きょうだい裁判 with 自白!

葎屋敷

犯人は誰でしょう?



自白じしろさん!」


 学校でのお昼休み。お弁当を机の上に用意したところで名前が呼ばれる。振り返れば、そこにいたのは友達の矢場川さんだ。

 毛先までケアされた美しい黒髪をなびかせて、彼女は私に笑いかけた。


「一緒にご飯食べよう?」

「いいよー」


 彼女からの誘いを快諾した私は、空いている椅子をひとつ自分の席に引き寄せる。


「ありがとう」


 笑みを湛えながら椅子に座る彼女の姿は、優雅そのもの。背が高くて、スタイルもいい。男女ともに人気が高く、まさに高嶺の花と呼ばれるにふさわしい。我が高校のモテている女子の筆頭であった。

 ちなみに、同じくらいの体型であるはずの私はモテない。なぜだ。


 そんな似ているのか似ていないのかよくわからない私たちは、互いに持参のお弁当を食しながら談笑にふける。その内容の多くは、私の家族の話だった。


「またお兄さんのお話、聞かせてくれる?」

「矢場川さん、結構うちの兄弟の話好きだよね」

「うふふ。だって、微笑ましいから」

「いや、実際に家族になったら、面倒くさいんだよ。全然デリカシーないし、メールの返事は亀並みに遅いし! ていうか来ないし。それにね、ほら、矢場川さん、昨日の放課後、私の家少し寄ったでしょ? 読まなくなった本、引き取ってくれるって」

「うん」

「これは、矢場川さんが帰った後の話なんだけど――」


 そう言って、私は昨日の出来事を彼女に語り始めた。



 *




「俺のケーキが食べられましたっ!」


 そう訴えるは、自白家長男。私よりひとつ年上で、私と同じ高校に通う兄である。


「オレ、しらねー」


 と、無実を主張するは中学生である私の弟。


「おなじくー」


 と、自白家長女である私も、弟に倣い身の潔白を述べておく。


 兄、弟、そして私は現在、家の居間でテーブルを囲んでいる。この三人こそ、父と母自慢の自白家三きょうだいである。

 年が近いこともあってか、我らきょうだいの間にはいさかいが絶えない。毎日のように家族会議ならぬ家族裁判、いや、きょうだい裁判が居間で繰り広げられている。


「あなたたち。夕ご飯の支度ができるまでには終わらせなさいね?」


 そう我々の裁判に口を出すのは母だ。彼女は私たちの喧嘩が夕飯時にまで延長しないかどうかの心配だけをしており、兄のケーキについては特に興味がない。


「ああ、母さん。俺は必ず、この事件の犯人を特定してみせる!」


 しかしケーキを奪われたことに怒り心頭である兄は、母の感情を上手く読み取れないようだ。エールを送ってもらったと勘違いしている。このマザコンが。


「さぁ、言え! 俺のケーキ! どっちが食った!?」


 兄はすでに、私か弟がケーキを勝手に食べたものと決めつけている。

 ここで我が家素人の方は、「お父さんとお母さんが食べた可能性もあるのでは?」と思うかもしれない。しかし我らが父は海外に単身赴任中だ。あと半年は帰ってこない。そして母は甘いものが苦手だ。必然的に両親は容疑者から外れるのである。

