神様でもわからないことがあるらしい

 トドメとばかりにニヤリと笑って見せる。よし、決まった。

 そこから静寂が一秒、二秒、三秒。

「……口元、ってますよ」

「~~っ見逃してくださいよそれくらいは!」

 この部屋に二人しかいないのに会話相手を放置すな! 不慣れなニヤリ顔をキープって難しいんですよ!

「慣れないことをするからですよ。ですが、貴女の思惑に乗ってあげます」

 ふわり、と剣吞な空気をかき消して腕を組む神サマ。変わりように目を瞬かせていれば、ふっと笑われた。なんでさ。

「――悪手、と言いましたね。どういう意味ですか?」

「いや、単純な話です」

 そう、これはごく簡単な話だ。



「たかが私の一作品が急にエタったとしても、異世界転移は止まらないでしょ」

「……はい?」



 今度は神サマが目をパチクリとさせる。うおいうおいなんだか可愛いのはどうしてだこんにゃろう。フィクションの存在しかそれは許されないはず。

 閑話休題。

今日日きょうび、異世界転移小説なんて本当に星の数ほどあるって知ってますよね」

「勿論ですよ。だからこそ、その中でも多くの神々の口から出てきたタイトルを中心に作者の方へ声掛けをしようという訳です」

「だから、それじゃダメなんですって」

 私の作品は、それなりに人気だ。更新すればそれなりに読みに来てくださる読者さんがいて、たまに評価してもらえて、感想をいただいちゃった日には天にも昇る気持ちになったりして。

 でも、それでも。


 ネット上にしか存在しない私の作品の代わりなんて、いくらでもあるもので。


「残念なことに、私の作品がなくなったとしても……神様たちは異世界転移小説を面白いと感じるままに、他の方の作品を読み漁ると思います。その度に神サマは、あなたは、こうやって執筆を止めろと言いに行くのですか?」

 いつでもどこでも手軽に読める。だからこその利点、だからこその欠点。たくさんの人に読んでもらえるけれど、いつだってたくさんの代わりが他にある。

「それに考えてもみてください」

「……何をですか」

 もう一つ、問題がある。

 話を戻すと、異世界転移小説が神々の間で流行っているらしい訳で。そのせいでたくさんの人が異世界転移していて、文化とかその他諸々が混ざっていることが問題となった。

 それで人気の異世界転移小説の更新が止まった。連載が止まったとして。そのとき、読者はどうする?

「好きで読んでいた作品が、突然、理由もなく、更新されなくなって。その原因が神サマの仕業だってわかったら――」

 神様は、どうする?



「――他の神様たち、私とか作者をこぞって転移させて、……しまいにはそれぞれの世界で囲い始めますよ?」



 神サマが目を見開き、ごくりと唾を飲んだのがわかる。


 これは、確証も何もない憶測だ。それでも可能性の一つとして十分にあり得ることだと私は思う。だって、異世界転移させられた人の小説が面白いから、じゃあ実際にやってみよう! って神様たちが異世界転移させてしまうんでしょう? それなら、物語の確かな“続き”を求めて娯楽を生み出している当人たちを連れ去ってしまおうと考えに至ってもおかしくはない。


「……成る程。一理ありますね」


 真面目な顔つきに戻った神サマはすまし顔でそう言う。そんなクールな表情してたって、めっちゃ目見開いてたの覚えていますからね!


「コウさんの言う通り、私の策は異世界転移を助長してしまう点においてとてつもない悪手です。……盲点でした」

 言葉の意味を噛み締めるように紡ぐ神サマ。伏せられた睫毛が瞳を陰らせることってあるんですね。初めて見ました。というか。


「……神サマでもわからないことってあるんですねえ」


 なんというか、神サマっていうと何でもかんでもできちゃう、みたいなイメージがあるから、こうやって説得できたということが意外だ。勿論、異世界転移させてしまうような神様たちもいる訳だから私たちが考えているよりも遥かに、いろんなことができるんだろうけれど。

「ありますよ。残念なことに全知全能たれるほど神も完成された存在ものではないので」


 だからこそ、このような事態が起こっているのですから。


 そして草臥れたように溜息を付け加えられて、まあ確かにそうだなあと思ってしまった。うう、私の小説が面白いばっかりに!

「となれば、何かしら他の方策で対応するしかありませんね。……かといって有効打となりそうなものは思い付きませんが」

「なんだか神サマが何もしなくても、ある程度どうにかなりそうな気がしますけどねー」

 一世を風靡したともいえる異世界転移モノジャンルだけれど、今はただただ異世界転移するだけじゃ生き残れないこともあって差別化が激しくなっている。それこそ、異世界転移の危険性を題材にしたり、自身が居た世界に帰れないことを嘆く主人公の話だって増えているはずだ。

