最終話 これからも、その先も

最終話 これからも、その先も



「……はぁ。最後の最後まで騒がしかったですね」


「ふふっ、お疲れ様です。太一さん」


 すみれと別れた後。二人は玄関の鍵を閉め、リビングへと戻る。


 彼女がこの家に来訪して滞在していたのはわずか半日という短い期間だったが、その時間は幽霊に明確な意識の変化をもたらした。


 太一はずっと振り回され続けていただけだが、彼女は違う。同居人とのこれからの事、自分の気持ち。全てがハッキリとしたわけではないけれど、それでも……進む先はもう、決まっている。


「? どうかしましたか、幽霊さん。ぼーっとして」


「へ? あー、いえ。なんでも」


 トクン、トクンと心臓が跳ねている気がする。既に死んでいるその身体に心臓なんてものが機能しているはずがないのに、鼓動が止まらない。


「太一さん」


 ぼーっとなんてしていない。たったの半日ぶりに二人きりになっただけで、身体が緊張しているのだ。頭の中では何度も、何度もこれから伝えようとしている言葉がシミュレーションされて反復を繰り返す。


 何を伝えたいのか。どう伝わって欲しいのか。もう迷うことなんてせず、ありのままの今の気持ちを知ってもらう。この人であればきっと受け入れてくれると、絶対的な信頼を置いているから。


「太一さん、これからも……ずっと一緒にいましょうね」


「えっ!? ず、ずっと!?」


 この先、いつまで自分がここにいられるのか。太一がいつまでここにいてくれるのか。そんな先のことは分からない。


 それでも────


「はい。ずっとです。太一さんが嫌だと言っても、私は離れてあげませんからね。ずっと……一緒にいたいんです」


「っ!!? ゆ、幽霊さんそれって、こ、ここ告白ですか!?」


「さあ、どうでしょうね。そうかもしれないですし、そうじゃないかもしれないですよっ」


 そう言って幽霊は、口に手を当てて小さく微笑んだ。


 ここ最近抱えていたやるせない気持ちが、消えていく。伝えたいことを伝えて、その言葉に太一は予想通りの焦りを見せる。微笑みは、安堵と安心感、そして喜びからきたものであった。


 そして、最後にもう一つ。


「あと、太一さん。私の名前は幽霊さんではないです。……結衣、という名前がありますから」


「つぁうぁおっ!?!?」


 突然伝えられる言葉の数々にオーバーヒート寸前の太一は、訳の分からない奇声を上げながら口をパクパクとさせて小悪魔のような顔をしている幽霊と目を合わせる。


『いつか、気が向いたら教えてあげますよ』


 何となく気恥ずかしくて隠していた本名。幽霊さんという呼び方に愛着が湧いていたというのもあって、彼女の気が向くことはこれまで無かった。


 だが、もうただの幽霊さんは卒業だ。少し名残惜しい気持ちになりながらも、もっと仲良くなりたい同居人に本名で呼んでもらいたいという想いの方が、大きくなってしまったのだ。


「ゆ、幽霊さん……えっと……俺、えっと!!」


「幽霊さんじゃありません。せっかく名前を教えてあげたんですから、ちゃんと呼んでくださいよ」


「ぐ、むぐっ……」


 ゴクリ、と唾を飲み込み、本物の心臓がバクバクと高鳴り続ける太一は一度小さく深呼吸をし、呼吸を落ち着かせる。


 すると顔を赤くし気恥ずかしさを覚えながらも、その名を口にした。


「結衣、さん……」


「……っ」


 揶揄ってやるつもりだった。「顔真っ赤っかにして、そんなに恥ずかしいんですかぁ?」とか「名前を呼ぶだけでそんなになるなんて、よわよわですね」とか。


 なのに、身体を熱が駆け巡って言葉が出ない。特に顔は手で触るとホカホカのカイロくらい熱くて、目の前にいる人と同じように自分の顔が真っ赤に染まっていることはすぐに分かった。


(これ、想像以上に……恥ずかしい)


 自分で言っておいて、これからこの感じが続くのだと思うと奥底から恥ずかしさが込み上げてくる。恥ずかしくて、照れ臭くて……でも、嬉しい。元の呼び方に戻してほしいけど、戻してほしくない。また新たな心の矛盾が発生して、結衣は縮こまって下を向く。


「ゆ、結衣……さん。これ、やめませんか? まだその、慣れが必要というか……俺には早いというか……」


「だ、駄目です。せっかく教えたんですから、呼んでくれないと怒りますっ」


「でも結衣さんも顔真っ赤ですし────」


「気のせいですッッ!!」


 顔を上げて咄嗟に反論しても、目と目があった瞬間にその熱は更に増して結衣を襲う。同様に太一もこれまでにないほど赤面して、目を逸らした。


(名前を呼ぶだけでこんなになるなんて、俺はこの先結衣さんに……想いを、伝えられるのか?)


 相手が結衣でなければ百パーセント気づくであろう、太一の気持ち。だがそれは彼女が相手の場合のみ自分からハッキリと言わねば察してもらうことはできない。


 いずれは来るその時のことを考えたら、余計に結衣の顔が見れなくなった。


「「……」」


 部屋を包む静寂。だがそれは長くは続かない。


 結衣が、チラチラと視線を送る。


 太一が、顔を掻きながら視線を送る。


 やがてそれをお互いが感じ取って、小さく笑った。


「……ゲームでも、しますか?」


「し、しましょうか。ボコボコにしてあげますっ!」


 きっとこの先も何度も、何度も代わる代わるこういったことが起こるのだろう。でも、そうした一つ一つの日々が愛おしくて、心地いい。そうやって少しずつ関係性を深めていけばいいと、そう思った。


「そうと決まったら早く行きますよ! いつもは負けっぱなしですが、今日はなんだか勝てる気がします!!」


「む、負けませんよ! いつもみたいにけちょんけちょんにしてやりますからね!!」



 二人の同棲ライフは、まだまだ続くのだから。この先の数十年という長い人生を終えたその後も、末永く────。




──────完──────

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幽霊さんと始める同棲ライフ 〜触れて可愛い地縛霊は好きですか?〜 結城彩咲 @yuki10271227

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