まおうの星

halimo

まおうの星

 1


こういう時って何て言うんだっけ。

そうそう。

「にっちもさっちもいかない」

それだそれ。


ガタピシと不穏な音を立て続ける宇宙船、そのセンターパネルはどこを見ても警告表示ALERTで埋め尽くされていた。

僕に今できることは、このやかましい警告音を消す事だけ。

スピーカーをレンチでくだいて黙らせる。

静かになった。これで快適。


「まいったな…」

ふところから最後の煙草を取り出すと壁のショートした配線で火をつけ、シートにだらしなく腰かけた。

後はボーっとくゆらすだけ。

『Mr.ハルバ。何度も注意していますが船内での火気使用は禁止されています』

嫌味のノイズが含まれた機械音声が聞こえてくる。

怒りの顔文字をモニターパネルに表示しつつ、ドローンが漂ってきた。

航宙支援AIのバスチアンだ。

『そもそも、そのような物を持ち込むのは航宙法773条第3項によって禁止されております。何より、センサーに臭いがつくのがワタシ耐えられません』

「うるさいなぁお前は」

ふーっと煙をバスチアンに吹きかける。

顔文字は不快感を表すものに切り替えられた。

「ここは僕の船で、今は星団法も関係ないド田舎に居て、僕はもうじきこんな何も無い所で死ぬんだから、最後くらいは好きにさせてくれよ」

『Mr.ハルバの間違いを修正します。この船はまだ682回のローンが残されておりますので正確にはこの船の所有者は銀行では?』

足元の空き缶を一蹴り。

バスチアンにヒットさせ黙らせる。

気を取り直してコクピットのキャノピーから外を眺めた。

そこに見えるのは真っ黒な宇宙と、星団連盟に登録もされてない名も無き砂の惑星だ。


僕は恒星間小型輸送船ペイローダーの操縦士。

星から星へ、なんでも届けるのが仕事。

ただ、ごくたまにだけど、ヤバいブツを運ばされることもある。

たぶん今回の積み荷はそれのたぐいだったんだろう。

空間転移ハイパードライブ中、荷を狙った宇宙海賊に僕の船は襲撃された。

で、大破。

緊急ドライブアウトしたはよいものの、燃料は流出し逆噴射もできなければ、軟着陸もできない。

脱出ポットもどこかに吹っ飛んでしまっているし、通信装置も壊れたようだ。

航行は不可能。

そしてこの惑星の引力に捕まり、今まさにグイグイと引き寄せられているところ。

最後は地面に激突して、それでおしまい。


つまり僕の命は、あと数分で終わるという事だ。


  ☆


宇宙船は成層圏に突入する。

無駄と分かっていながら宇宙服に身を包み、ヘルメットをかぶる。

シートに深く腰掛け、ベルトで体を固定。

ひびの入ったキャノピーがギリギリ持ちこたえているのがすでに奇跡だ。

大気との摩擦で赤熱した外装パネルがいくつか後方に吹っ飛んでいく。

機体が分解するんじゃないかと思うほどすさまじい振動が襲って来ているが、為す術がない。

高度計をチラッと見る。


─地表まであと12000m


ああ、お金ケチらないで、もっとうまいもん食べてりゃよかったなあ。

思い出すのはC級固形レーションの固いスポンジみたいな味ばかりだ。

『Mr.ハルバ。新しく見つかった星はその発見者に命名権がありますが、申請しますか?』

バスチアン…お前はいつもこんな風にズレたことを言ってたな。

これから死ぬんだぞ?

僕はため息をつく。

いくら安かったとはいえ中古AIなんて買うもんじゃない…。


─地表まであと1500m (速度を大幅に超過中)


その時、激突予定の地面の小山が、わずかに動いたように見えた。


─地表まであと900m (危険!緊急着陸装置がエラーを起こしています)


気のせいか?

いや違う。

小山が崩れ、中から何かが砂煙を上げながら出現した。

黒く巨大な何か。

頭でもおかしくなったか…。

そのよくわからない塊から、確かに視線を感じる。


顔をこちらに向けて気がする。


─地表まであと300m (衝突のショックに備えてください)


は二本足で大地を踏みしめると、ドンッ!と大きくジャンプした。

バレーコートサイズの巨大な手の様な物がキャノピーに迫って来るのが見える。

そして、落下する宇宙船を僕ごとひょいっと、まるでタンポポの綿毛でもつかむように捕まえた。


─着陸しました。そらの旅お疲れさまでした♪


  ☆


くらやみの中、奇妙な音が聞こえてくる。


ココン…コンココンコ…。


硬く重い金属同士が、海底でぶつかりあうような、そんな音。

『なるほど…確かに丸焦げに見えたかもしれません』

バスチアンの声が聞こえる。誰かと話をしているらしい。

そしてまた、あの水底みなそこの音が響き渡る。


コココン…。


『それは素晴らしい。ワタシ感銘いたしました』

バスチアンは誰と話しているんだ。

それにこの音は一体なんなんだ…?

