えたくはないのだ。


「あなたは……白雪先輩ですよね?」


「わぁー、すごいっ! うわさは聞いてます! もしかして白雪先輩の彼氏さんって……」


「違う。それは断じて違う」


 ここだけは絶対に否定しておこう。俺の命を守るために。


「悪いけど、もう時間がないからこの辺で勘弁な。……ああ、それとここに白雪がいたことは誰にも言わないでくれ。じゃあな、気をつけて帰れよ!」


 とりあえず必要なことだけを言い残して、俺は白雪を連れて手早くその場を去るのだった。


 ……そして今日の一件は、一年生を中心として噂が駆け巡ることになるのだが――――この時の俺は、そんなことを知る由もなかった。



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