第5話 どちらから征服されますか、魔王様?

「って事で、魔王らしく世界征服をしようと思う。手始めに、また王女カノンを攫うぞ。今度こそ、グラーヴェ王国を征服してみせる!」


「……よくまあ、前回散々貴方に振り回された私に対し、それが言えましたね? 心臓に毛が生えていらっしゃるのなら、さぞかし剛毛なのでしょうね?」


 氷以上に冷たい視線で射貫かれ、ノヴァはうぐっと言葉を失った。

 グロリアの言葉の鋭さが増している。でも許したげて。


 グラーヴェ王国の騒動を解決し、疲れた、と言って眠ったノヴァ。


 目覚めてスッキリすると、何故魔王なのにグラーヴェ王国を救ったのか、という疑問が唐突に浮かび、今度こそ世界征服をしてやる、と気持ちを新たにしたのである。


 ノヴァは、グロリアの視線から逃れるように一つ咳ばらいをすると、右手をかざして転移魔法を発動させた。


 今度は召喚相手を間違えぬよう、きちんと相手を指定する。


「現象世界を司るノヴァ・セレスティアルの名の下に、カノン・エルドネスタ・グラーヴェをここに召喚す」


 魔法陣が輝き、溢れた光が部屋を満たす。

 初めて召喚した時と同じ、チンチクリンな少女の姿が現れた――のかと思われたのだが、


「……ちょ、ちょっと待て! だ、誰だお前はっ‼ 私はまた間違ったのか⁉ い、いや、今度はちゃんと個人を指名したから間違えるなんて事は……」


 現れた者を見て、激しく動揺するノヴァ。

 それもそうだろう。


 見た事のない美女が、彼の前でカーテシーをしているのだから。


 艶々な金色の髪、サファイアをはめ込んだような深い青の瞳、スッと通った鼻筋、淡い桃色を宿す柔らかな唇。少女カノンのやせ細った体とは違い、女性らしい丸みを帯びている。


 その美しさは、至高の美姫と呼ばれたリアーナ王妃以上。

 彼女は姿勢を正すと、淡く微笑んだ。


「間違っていませんわ。私は、グラーヴェ王国第一王女カノン・エルドネスタ・グラーヴェ。貴方のお目覚めを、ずっと待ちわびておりました」


「で、でもカノンは十歳だっただろっ‼」


「あ、すみませぇーん。ノヴァ様がグラーヴェ王国の一件後に眠りにつかれてから、八年経ってたのをお伝えするの忘れてましたぁー」


「は、八年⁉」


「はい。あれから私の下に四人も妹弟が増え、賑やかな毎日を送っております」


「ちょっ、頑張りすぎじゃないか、お前の両親っ‼」


「もう世継ぎは安泰だと、魔王様には両親共々感謝しておりますわ」


 言葉を失うノヴァ。

 もう疑いようがない。


 目の前の女性が、十八歳になったカノンだという事を。


 ちなみにグロリアは謝罪しつつも、驚く主の様子を可笑しそうに見ている。


(こ、こいつ……全部知ってて‼)


 どうやら嵌められたらしい。


 澄み渡った声が、ノヴァの意識を強制的に向けさせた。


 目の前には、いつの間にかノヴァのすぐ真ん前まで近づいて来た、カノンの姿があった。両手を胸の前で祈る様に握りながら、小首を傾げて愛らしく尋ねる。


「という事で、早速ですがどちらから征服されますか、魔王様? 我が国グラーヴェ王国? 魔王討伐を目論む軍事大国バオエリ帝国? それとも――」


 十歳のチンチクリンからは想像出来ない、大人の色気に満ちた艶のある笑みを浮かべながら、そっと彼の胸に寄りかかり囁く。


「わ・た・し?」

「……へ? わ、わたし?」


 カノンの温もりを胸で感じながら、唇が彼女の言葉を無意識に反芻した、次の瞬間、


「はい、『私』頂きましたー‼ おい、皆‼ 急いでノヴァ様とカノンを寝室へ‼」


 どっかの店員のようにグロリアが叫ぶと、突然執務室に他の配下たちが流れ込み、ノヴァの体を持ち上げたのだ。

 反射的に抵抗しようともがくが、圧倒的数の暴力によって呆気なく拘束され、運ばれていく魔王。 


「ぐ、グロリア、これは一体どういう事だっ‼」


「今まで散々仕事を押し付けて下さったお礼ですよ。カノンが傍にいれば、さらにお二人の子供でも出来れば、貴方もオチオチ眠ってなんていられませんよね?」


「ま、待てっ‼ カノンは……カノンの気持ちはどうなる⁉」


「私は貴方に救われてからずっと、お慕い申し上げておりましたので、何一つ問題ございませんわ。魔王でありながら相手の気持ちを思いやるなど……ノヴァ様の事、益々好きになりそうです」


「って感じで了承済ですよ。良かったですねぇ! あなたの大好きな、いちゃらぶ展開ですよ! とにかく、これからは溜めに溜めた仕事を、ビシバシこなして頂きますからねっ‼」


「き、貴様って奴はぁぁっ‼」


 魔王の絶叫は、扉が閉じられるとプツリと途切れた。


 先程の騒動などなかったかのような静けさが、執務室に流れる。

 グロリアは大きな欠伸をすると、今までの疲れを労うように両手を高く上げて伸びをした。


 ノヴァを魔王たらしめている聖なる力の淀みを浄化するには、体を動かさなければならない。


 しかし淀みは鉛のように重い。

 動きたくても、すぐに疲労で動けなくなり、長き休息を必要としてしまうのだ。


(しかし、カノンがいれば嫌でも動かざるを得なくなるだろう)


 荒療治だが仕方ない。


 八年前、カノンから貰った絵と感謝の言葉に、嬉しそうにしていたノヴァ。


 魔王に堕ち悪役を気取りながらも、

 壊れた心は二度と戻らないと言いつつも、


 主の本質は変わらないのだと、改めて思う。


「きっと……また戻れますよ。今度はご自身を大切にしましょうね、ノヴァ様」


 かつて慈悲深き神だった主を想う、グロリアの優しい呟きが響いた。



<完> 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

征服してください、魔王様! めぐめぐ @rarara_song

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