僕はゆっくりまぶたを開けた。

空は暗くなっていた。夜になっているらしい。ちらちら星が見える気がするが、目のピントがうまく合わない。

体を起こそうとする。手が冷たい砂に触れる。

どうやら砂漠に仰向けで寝転がっているようだ。

少しずつ体の感覚が戻ってくる。

肋骨あたりが若干痛むが、地面に衝突した割にはほぼ無傷と言ってもいいくらい何ともない。

それとももう死んでいるんだろうか。

バスチアンは?

周囲を見渡すと、10メートルほど先でアイツがぷかぷか浮かんでいるのが見えた。

話せば腹の立つ奴だけど、姿が見えると不思議と安心する。


「バスチアン」

声をかける。

『Mr.ハルバ、お目覚めですか』

バスチアンがこちらを向いてモニターに笑顔のマークを表示した。

『ワタシ達は助けられました』

「助けられた?」

誰に?

『紹介したい方がいます。こちら─』

そう言ってバスチアンは上昇していく。

僕の視線もバスチアンを追っていく。

視線をどんどん上に。

まだまだ上に。

上に。


視線を上にあげている途中で僕は気が付いた。

だまし絵に巧妙に隠されたもう一つの絵にハッと気づいたようなあの感覚。

すぐ目と鼻の先に暗く透明な壁があるじゃないか。

分厚く巨大なガラスの壁だ。


「何…これ…?」

またあの音が、頭の上から聞こえてくる。


コンコンコ…。


僕は上を見上げながら思わず10mほどうようにゆっくり後ずさりした。

全体像が見えてくる。

何故だか視線を外すことが出来ない。

その時雲に隠れていたらしい月が、少しだけ顔をのぞかせた。

そして巨大な黒い塊は艶めかしい曲線を月明りに反射させる。


『こちらワタシ達を助けてくださいましたマオーさんです』

半透明の黒いガラスのようなそれは巨大な少女の姿をしていた。

彼女は砂漠に正座してこちらを見下ろしている。


コンコ…ココ…。


そして海底の音が夜の砂漠に響いていった。


  ☆


『全高は約50m。

髪はグラスファイバー。

体組織は二酸化ケイ素を主とした構成になっているようですが、それ以上の事はわかりません。

ガラス生命体と呼べるかもしれません。

体内につりがね状の発音器官がいくつもあり、それらをぶつけ合う事で複数の音を使い分けて言葉としています』

バスチアンは僕が気を失っている間に彼女の事を色々と調べたらしい。

果たして彼女と呼んでいいものか。

雌雄があるかどうかすら怪しいけど、少なくとも外見は女の子だ。

「ええと、ごめん。よく聞いてなかったんだけど…言葉を話すの?」

『はい。トロピカ星の植物人系言語に近いものがあり、また使用しているのがきわめて単純な単語という事もあって解析は容易でした』

「言葉…ね」

この巨大な生き物は、言葉を話す。

そして僕らをうっかりすり潰さないレベルの知能も持っていると…。

なるほど理解したよ…。


「彼女にありがとうって伝えてもらえるかい?」

『確かに。お礼は大切です!』

バスチアンを介して彼女に礼を伝えると、ガラスの少女は僕に

ココンコ…。

と言った。

『どういたしまして、だそうです』

なる…ほど。


  ☆


色んな星に行ったが、こんな生物を見たのは初めてだ。

『新種の知的生命体を発見した場合は宇宙保健省に報告の義務があります』

バスチアンが言う。

「そりゃその通りだけど…」

僕はちらりと宇宙船…だったものを見る。

それは二度とそらを飛ぶことはできないだろう。

彼女なりにやさしく手で捕まえたようだが、コクピット以外の部分はわりときれいに握りつぶされている。

「良く生きてたよね…」

通信装置を船の残骸から引きずり出し、ポチポチとスイッチを入れる。

当然ながら動かない。

「修理できる?」

後程のちほど故障個所を調べてみますが…今のところはなんとも…』

バスチアンは言葉を濁す。

AIの開発者は、どんな思惑で言葉を濁せる機能なんてものを付けたんだ?