 そもそも、うちの両親はたとえ家族のものだとしても、人のものを勝手に食べるような、極悪非道な真似はしない。


「何度もいうけど、オレは知らないからな」


 そういう弟を、私は横目で見る。


 すでに私には犯人がわかっている。

 そう、容疑者が二人しかいない以上、私と弟は互いに相手の有罪無罪を知っているのである。


「私も友達連れて家に帰ったとき、お茶出そうと思って冷蔵庫開けたけど、ケーキなんて見当たらなかったよ。先帰ってたこいつが犯人じゃない?」

「は!? ちげぇよ、オレじゃねぇよ! どうせ姉ちゃんだろ!」


 私に指をさされた弟は動揺をみせる。


「ぐっ……! どっちが犯人なんだ!?」


 兄は私と弟、どちらの言を信じようか迷っている。事件の真相がわかっている者から見れば、滑稽な姿だ。


「姉ちゃんだって、絶対!」

「いや、こいつが犯人だよー。お兄ちゃん、かわいい妹のこと信じてよー」


 私たちは互いに相手を指差しながら、自分の言うことが真実だと訴える。そんな私たちを見て、兄はどちらを信じるべきか、腕を組んで悩んでいる。

 そんな兄を見ながら、私は思う。



 この事件、弟の言う通り犯人はなわけだが……。

 はて、どうやって切り抜けようかな、と。



「どっちが食ったんだよぉ、俺のケーキ。昨日買った、そこそこいいケーキ……。まだ半分も食ってなかったのに……」


 兄は、今は亡きケーキに思いを馳せ、ものの見事に落ち込んでいる。


 なるほど、どうりで美味かったんだ。あの食いかけの、小さいホールみたいなチーズケーキ。冷蔵庫の中で見つけた時、一目惚れしてこっそり食べてしまった私の審美眼は正しかったようだ。


「お兄ちゃん、よく聞いてよ。私はこいつより後に帰ってきた。帰った時にはケーキはなかった。母さんはその時買い物に行ってたし、この家には私が帰るまで帰宅部の誰かさんしかいなかったんだよ? 私は友達と話してて、ケーキ食べる暇なんてなかったし。なら、犯人が誰かなんて、わかるでしょう?」


 私は冷静に、確実に、帰宅部の弟を冤罪に陥れようとしてみる。


「そんなの、オレが食った証拠にはならねぇだろ! 姉ちゃんの友達来てたから、俺、ヘッドホンつけてゲームして、部屋から出ないようにしてたし。降りたらもうその友達が帰ってたから、姉ちゃんだけがリビングにいた時間もあったはずなんだよ。それに、いくらでも姉ちゃんは嘘吐けんじゃん。見てませんってさ!」

「確かに。一方的な証言だけじゃ、お前が犯人はとは言えないな」


 弟の主張は兄を簡単に納得させてしまった。困った。なんとか兄を騙さなければ、私の罪が問われてしまう。

 ここは勢いで誤魔化そう。


「お兄ちゃん、騙されないで! 人の食べ物勝手に食べるなんて、きっと未熟な精神の持ち主がやることよ! たとえばそこの小僧とか!」

「誰が未熟な小僧だ!」

「きっと、闇の漆黒ファイナル・エンドノートとかいう、意味が重複したタイトルのノートを書いてるような、中学生くらいの奴がやることよ! そんな奴じゃなきゃ、半分近くも残った人のチーズケーキを食べるような真似はしないわ!」

「なんでノートのこと知ってんだ!? 殺す、クソ姉貴!」


 ああ、なんて野蛮な弟だ。ほら、お兄ちゃん。こいつが犯人だよ?

 そんな思いを込めて兄をちらりと見る。すると、兄は弟ではなく、私の方を見ていた。その眼光はこちらの身体を射抜いてしまうような、鋭利な刃物を思わせる厳しさだ。


 え、なんぞや。


「なぁ、俺、『俺のケーキが食べられた』としか言っていないんだけど。ケーキ見てないって言ってたお前が、なんで俺のケーキがチーズケーキだって知ってんの?」


 あ、やべ。



 *



「――ということで、自白じみた失言をしてしまった私は今日、代わりのケーキを買って帰らないといけません。兄のケーキは高くて、千円くらいするらしいです。お小遣いがピンチです」


