■ ███

 雨の音が、嫌にうるさかった。


「うーん……今日はお客さん少ないなあ。この天気じゃ仕方がない……かなぁ?」


 朝からシトシトと降り続く雨の所為か、今日はお客さんの入りが非常に悪い。最近は少しずつ客足も伸びていていたんだけど……今日は、久しぶりの絶不調だ。

 どんよりとした雲に覆われた空は薄暗く、店の中に居ても心なしかいつもより暗く感じる。つられてこちらの気分まで、なんとなく落ち込んでしまう。


 心の中だけで言ったつもりが、ついつい口から漏れていたらしい。そんな僕の独り言を聞き咎めて、カウンター席にいる少女が顔を上げる。


「仕方がないと思うよ……ですよ。たまにはそんな日もありますって。……んー、おいっしい!」


 すっかり常連になってくれた少女。彼女が慰めの言葉を話しながら、美味しそうにコーヒーを飲み始める。始めは紅茶しか飲まなかった彼女も、段々とコーヒーを楽しんでくれるようになった。これは、僕の腕が上がった証拠か……いや、単に彼女が慣れただけかもしれない。


「そういうこともある、か……ありがとう、こんな愚痴聞かせちゃってごめんね」


 少女の言葉をありがたいと思いつつも、思わず苦笑いが漏れる。こんな話は、お客様に聞かせるような話ではない。いくら常連様だからといって、少し油断しすぎだ、自分。


「いえいえー、どうせ私しか居ませんし……ですし。どうせ何も言わなくても、マスターの顔色で、何考えてるかなんて大体わかっちゃいますよ?」

「……えっ、そんなわかりやすい顔してたかなぁ……?」

「はい、それはもう」


 思わず顔を撫でる僕を見て、少女がクスクスと笑う。いつも通りの他愛のない会話。他愛のないやり取り。いつも通りの……穏やかな日常。


 ……なのに。

 なぜだろう。不思議と心のもやが取れない。天気の所為だけ、ではないのだろか。

 なぜか……嫌な予感が拭えない。


「……ごちそうさまです。じゃあ、私は今日はこれで」

「うん、いつもありがとう。帰り道、気をつけて。また来てね」

「はいっ、ではまた明日、です!」


 傘を差して少女が帰っていく後ろ姿を、手を振って見送る。

 ……さて、これで最後のお客様もお帰りになってしまった。


「この調子じゃ、もうお客さん来ないだろうなー……」


 そんな風に呟きながら、自分用にもう一杯コーヒーを淹れる。

 口をつける前からフワッと立ち上る香り。

 サッパリとした苦味。まろやかな飲み口。


「……うん、美味しい」


 まだまだ完璧とは言えないけど、それなりに満足出来る仕上がりにはなっている。

 店の方も、そこそこ以上には順調だ。今日はたまたま少ないけど、最近は客足も順調な日が多い。以前に比べれば、大幅に良くなって来ている。

 

 そう、万事順調だ。順調……なのに。

 なんだろう。この胸の奥につかえる――黒い不安は。


「……あー、やめやめ! 考えてもわかんないことを考えても仕方ない!」


 頭を振り、気持ちを切り替える。

 ……そうだ。今日はもう、店じまいにしてしまおう。

 まだ閉店時間までは少しあるけど、どうせもう今日は人来ないだろうし。


「うん、それがいい。そうしよう、帰ってゆっくり……」


 そんな風に片付けを始めようとした……その時。



 ――カラン、コロン。



 来店を告げる入り口のベルの音が、軽やかに鳴り響く。


「……きた!」


 既に片付けを始めようと動き始めていた身体を、慌てて引き戻す。

 パタパタと入り口の前に向かう。


「いらっしゃいま――」


 満面の笑みを浮かべ、出かけた歓迎の言葉。

 しかし、僕はその言葉を……最後まで発することが出来なかった。


「…………檜来、さん?」


 入り口の前には――あの男が立っていた。

 ずぶ濡れのままの、水色のシャツ。全身を包む、濡れた制服。

 目深に被った制帽の所為か。あるいは薄暗い天気の所為か。その表情はよく見えない。

 それでも、僕が見間違えるはずもない。忘れもしない、忘れられるわけもない……あの男。

 

「檜来さんっ、檜来さんですよね!? ど……どうしたんですかっ、突然!? 何の音沙汰も無くて、どこにも行方が見えなくて。ずっと僕、心配して――――」


 驚きと安堵と、色々と入り混じった感情が、言葉となって流れ出る。

 一息でそこまでしゃべり…………そこで、言いようのないに気がつく。

 何だ…………何かが。


「…………」


 檜来はまだ……一言も発していない。

 ポタポタと、濡れた衣服の端から水滴が落ちる。

 まだ降り続く雨の音が、嫌に耳に付く。


「ど……どうしたんですか、檜来さん。何か、言って……」


 消えていく。

 僕の言葉は段々小さくなり、雨の音に掻き消されるように消えていく。

 対照的に……違和感は、どんどん膨れ上がる。


 おかしい。

 何かが。

 何かが…………おかしい。


「あの……」


 ――スン、と。

 目の前の檜来が、鼻を鳴らした。


「……


 檜来が一歩を踏み出す。

 顔に光が当たる。男の顔が見える。男は僕に――を向けている。


「檜来……さん?」


 一歩。

 身体が、ひとりでに後ずさる。




 男が……足を踏み出してくる。


「…………え?」


 震える脚が、勝手に後ろへと動く。

 何かを否定するように、首を横に振る自分に気がつく。

 

「ま、待って……違う、あの……」

 

 ――りん。

 揺れる耳元で……小さな鈴が、音を鳴らす。


「…………あ」


 ……そうか。

 これは、かつて花鈴さんが身につけていたピアスだ。

 かつて花鈴さんが身につけて――が染み付いているピアスだ。

 それを僕が……。


「いや……違う、これは……!」


 、と。 

 丸太のように太い男の両腕が伸びてくる。

 男の手が――僕の頸にかけられる。


「異世界人は――」


 声が、もう出ない。

 訴えかけるように、男の腕を握る。

 暗い男の目を、覗き込む。


「全員殺す」


 薄れゆく意識の中。最後に見た男の瞳。

 そこには……何も映ってはいなかった。

 暗い闇だけが、どこまでも広がっていた。




        〈了〉






 最後まで読んで頂きありがとうございました!

 皆様のおかげで、なんとか最後まで書き切ることが出来ました。

 「読んだよ!」の意味も含めて★等頂けますと、ありがたいです。

 最後に、改めまして……ありがとうございました!

 

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異世界人は全員殺ス 数奇ニシロ @sukinishiro

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