まあともかく。

せめて救難信号だけでも発信できれば、運が良ければどこかの船が見つけてくれる可能性はある。

ゼロじゃない。


即死を免れたとはいえ、ここは砂漠の惑星。

状況はあまり好転したとは言えない。

周りを見回してつぶやく。

「死ぬのが2週間伸びただけかもなぁ」

その可能性は十分ある。

とにかく水が必要だ。


  ☆


いま僕らの目の前には、なんとオアシスが広がっていた。

果てしない砂漠にぽつんと、湧き水で出来たプールサイズの美しい泉と、草木まで生えている完璧なオアシス。

この惑星は完全に干上がっていたわけじゃないみたいだ。

オアシスには虫や爬虫類、鳥などの生物が生息し、そしていくつかの種類の果物まで実っていた。

マオーはてのひらの僕らと、そして念のために一緒に運んでもらった宇宙船の残骸を、優しくオアシスの脇に置いてくれた。

「ありがとうマオー」

ココンコ。

そう言うと、彼女は地響きを立てながらオアシスの脇に体育座りした。

その振動に驚いた鳥が何羽か飛び立っていった。


  ☆


水のある所をマオーに教えてもらうのに、実はかなり苦労した。

僕が道端の雑草に興味が無いように、オアシスは彼女にとって意味のない場所だった。

彼女は水を知らなかったんだ。

運よく空を飛んでいる鳥を見つけ、あれが集まる場所はないかと質問したら3か所目でこの場所にたどり着けた。


彼女の事が少しずつ分かってきた。

光は感じる。

目はないけど、何らかの知覚で少なくとも僕とバスチアンの区別はつく。

熱に強い。

水の存在はさっき知った。

呼吸はたぶんしてない。

食料は?と聞いてみたら、砂をすくい上げ、それをぎゅうっと握りしめた。

ジジジという音とともに、周囲に焦げ臭い独特の香りが広がる。

そして手を開くと砂は跡形もなく消えていた。

どうやら砂を体内に吸収しているらしい。

彼女にとっては、この砂の惑星自体が食べ物なんだ。


  ☆


オアシスに来てから2週間近くがたっていた。

バスチアンは通信装置の修理を1日で諦めていたし、僕は割とのんびりここでの暮らしを楽しんでいた。

とりあえず食べ物も飲み水もある。

今日のディナーは丸焼きにしたトカゲのしっぽに、ポテトフルーツのボイルだ。

塩分控えめ高たんぱくの素晴らしい食事。

枯れ木で作ったお手製の小屋の中、操縦席のシートをばらして作ったベッドに座って食べる。

「… まずっ」

ふとマオーを見ると、手の甲でたわむれる鳥たちをひたすらじっと観察しているようだ。

あまりにもじっとしてるから、体に砂が降り積もりただの小山に見えてきた。

飽きないのかな…。

まあともかく、快適とは程遠いけど生命の危機はとりあえず遠ざかった。


  ☆


ベッドに寝転がりながら、小屋の屋根の隙間から見える星空を眺めていた。

これからどうしたものか。

ずっとこの場所で暮らしていけると思うほど、楽天家でもない。

なんとか、この星に漂着していることを星団連盟に知らせる方法はないだろうか。

毎晩じっと星を見上げているけれど、トレーダーの船が通りかかる気配すらない。

ここはどれだけ辺境の地なんだろうか。


ふと泉の端で体育座りしているマオーを見る。

彼女との意思疎通は、いつのまにか随分とうまくなっていた。

最初はバスチアンを介してのぎこちない会話だったが、ここ1週間ほどで基本的な挨拶や3歳児レベルの簡単な受け答えができるようになっていた。

まぁ、たまに間違えることもあるけど…。


マオーは一切眠らない。

そして彼女は好奇心の塊だった。

だから毎晩、僕が眠くなるまで、沢山話をした。

宇宙にはいろんな星があって、そこで様々な人や動物たちが暮らしている事。

僕は物を運ぶ仕事をしていて、そういう人たちの荷物を届けていたこと。

あのぺちゃんこの金属の塊はそのための乗り物で、宇宙の果てまでも旅できたこと。

本当は素敵な女性と結婚して、どこかの星でのんびり暮らしたいこと。

色んな事を話したけど、彼女はどれくらい理解できたのだろう。

ただじっと耳を傾けていた。

そうして僕らは仲良くなっていった。


ある時マオーに聞いた事がある。

この惑星のどこかに僕と同じような人間は住んでいないか?