 私が昨日の出来事の顚末を語れば、矢場川さんは楽しそうにクスクスと笑う。


「あー、ミニホールケーキみたいな大きさのケーキだから、それくらいするのかな?」

「そう……、よくわかったね。めっちゃクリーム乗ったやつだった」

「ふふ、おいしいよね」


 矢場川さんは上品に微笑みながら、お茶を口に含む。彼女もチーズケーキが好きらしい。


「自白さんのお兄さんは優しいから、きっと許してくれるよ」

「昨日三回くらい謝ってようやく怒りが静まった感じだった。全然優しくない」


 かわいい妹が謝っとるんだぞ。一回で許せ。

 そう私がぼやくと、それを聞いた矢場川さんは困ったように苦笑していた。



 *



 さて、そんな「ケーキ勝手に食べただろ事件」から数日。我々は今日も今日とて裁判を開いている。


「おいこら、男共。集まれ」


 そう言って、私は兄と弟を居間のテーブルに呼んだ。


「なんだよ、姉ちゃん。今からオレ、ゲームするんだけど」

「同じく」

「この異常事態に比べれば、ゲームなんて些事だ、捨ておけぇ!」


 私の怒号に、兄と弟はびくりと肩を震わす。びしっと私がテーブルを指差せば、二人は渋々といった様子で席に着いた。


「では、今日の事件を発表します」


 私は怒りに震えながら、机を思いっきり叩いた。じんじんと痛む手に、自然と私の視線が落ちる。


「私の服が、盗まれましたっ!」

「……ん?」

「なにいってんだ、姉ちゃん」


 私が視線を前に戻すと、瞬きを繰り返す兄と、呆れ顔の弟がいた。


「なにをポカンとしてるぅ!? 大事な自白家長女の服が盗まれたんだぞ! 女の子の服がひとつ盗まれてんだから、もうちょっと、真剣に取り合わんかい!」

「いや、わけわかんねぇんだけど……」

「だーかーらー! いつの間にかタンスにあったはずの私の服がひとつ、なくなってたの! どっちかが盗んだんだろ! 思春期の発露か!?」

「しねぇよ、そんなこと!」


 弟が立ち上がって、こちらに抗議してくる。しかし一番怪しいのはこいつだ。なんせ、思春期だから! だって、思春期だから! かわいらしい姉が身に着けているものに興味を持っても不思議じゃない。なんて罪作りな私。私かわいい。


「だいたい最近、ちょっと変だなって思ってたんだよ。知らないうちに買った覚えのない下着が増えててさぁ! 私に着てほしいなって思って、自分で買った下着をタンスに紛れさせたんでしょ!」


そう、ここ数週間の話だが、私のタンスに下着が勝手に増えるようになった。母が無断で買うのは珍しいし、なんとなく趣味ではなかったので、まだ使っていない。母の趣味でもないから、きっと変態思春期(中学生)の変態行動に違いないのである。


「ああ、余罪まであるなんて! 中学生男子っていやらしーわ!」

「なっ! オレって決め打ちかよ。するか、んなキモイこと」

「恥ずかしがらないで! ほら、お姉ちゃん怒らないからこの野郎!」

「だから、勝手にオレって決めつけんな! ていうかもう怒ってんだろうが!」


 往生際の悪い弟は、私の名推理にひたすら抵抗を見せる。小癪な。

 どうやって白状させてやろうか私が考えていると、それまで黙っていた兄がスッと片手をあげた。


「あのさ」

「なに、お兄ちゃん!? 私は今、被告人追い詰めるので忙しいんだけど!」

「だから犯人は俺じゃな――」

「いや、その犯人俺だわ。めんご」


 ………………おや? 今、なにか衝撃的な自白を聞いたような。


 私と弟は互いを見ていた視線をずらし、視界の端にいた兄の方をそっと見る。兄の眉間には皺が寄っていた。


「は? お兄ちゃんなんて?」

「服盗ったの、俺だわ」

「…………はぁ!?」

「いや、悪いな。すぐ返そうと思ってたんだけどさ。ちょっと着てみたくなって」

「まてまてまてまてまて!」


 兄の言い訳に、思わず私は制止の声をかけた。

 わけがわからない、わけもわからない、なにもわからない。

 てっきり私の服を盗んだ犯人は弟だと思ってたが、それが間違いだったというのか。


「兄貴……、女装趣味あったん?」

「いや、ないけど。着てみたときも、びっくりするくらいつまんなかったし」


 弟の質問をあっさりと兄は否定した。

 女装趣味ないのかよ。それで、なんで妹の服着たくなるんだよ。そしてなんで楽しめないんだよ。かわいい私の服だぞ。


「じゃ、なんで姉ちゃんの服着るん?」

「……深い事情があってな」


 不快事情があった? 確かにあるんだろう。なんなら、事情聞く前から私は不快だ。


「本当に深い事情があるんだよ。黙って聞いてほしい。ちゃんと話すから」

「……わかった。黙って聞くよ。ただし、くだらない理由だったら殴る」

「オレの姉貴って、なんでこんな野蛮なんだろう」


 懐の深い私は兄の話を聞いてあげることにした。なお、弟の言葉は今後一切耳に入れないものとする。


 兄は私と弟を見て、コホンと咳払いをひとつしてから口を開いた。


「実は……、たまに俺の部屋に、知らないうちに女性ものの下着が置いてあるんだ。こう、机とかベッドの上に、ぽんっと」

「は? それ私のでは?」

「俺もそう思ったんだよ。母さんが洗濯物、俺の部屋に入れるときに落としたんかなぁ、とか。お前らのいたずらかな、とか。だから、最初はこっそり洗濯籠に入れたんだ。わざわざお前に直接持っていくのも、なんか気まずいし。洗濯機入れときゃ、改めて洗濯されて、母さんが今度こそお前のタンスにちゃんとしまうかなって」


