第61話 母との電話
61話 母との電話
『で、どうだったの? 太一の様子は』
『うん、元気にやってたよ。部屋も意外と綺麗だったし学校にもちゃんと行ってるみたい』
太一と別れて、電車に乗り取引先の会社の近くのコンビニのイートインでかかってきた電話。相手は私に太一の様子を見るよう頼んできたお母さんだった。
『昔からやる時はやる子だったけど、サボり癖は酷い子だから……。心配してたんだけど、すみれがそう言うなら大丈夫そうね』
お母さんは私を信頼してくれている。自分で言うのもなんだが、学校での成績、態度は申し分なく、その上就職先の年収も中々悪くない。よく出来た娘だろう。
でも、だからこそ太一はすぐに比較される。お母さんが厳しい人というわけではないのだけど、「お姉ちゃんは〜」と私の過去を持ち出して同様のことを求めることも少なくはなかった。
それは中学校くらいを境目に段々と数が少なくなってきて今となっては無くなったけれど、太一にはそれはそれは恨まれたものだ。そのことが原因で喧嘩(太一が一方的に罵倒するもの)をしたことも何度もある。
(まあでも……太一は私のことを姉として″いらない″と言ったことはないんだよな)
ドラマなどでよくある話だ。優秀な兄か姉と比べられた弟か妹が、比べられることを原因にして喧嘩でこう叫ぶ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんなんていなければよかったのに」
と。
けど太一は違った。あの子が罵倒したのは私ではなく、自分自身。「どうして姉ちゃんに出来て俺には」、「俺も頑張ってるのに」と、さながら漏れ出すような声でどうしたらいいのか分からなくなりながら私に泣きついてきたのをよく覚えている。先程喧嘩と表現したのは、私から慰めに行くと決まってしばらく口を聞いてくれなくなったり、ブチギレられたりしたからだ。
『そういえばすみれ、太一に会うの久しぶりだったでしょ? いつもみたいに喧嘩とかしなかった?』
『はは、まさか。いきなり家に行くって言ったら小言は垂れてたけど結局は入れてくれたよ。それなりに太一の学校生活の話なんかも聞けたりして、楽しかった』
『そ? なら良かった』
一年見ない間に、太一は大人になっていた。まだ未成年だし、顔つきだって子供っぽいかもしれないけれど。昔からずっとそばに居た私からすれば、十分な成長を遂げている。
特に、昔から心の奥底にあった優しさが更に大きくなっている気がした。きっと、変えてくれたのはあの子なのだろう。
『あ、ねえねえすみれ! 一番大事なことを聞き忘れていたわ!!』
『ん? どうしたの? 急にそんな声を荒げて』
『彼女よ! 太一、そろそろ彼女の一人は出来ていたの!?』
『あー……』
彼女、か。お母さんは想像もしていないんだろうな。あの太一が今や美少女と同棲していて、恋人関係ではないもののもうそれに近いレベルまで進展しているなんて。
ただ、その相手が幽霊ということは流石に言えない。ほとんど人間と変わらない彼女だけど、あの部屋から出られないという重い枷を背負っている。そんな複雑な状態をお母さんに話して、受け入れてもらえるとは思えない。
『残念ながら、まだみたい。でも好きな人はいるって言ってたかな』
『太一に好きな人が!?』
きっと今の質問はかなりダメ元だったのだろう。好きな人ができたという報告だけで、電話越しでもわからくらいにお母さんは驚いていた。
それもそうだ。こんなに美しい姉を持って生まれてきてしまったのだから、太一にとってはほとんどの女子が恋愛対象に映らなかったはず。なんせ、私の美貌を超える女性を見つけるなんて至難の業だからな(流石に芸能人とかにはオーラの差で負けてしまうけれど)。
でも、太一は見つけた。私よりも圧倒的に可愛く、その上私とは全てが正反対とも言える女の子を。あんな子、一目惚れしない男子などいないはずだ。
姉としては少し寂しいが、同時に嬉しくもある。私が可愛すぎるせいで迷惑をかけてしまっていたが、これで弟はようやくお母さんからのシスコン疑惑を脱却できる。まあ、どうしても好きな人を見つけられないというのならば……私が貰ってやるというのも、やぶさかではなかったけれど。
『そっかぁ。それは本当にめでたいわね! 太一から恋愛事情のことを聞けたことがなかったから一安心。あ、ところですみれあんたは?』
『私? そうだな……釣り合う人がいれば、そういう関係になることもあり得なくはないかもなぁ』
『……太一より正直すみれの方が心配なのよね、お母さん』
恋愛なんて考えたこともない。告白自体は何度も何度もされたが、まずカッコいいと思える男がいないのだから仕方ないだろう。外見も内面も、もう少しマシな人が出てきて欲しいものだ。
『ま、とりあえず太一はそんな感じだから。ちゃんとやれてるみたいだし、仕送りは続けてあげてね』
『はぐらかしたわね……。まあ分かったわ。すみれも彼氏ができたらすぐにお母さんに知らせてね?』
『はいはい。じゃあね』
そこで電話を切り、私は小さく息を吐いてコーヒーを一口含む。シロップで甘くした程よい風味が口の中を広がって、私の疲れをすぐに癒した。
「相変わらず心配性だな、お母さんは」
二人の子供を持った親として、孫の顔を早く見たいのだろう。だが私はこんな感じだし、男と結婚して家庭を持つというのはしんどいし厳しい。孫の顔を見せる役目は太一に任せたいものだ。
(って……あれ? いくら触れるとはいえ、幽霊とシて子供を作るなんて出来るのか?)
いや、出来るわけがない。いくらあんな感じでもあの子は死んでいるのだ。死んでいる子から新たな生命を生み出すなど、いくらなんでも不可能だろう。
私だってお母さんの娘として孫の顔を見せてやりたい気持ちはある。が……もしかしてその役目を担わなければいけないのは、私の方なのか?
「……ごめん、お母さん。諦めてくれ」
私は頭をよぎった一抹の不安を無理やりかき消して、資料の最終確認へと入ったのだった。
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