残念ながら答えはNOだった。

それじゃあ僕らと同じような宇宙船が、着陸したことは?

こちらも答えはNO。

ここは完全に、文明から切り離された星だと知った。


  ☆


そして疑問に思った。

彼女はどうして言葉を話すのだろう。


この星に、マオー以外に住んでいるのは、鳥、爬虫類、虫、魚…そういう生物だけ。

彼女の言う通りであるなら、人も住んでいないし宇宙船が来たこともない。

つまり会話をする相手がいない。


話をする相手もいないのに、どうやって言葉を覚えたのだろうか…。




 2


その朝、太陽が昇る少し前、ヘルメットに戦闘服姿の男が二人、小屋に忍び込んできた。

僕は両手を後ろで縛られ、銃のグリップで頭を殴られた。

「積み荷はドコダ?」

訛りの酷い宇宙共通語コモンタングで尋問される。

海賊が追いかけてきたんだ。

手際がいい。さすが本職。

僕は殴られた痛みで顔をしかめつつ。

「積み荷は…僕もわからないんですよ…アハハ…」

一応配達員のはしくれだ。荷物を守るため誤魔化そうとしたが、海賊はもう一度僕を殴りブラスターの銃口を頬に押し当てた。

そして僕を小屋の外へ引きずっていく。


途中で電磁網バリアネットらえられているバスチアンを見かける。

『ハハロ…ハrrrr…』

感電して何を言ってるかわからない。

まあ最初から役に立つとは思ってなかったけどね。

ため息。


そういえばマオーは…?