 確かに。兄に下着を手渡されたら嫌だわ。兄の行動は間違っていないといえる。

 ただし、それが本当の話であるならば。


「で、そんなことが何回かあったんだけど」

「何回も私の下着を盗んだと?」

「盗んでねぇよ、勝手に置かれてんだよ。で、俺は、母さんおっちょこちょいだなぁって思ってたんだけどな? ある日、犯人が母さんじゃないかもしれないってことに気がついたんだ。この前の三連休さ、予定してた家族旅行に俺だけ熱出していけなかっただろ?」


 兄が言っているのは、およそ二週間前にあった三連休の話だ。私たち家族は日帰りの温泉旅行に行く予定だったのだが、兄だけタイミング悪く熱を出したのだ。兄は微熱だからと、私たちを送り出してくれた。


「あの時のこと、熱であんまり覚えてないんだけどさ。俺以外誰も家の中にいないはずなのに、また女ものの下着が俺の机の上に置いてあったんだ」

「え? オレらが出かけてるときに? もうそれ、犯人、兄貴しかいねぇじゃん」

「それな。俺もそう思った」


 兄は弟の言葉に同意を示す。

 なにを呑気に頷いとんだ、この変態兄貴。


「もしかして、血の繋がった妹を愛してしまったんだ、的な? お兄ちゃん、ダメだよ! いくら私がかわいいからって……!」

「いや、スカートなのにソファで大股開いてアイス食うような女には興味ない。俺はもっとおしとやかな娘がいい」

「どついたろか」


 今、この兄は私の逆鱗に触れた。妹をかわいいと思わない兄は兄ではない。粛清の対象である。


「まぁ、落ち着けって。まだ話は終わってないから。ちゃんと聞けって」


 指の関節を鳴らす私を、兄は真っ直ぐに見つめる。その瞳には揺るぎがなく、有無を言わせぬ力強さを感じた。


「……しょうがないな。続きどうぞ」


 私は大変優しくていい子なので、兄の言い訳をもう少し聞いてあげることにした。手を膝の上にそっと戻し、兄の声に耳を傾ける。


「ああ……。で、お前らが旅行に行っていた日、この家には俺しかいない。でも、俺には妹の下着を自分の部屋に持ってきた記憶なんてない。だったら、答えはひとつだと思ったんだ」

「その答えって?」

「……俺、夢遊病なんだと思う」

「はぁ?」


 兄が辿り着いた結論は、私には想像もつかなかったものだった。口から低い声が漏れる。


「どういうことだよ、兄貴」

「だってそうだろ? 自分でも知らない間に行動を起こしてるんだ。つまり、睡眠状態のまま、妹の下着を盗んでいたことになる。俺は無意識に下着を盗むくらい、妹の下着に興味を持つようになったのかと落ち込んだんだが……。まぁ、俺の妹に色気はないから、それはないだろうと考え直した」

「殺されたいのかな?」


 兄は私に対して失礼極まりない発言を繰り返す。これ以上言うなら、兄にはゲームのデータオールリセットの刑を執行しなければならないかもしれない。


「で、それじゃあ、なんで無意識の俺がそんなことをしたのか? もしかしたら、俺は自分でも気づいてないだけで、女装に興味があるんじゃないか。妹を好きな可能性より、そっちの可能性の方がまだ高い、そう思った。だから、それを確かめるために、ちょっとお前の服を借りたんだ。その……、一応理由があるとはいえ、無断で借りて悪かった」