「だからといって何もしないというのは、神とはいえ怠慢でしょう。いえまあそもそもの話、時空の神案件を体良く押し付けられたのは間違いないのですが」

 まあ確かにそうですね、と言っていいものか。言ったら言ったで時空の神サマとやらにそれこそ転移させられてしまうかもしれないので黙っておこう。


 神様の異世界転移を止めるための手法、ねえ。


「やっぱり、異世界転移小説の中でも人気のあるジャンルをひそかに変えていくしかないんじゃないですか?」

「異世界転移の良い面だけでなく、悪い面についてを押し出していくということですか。……ふむ、当初の案よりかは効果が見込めそうですね」

「はい。物語ってただ楽しむだけじゃなくって、誰かに自分の考えていることとか感情とか、そういうものを伝えることができるツールですし」

 書くことは楽しいのは勿論だけれど、その人の考え方とか人柄が滲み出るところも執筆の面白さだと思う。そして物語を少なからず何か、形のない感情の何かを表現することができるのだから。

「異世界転移することで生じる困りごとや、その当人たちの苦悩って少なからずあるとはずじゃないですか。そこに焦点を当てた話を神様が読んでいくことで、状況が変わっていくことは期待できるかなと……」

 どこまで効果があるかはわからないけれど、転移した人全員が全員その事実を受け止められる訳じゃない。それを知るだけで、思慮深い神様なら行動を見直すんじゃないだろうか。


「促進させるも抑止するも小説次第、ということですか」


 顎に手をやり、神サマは考え込むような仕草をする。いや、考え込んでいるというのは人間としての推し量り方でしかなくて、もしかしたら違うのかもしれない。

「何か、思いつきそうですか?」

「……さあ、どうでしょう」

 そのまま沈黙してしまった神サマ。

 流行りものは廃りもの、なんていうけれど、一大ジャンルとなった異世界転移小説。トップランキングにもその作品群は健在だ。長い目でみればいつか流行りなんて終わってしまうだろうけど、そんな悠長なことを言っていられないんだろうなあ。


「そもそも、小説を読むこと自体にハマっているのなら、流行りのジャンルを塗り替えたりすればいいだけなんだけどなー……」


 多分そういう次元の話ではなくなっていることは容易に想像がつく。あとは、そうだなあ――。


「――神サマ自身が異世界転移されることでどれほど困っているのか、物語にしちゃったりとか?」

「とか?」


 ふと思考が口からこぼれてしまっていたらしい。神サマの緑色の瞳が突き刺さる。突き刺さっています!!


「何です? コウさん。続きをどうぞ」

「いや、ほら、いいんじゃないかなーって……思いまして……」


 あはは、冗談ですよ。茶目っ気たっぷりの冗談ですってだからそんな見慣れない色の瞳でじーっと見ないでください純粋に怖いんですって美人の真顔の圧は!!




 * * * * *




 Enterキーを押してから、Controlキーと同時にSを押して保存。

 今日の予定していた分の執筆と推敲が終わり、首尾は上々。計画通りに書き溜めを行えていることにホッと安堵の息を吐く。

「よっし、休憩〜」

 ふわりと揺れるカーテンがのどかな、土曜の昼下がり。


 あれから、一週間。神サマの姿は一度も見ていない。

 というかまあ現実なんてそんなものであり、今どこで何をしているのか、結局あの問題をどう解決していくのかなんてことは、これまでもこれからもきっと謎なままだろうなあ。

 あとあれだけ騒いでいたけれど両隣の部屋から苦情は来ませんでした。良かった。エゴサーチもしてみたけれど身バレしてるっぽい情報はソーシャル・ネットワーキング・サービスにはありませんでした。いやほんとによかった。


 冷蔵庫からお気に入りのパック詰めコーヒー豆乳を取り出してから、パソコンの前に座りなおす。小説投稿サイトのトップページに戻って、注目の作品を見る。

 時折こうしてホットな作品を見るのも投稿サイトを利用する醍醐味だ。ランキングや自分のキーワード検索じゃ見つけられないような面白い話を見つけられるし。

 なんて思いつつスクロールしていたら、見つけた。見つけてしまった。


「……マジかい」


 異世界転移ジャンルの新作と思われる作品、『神様の尻拭いで俺が異世界転移することになりました』。著者名は神野ブンゲさん。



 いや最後にぼそっと言ったやつ~~!! あんだけジト目してたのに採用してるしそのまんま著者名じゃんか! あの人、文芸の神サマって名乗ってたよね?!



 サイトへの登録日もつい最近。それに作品の話数もまだ少ないのに、斬新なタイトルもあってか(?)かなり読者ついてる。さすが文芸の神サマ、無理を言ってでも加護をもぎ取るべきだったかな。

 というか、あのまま地球で活動しているとしたら面白いな。時空の神サマに締め出しくらってたりするのかもしれない。神サマも世知辛い時代ですね。


 まあ、とりあえず、ブックマークをしておこう。


 内容も気になるし、それよりもあれだ。私はたぶん、この地球でたった一人の見届け人なのだ。あの神サマの、神野ブンゲ先生の、大いなる偉業についての。

「なにはともあれ頑張ってください」

 きっとペンは剣よりも強し。


 ――神々による神々の遊びたる本当の異世界転移ブームの終了も、そう遠くない未来なのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転移小説が流行ってるらしい 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