海賊に引きずられつつ目だけ動かして周囲を見渡す。

いた。

マオーは相変わらずオアシスの脇で静かに体育座りを続けていた。

そして僕らの事をじっと見ている(気がする)。

砂まみれでカモフラージュされてるから海賊は気づいていない。

ただの地形だと思ってるみたいだ。

彼女に助けを求めようとも思ったが、さてどうしたものか…。


海賊は僕をずるずると引きずり、宇宙船スクラップの前に無理やり連れてきた。

顔の近くで怒鳴り散らす。

「ハヤク積み荷をヨコセ!!」

息が臭い。

それに不潔の塊みたいな恰好だ。

「ええと」

僕は臭いに顔をしかめつつ、宇宙船の残骸を顎で指示さししめした。

「積み荷はたぶん、このスクラップの中だと…思いますよ」

海賊たちは顔を見合わせ、一人が僕に銃を突きつけ、もう一人がスクラップをかき分けだした。

しばらくすると両手で持てるぐらいのサイズの頑丈な輸送ボックスを掘り出した。

海賊はその電子ロックをいとも容易たやすく解錠すると箱を開けた。

「どういうことダ!!」

箱を開けた海賊が怒って僕にそれを乱暴に投げつけた。

僕も箱の中を覗き見る。

空っぽだ。

「おまえ!中をドコにヤッタ!」

「いや…知らないよ 最初から空だったんじゃないの?」

「そんなウソに騙されルカ!」

僕にもさっぱりわからない。

わざわざ高いお金を払って、を運ばせるなんて、あの雇い主は何を考えていたんだ…。

海賊はブラスターを僕の頭に突きつける。

今にも引き金を引きそうな勢いだ。

ああこれはもう、どうしようもないな。

そして僕は、喉の奥を響かせるように叫んだ。


「ココンココ!!」


海賊たちは、僕の突然の奇声にぎょっとした。

そして怪訝な顔を向けてくる。

いたたまれない。


次の瞬間強烈な地響きが始まった。

奴らは慌てて周りを見回す。

そして、自分たちのすぐ近くに、砂煙をまとった50mの巨大な黒いガラスの少女が立ちあがっていることに気が付いた。

海賊たちは謎の悲鳴を上げ、腰を抜かしつつ逃げ出した。

同時に近くの砂山に隠し止めてあった海賊の宇宙船があわてて浮上し始めた。

船は低空飛行で海賊二人を回収すると、エンジンをふかして逃げ出そうとしている。

マオーが僕を見る。

どうしたらいい?と問いかけているようだ。

僕は自信たっぷりに、


「コンココンコ!!」


と言った。

「捕まえて」という意味だ。

今まさに太陽が砂漠を照らし始めたところだった。

宇宙船は空に向かって一気に速度を上げる。


マオーは、砂丘から頭を覗かせた太陽に右手をかざした。

右手から入った光は、彼女の体内に瞬時に形成されたレンズ群で収束され、左手から体外へレーザー光として発射された。

まぶしくて直視出来ない。

その温度は、あとでバスチアンに聞いたところ五千度を優に超えていたそうだ。

鋭いレーザーは飛び立った海賊の宇宙船をかるく斜めにいだ。

装甲パネルは瞬時に融解し、船は空中で爆発四散した。


マオーは僕を見て「コンコ」と言った。

僕は肩をすくめるしかなかった。


  ☆


『Mr.ハルバの間違いを修正します。「コンココンコ」は「丸焦げ」という意味です。「捕まえる」は「コンココンコ」です』

「あーもうっ!いちいち修正しなくてもいいよ、分かったから」

僕のたった一文字の言い間違いで、あわれ海賊たちはこの世から消滅してしまった。


マオーのてのひらにまた乗せてもらい、僕らは海賊の宇宙船が落下した場所に行くことにした。

もしかしたら使える部品が拾えるかもしれないし、通信装置が無事かもしれない。

「そういえばさ」

道すがら、マオーに尋ねた。

海賊たちが来た時に、どうしてじっと黙って見てたの?って。

そうしたらマオーは、三人のどれがハルバか区別できなかったと。

「なるほど」

彼女には人間が全部一緒に見えるらしかった。

アレと同じに見えたのか…。

そりゃないよ。


  ☆


海賊船の残骸は、北の谷底に落ちていた。

これは本当に幸運だった。

なんと宇宙海賊の通信装置は無事だったんだ。

さっそくSOSを発信。

すぐに信号は受信され、三日で救助船を送ると連絡が来た。

いとも簡単に僕らは助かることになった!

やった!

僕らはこの星から脱出することが出来るんだ!


  ☆


その時、マオーは谷底のさらに奥、くらやみへと静かに進んでいった。

「おーいどこに行くんだ?」

『この先にと、マオーさんはおっしゃってます』

あるって…何が?




 3


『古代都市の遺跡ですね』

谷底には、この星でかつて暮らしていた人々の街と、岩に掘られた神殿が半分砂に埋もれ眠っていた。

神殿の壁に、見たことも無いいにしえの文字が彫られている。

『貴重な遺跡です。星団法の保護対象ですよ』

バスチアンは壁の碑文をあっという間に解析していく。

『どうやらマオーさんについて書かれてあるようです…』

「え?」

見ると碑文の中央には、黒い少女のシルエットが彫られていた。

『古代の魔王よみがえりて世界を破滅へ導かんとす。我らかつての御業みわざを人の手で再現し魔王を封印せし』

魔王?

僕は後ろで静かにたたずんでいるマオーを見つめた。

『マオーさんはこの星で、魔王として恐れられ、古代人の手により封印されていたようです』

封印…。

確かにあれだけの力を持っていれば、魔王と恐れられるのは分からなくもないけど…。

『文明が滅びる間際に、封印は解除されてしまったとあります。彼らに再び封印する力は残されてなかったようです…。文明が滅んだのは簡易測定ですが五百万年程前ですね』

「…って事は、五百万年間マオーは一人で暮らしてたって事?」

碑文を読み進める。


マオーはこの星の人々にずっと恐れられてきた。

でも別に何か悪さをしたことは無いんだ。

ただそのあまりの強大さに古代人は最初から彼女をみ嫌った。

マオーの優しさを知る僕らは、悲しくなった。


碑文の最後に魔王の恐ろしさをしたためた詩と、封印の詳しい手順が記されていた。

未来の人類に、託すためだとさ。

ふざけてる…。


そんな古代人も、今はもうこの星にはいない。

ここには彼女の事を恐れ逃げまどう者すらないのだ。


  ☆


その時マオーは言った。


『あなたたちも居なくなる

 私は1人

 寂しい』


『だからもう一度

 封印

 お願い』


封印されることで彼女は眠りにつく。

寂しさを感じることもなく。


それが彼女の望みだった。


  ☆


『封印は可能です。碑文によれば当時は万単位の人命を代償として魔法陣を起動させ、マオーさんを眠らせていたようですが、現代のテクノロジーなら必要なパワーはエネルギーパック3個で事足ります』