 そこまで兄は語り、大きくため息を吐いた。

 なるほど。ようやく話が戻って来た。


 兄は自分の性癖及び病状を調べるために、私の服を借りた。気恥ずかしかったのか、その際無断拝借をした。結果、私がそれを騒ぎ立てたのだ。

 私は兄の顔を見る。肩を丸めて視線を落とすその様子に、嘘が混じっているようには見えない。


「……まぁ、いろいろ言いたいことはあるけど、事情はわかったよ。お兄ちゃんが病院の診察を受けることを条件に、今回の件は不問にします」

「お前……! いいのか!?」

「仕方ないよ。私も鬼じゃないし。素直に謝ってくれればいいんだって……」


 兄は言葉を詰まらせ、こちらを見つめてくる。私の寛大な処置に感動しているその心が、ありありと伝わってきた。


 これから、兄が本当に病気なのか、しっかりと調べていかなければならない。面倒事は残っているといえる。しかし、一旦この事件は解決だ。

 私も、不安で気恥ずかしかっただろうに正直に自白した兄に免じて、この件は許そうじゃないか。兄が本当に病気であるのなら、さすがに妹として心配になる。これ以上下着も盗まれたくないし、できる限りの協力もして――、


「なぁ、待ってくれよ。まだ、謎が一個残ってね?」


 事の解決を確信した私と兄とは異なり、弟が手をあげる。その首は斜めに傾いていて、この状況に疑問を持っていることが伝わってきた。


「なによ。私だって、あんまりこの話長引かせたわけじゃないんだけど。謎って?」


 もう終わったと思った話を蒸し返されているようで、私の声はつい不機嫌になってしまった。目を細めながら、私は弟の返事を待つ。横から兄の唾を飲み込む音が聞こえた。


「いやさ……。結局、なんで姉貴の下着って新しいの増えたの?」


 弟の問いに、私は内臓が石のように固くなったような、そんな嫌な予感に襲われた。


 あれ、確かになんでだ? 

 もし兄が本当に夢遊病だとして。それは兄の自室に下着が置かれる理由になっているかもしれない。しかし、私のではない、新しい下着がこの家に下着が増える理由にはならないのだ。


「えっと、お母さんが買ってくれてた、とか? それしかなくない? 誰も買ってないよね!?」

「当たり前だろ。さすがに俺らじゃ女ものの下着なんて買えねぇよ。金もねぇし」


 いくらかかるかも知らない、と兄。弟も頷いて、その言葉に賛同する。その意見には私も同意だ。

 頭に血が上っていた先程までは、弟が新しい下着を買ったのかもと疑っていたが……。普通に考えてみれば、兄や弟のような恋愛経験の乏しい残念な男たちが、女子のランジェリーショップやその手のコーナーで買い物をできるなんて思えない。特に、私と兄なんて部活帰りに買い食いするから金欠でもある。下着なんて買えっこない。


 私はバッと体の方向を変えると、台所へ向かった。そこには、夕食の支度をしている母がいる。


「お母さん! 最近私に下着買ってくれた!?」

「ううん、買ってないわ。最近あなた、自分で買いだしたでしょう? お年頃だなって思ったから、勝手に買わないようにしてたわよ」

「え、でもでも! 白の真ん中水色のリボンのやつとか、オレンジのやつとか! 最近増えたじゃん!」

「だから、私は買ってないわよ。あなたが自分で好きなの買ったんでしょ? サイズもぴったりだったじゃない」


 母は背筋と伸ばしながら、はきはきと私の質問に答えていく。その声には確信が宿り、綻びなど微塵も見つからない。


 母も、兄も、弟も、そしてもちろん私も。この家で私の新しい下着を買った者は一人もいない。

 もし、そうであるならば、それらの下着の出所がわからない。兄が本当に夢遊病で、無意識に下着を自室に持ち込んだとしても、さすがに外に出て行って下着を調達できるわけではないのだ。誰かが家の中に下着を用意しなければ、兄の夢遊病説は成立しない。というか、兄の夢遊病説なんてもの関係なく、家の中にある下着は家族が買ってきたものでなければおかしいだろう。


 だというのに、家族の誰も買っていないのであれば――、



 あの下着は、一体誰が我が家に持ち込んだのだろう?



 *



 その後、私たちは何度も互いに下着を本当に買っていないのか、疑い合い、確かめ合った。兄から服も返却されつつ、兄が自室で見つけたであろう下着も母と確認した。わかったことは、その下着がなかなかの高級ブランドである、ということだった。サイズは私のものとほぼ同じだったが、とても私たち庶民の家族が買うようなものではない。


 となると、私たちの知らない間に、誰かがこの家に下着を置いて行ったことになる。そうであるなら、兄の部屋にいつの間にか下着があったことも、兄の夢遊病のせいではなく、その誰かの犯行によるもののはずだ。


 私と母はここまでの情報から、今回の事件を仮定したとき、


「あれ? お兄ちゃん、ストーカーされてね?」


 と思った。

 だって、そうだろう。男子高校生の部屋にこっそり下着を置いて行く、なんて。ドラマで時々見るような、異常性癖者のラブコールのように思えてならなかったのだ。

 そこで、私たちは兄の携帯のメールを確認することに。


「は!? 通知五百件!?」

「いや、確認するの面倒でほっといたら、そんな感じに」

「これじゃあ、メールで報連相できないじゃん! どうりで返事が遅いどころか来ないんだよ! なんのための携帯だよ!」


 兄の携帯のメールアプリには未開封のものが五百八件。そのほとんどが未登録の誰かひとりによるものだった。


「『あなたのことが好きです。ずっと見ています』って、これ完全にストーカーじゃん!」


 私が携帯の画面を指差しながら指摘するが、兄はピンときていないようで、首を傾げている。


「いや、スパムの一種じゃねぇ?」

「『今日もあなたのことばかりです……』とか、『私はいつまでもお返事待ってます』とか、似たような内容がずっと来てんのに、スパムで済ますな!」

「でも、『わたしの恥ずかしいここ、見てみませんか……?』みたいなメール、よく来るだろ? 一回信じて、五千円取られた」

「騙されんなよ」


 あの手のメールのアドレスにアクセスする馬鹿が、まさか身内にいるとは。五千円で済んでよかったね。


 さて、そのように呑気に自分のメールホルダを眺めていた兄だが、その能天気さも十数分しか続かなかった。

 確認のために見ていたメールが五十件目を超えたあたりで、「学校で怒られましたね。元気だしてください」なんて内容や、「妹さんが嫌いなら、私に言ってくださいね。勝手に人のものを食べちゃうなんて、ひどい妹」といった、兄の個人情報を知っているかのようなメールが徐々に見受けられるようになったのである。

 さすがの兄もおかしいと気がついたらしい。色の失った顔で次々にメールを開ければ、その内容は徐々に過激になり、そして――、


「『私を感じてほしくて、プレゼントを置いて行きました。使ってくださいね』だって……」


 私がその文面を読み上げれば、家族一同黙り込んだ。



 *



 その後、私たちは警察に行った。事情を話すとともに相談をすれば、警察官は私たちに犯人の心当たりを聞いてきた。

 兄はストーカーされていることすら気がついていなかったため、もちろん首を横に振る。弟も母にも心当たりはない。


 ただ、私だけが首を振ることはできなかった。

 たった、ひとり。兄の部屋に入るチャンスがあり、私たち家族の事情も知っており、なおかつ私と同じサイズの下着を持つ人に覚えがあったのだ。私は警察に促され、その犯人の名を口にした。





 数時間後、「バレちゃった」と笑って自白した、彼女の顔は今でも忘れられない。





 不思議だな、とは思っていたのだ。彼女が私の家に来たその日、兄のチーズケーキを私が食べてしまったあの日だ。

 兄はあのケーキを食べていなかったと言った。でも、私が盗み食いしたあのケーキは、残っていなかったのだ。

 つまり、半分以上から半分以下へ。ケーキの量が減っていたのだ。

 母は犯人ではない。弟も「姉の友達がいる居間」には降りていけなかった。そして私はその友達に本を貸すため、居間に彼女を残し、ひとり散らかった自室の中で捜索活動をしていた時間があった。


 そうだとすれば、彼女にならできるのだ。


 兄が口をつけたケーキの一部分を、自分の胃に収めることが。

 こっそりと、兄と間接キスをすることが。



 *



 それからしばらくした後、矢場川さんは転校した。

 皆、突然のことに非常に驚いていた。担任の先生に理由を訊くが、もちろん解答は得られない。

 男女関係なく生徒たちは立ち上がり、教卓へと向かう。そして先生に詰め寄った。人気者の彼女が理由も言わずに消えたのだから、混乱したのだろう。

 そんな喧騒に包まれたクラスで唯一、真実を知っている私だけが席に座ったままだった。


 ホームルームが機能していないのをいいことに、私は鞄から堂々と携帯を取り出す。そして、兄に「今日、一緒に帰ろう」とメールを送る。すると、今まで牛歩並みにメールの返事が遅かった兄からとは思えないほど早々に、「クレープがいい」と寄り道のお誘いが返ってきたのである。

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