古代人は、封印のために多大な犠牲を払ったようだ。

「それなら救助船が来た時にパックを分けてもらおう」

ただ…とバスチアンは悲しみの顔文字を表示する。

『どうやらこの封印は永遠に続くものではないようです』

「どういう事?」

『封印は過去何度も、数万年単位で自動的に解除されたと記録があります』

「それじゃあ封印で眠ったって、いづれまた目が覚めてしまうって事?」

意味が無いじゃないか…。


ガラスのマオーはきっと無限に近い命を持っている。

次に目覚めたとき彼女は、この星の終わりまで眠ることなく、何十億年か、何百億年かの時をたった一人で生きていくことになるのだ。


彼女を中央セントラルへ連れて行く事も考えたがめた。

海賊船を倒したあの力を中央の奴らが知ったら、この星の古代の人々と同じように、彼女を魔王扱いするだろう。

隔離か、もしくは戦争の道具に使うかもしれない。


マオーを幸せに出来る方法はないのか…。


『Mr.ハルバは以前言ってました。ここは星団法も関係ないド田舎だと』

「へ?」

『そして間違いは修正されるべきです。そう思いませんか?』

バスチアンは、マニュピレーターをドリルビットに交換してそう言った。


  ☆


迎えが来るまであと三日。

僕らは準備をした。

マオーのベッドになる魔法陣を砂から綺麗に掘り起こし、周囲に花がきれいなサボテンをたくさん植えたりした。

夜にはいっぱい話をした。

余った時間は出来るだけきれいな景色を三人で一緒に見て回った。


その日が来た。

救助船が着陸し、隊員達が駆けつけてくれた。

僕は彼らに礼を言うと、用事があるので少しだけここで待ってほしいとお願いした。

エネルギーパックを三つ分けて貰うのも、もちろん忘れない。


  ☆


マオーは魔法陣の中央で正座をして待っていた。

「それじゃあね」

彼女と最後のお別れをする。

僕が生きている間に、彼女が目覚めることは無い。

彼女のおかげで僕はこの砂漠の星で生きながらえることが出来た。

感謝してもしきれない。


エネルギーパックで無事魔法陣は起動し、

そうして彼女は数万年の眠りについた。




どこからか、あの海底の音が聞こえた気がした。











─2万9千年後




バキアは中古街で有名な惑星だ。

宇宙船から墓石まで、ここで手に入らないものは無い。

一軒の中古店に、若い女性がやってきた。

「本当に動くのこれ?」

「お目が高いお嬢さん。最近はこういう、骨董物ビンテージのAIが注目されてるんですよ。言葉遣いの古さがまたいいってね」

電源が入り、その古びたAIが再起動した。


『おはようございます。ワタシ航宙支援AIのバスチアンです』

モニターにお辞儀の顔文字を表示する。

起動時の挨拶だ。

「すごい動いた!」

その女性はワタシを見て随分驚いているようだ。

「アナタ何年製?」

『ワタシの製造年は星団歴201年。星団NTPに接続し標準時を取得。…前回ワタシが機能停止してから、28205年と117日が経過してます』

「ビンテージというよりは、古代遺物ね。それにしては値段が高くない?」

「こういうのは古いからこそ価値が…」

彼らはどうやらワタシの値段交渉に入ったらしい。


  ☆


「星を調べてほしい?」

『そうです。この座標の位置に惑星があると思うのですが』

「変な事聞きたがるのね。ちょっと待って」

彼女は手元の小さな端末で検索する。

「あったわ。これね」

そう言うと彼女は空中に惑星の映像を映し出した。

それは緑あふれる美しい星だった。

「ええと、今から3万年近く前に発見された新しい惑星だって書いてあるわ。発見当初は砂漠の星であったが、徐々に環境が自然と回復していき、3千年ほど前には今のような緑あふれる美しい姿に変貌を遂げた…って不思議ね」

ああそれは積み荷だった”マイクロ惑星地球化テラフォーミングマシン”のおかげですね。

「移民の受け入れもしているって。辺境で宙域の治安に不安があるものの惑星自体はいつからか現れた”神様”に守られており安全って…。神様?」

彼女は首をかしげ検索を続ける。

「なんでも古代宇宙種の生き残りがこの惑星を守っているそう。変わってるわね。その神様は巨大な黒いガラスの少女の姿をしている。神様は民と惑星を守り、そして惑星の民に… って」

『それは素晴らしい』

「バスチアン?アナタなんで笑ってるの?」

『石碑の間違いを、正しく修正できたからですよ』

ワタシはドリルを誇らしげに掲げた。





  ★




辺境に浮かぶ緑の惑星。

ジャングルの谷深くに遺跡があるという。

その碑文にはこう記されていた。


『ここは心優しきガラスの神によって守られし星

 神の名はマオー

 星の名はハルバスチアン』



               おしまい

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