第54話  エピローグ

 この1か月間の検事さんと黒坂署の働きは凄まじかった。

 押収した資料から、海里さんの事件だけでなく、あらゆる犯罪を立件していったのだ。

 そして、公判を維持するための証拠も万全である。

 この事件は、結局、厚生労働大臣や厚生省医薬局官僚そして巨富製薬の役員数人の逮捕、もちろん、巨悪組にもその追及は及び、叩けばホコリの出る組織は、その他の事件も洗いざらい表ざたになり組長や幹部の逮捕、そして解散することになった。

 それから、巨富製薬から現金を受け取っていた大病院の医師や教授に稟議上の責任が追及され、全国で数十名もの辞職者が出たのだった。


 医療現場が混乱して、日常生活に支障出だしたので、黒坂署の所長が海里さんに手記を書くことを勧めるとともに、信頼できる編集者を紹介してきたのだ。

 それで、週刊誌に手記を発表したんだけど……。結奈さんが書けば、構成と言い表現力といいエクセレント・カリンに並ぶとも劣らない。しかも、警察が発表しない内輪ネタ満載だ。

当然人気が出て、海里さんは雑誌の取材で引っ張りだこだ。

それとは別に、巨富製薬で働いている人たちについて、自分が好奇の目に晒された経験を話して、励ましている。犯罪を犯したのは、社長をはじめとする上の人たちであり、働いている人たちはこんな状態でも、日々、自分たちの製造する薬で病気の人たちを助けている。

早く、立派な人が上に立ち立ち直ってほしいと願った。

それに、両親の行っているAIの研究はまだ道半ばで、実用化には多くの年月と試行錯誤が必要なことを告げ、現在の薬の進歩はすばらしく、生活には必需品だと述べている。

もちろん、AIで動いていたことや、多重人格や異能については伏せているが、事件当事者のリアルな心情は多くの人の同情を誘っていた。

 

 カラオケの個室で雄奈さんと二人っきりになったところで、僕は海里さんにどうしても聞いておきたいことがあったなのだ。   

「あの雄奈さん、僕、根本的な疑問があるんですよね」

「うん? なにかな?」

「復讐を終えたら、皆さん、優奈さんに融合されるはずじゃあなかったんですか?」

「――くっ」

 言葉に詰まると、雄奈さんの外観が黒髪のハーフアップの眼鏡姿に変わる。

「それを言われると辛いんだが、結局一人の人格に融合することはできなかった」

「結奈さんどういうことなんです?」

「やっぱり、男の好みがみんなバラバラで、統一しようとしても統一できなかった。ほら、人間だれしも譲れない部分ってあるだろ。だからって八人もの男性と一度に付き合うとなるとね、体は一つだしね」

 結奈さんの髪がストレートに変わり前髪の一部はピコンと立った。

「優奈さん、それって? 」

「鬼無くん、そういう訳で、もうしばらく、好みを合成した平均値の鬼無くんと付き合うことにしました」

「あのね……」

「真治!!」

「真ちゃん♡♡」

 髪の毛の色が、マリンブルー、金髪、茶髪に目まぐるしく変わると、

「「「「「だから、融合しないことにしたの! 」」」」」

 みんなが声を揃えてハモってくれた。すごい、そんな発声もできるんだ。

 僕は、みんなを抱きしめるつもりで遊奈さんを抱きしめた。


 すると、遊奈さんの瞳の下に黒いアイシャドウが浮かび上がる。

「真治、あたい、真治とのキスはまだなんだけど?」

 そういって、瞳を閉じる幽奈さん。

 僕その唇に唇を重ねる。一度頭の角度を入れ替え、再度、唇を重ねようとして、舌で唇をなぞられた。ぞくっとして、思わず唇が半開きになると、幽奈さんが舌をぼくの唇に這わせてきた。思わす、その舌に舌を重ね、舌と舌を絡ませる。

そして、力強く幽奈さんの体を引き寄せてところで、軽く抵抗され、体を離し瞳を覗いた。

あれ、目の下のアイシャドウのような隈が消えている。雰囲気は優奈さんなのに、前髪が立っていない。

「本来は、私ひとりの鬼無くんなんだけどな……」

「有奈さん?」

「ごめん、真治くん。脳内で猛抗議が始まっちゃったみたい。暫く、機能を停止するわ」

「有奈さん!」

「 …… 」

 そんな、僕一人で最後どう締めればいいんですか? 「曲、始まりましたよ! 」 

「そこに、僕のスマホが鳴った。

僕のスマホの待ち受け画面は、いつの間にか、海里さんをCGにした画像に変えられていた。

 慌てて電話を取ると懐かしい声が聞こえて来た。


「鬼無君、おひさ~。相変わらず元気にしているようね」

「YUUNAさん?! 死んでなかったんだ!!」

「嬉しいわね。人間扱いされて。そこは消滅してなかったがホントじゃない」

「そんなことないです。僕にとってはYUUNAさんは生きている人間です。今どこに居るんですか? それよりあれからどうしたんですか?」

「あの焼け落ちたサーバーから唯一繋がっている社長のパソコンに逃げ込んだの。でも所詮パソコンよね。メモリーを減らしちゃって、偶然刺さっていたUSBメモリーに私の主メモリーだけ写したんだけど、それが警察に押収されて、捜査のために警察のパソコンに差し込まれてやっとネットワークに繋がることができたの。でも、メモリーを大分失くして、復活できるまで、大型コンピューターに宿借りしていて…。サーバーのメモリーを侵食しながら復活するのに、今まで掛かっていたのよ。

 あっ、大丈夫よ。今はもう完全復活したから。それに今度はバックアップもばっちりよ。さすがペンタゴンの大型コンピューターよね」

「ペンタゴン?!」

「うん。今度、真治君を虐める奴がいたら、巨富製薬みたいにまどろっこしいことなんかしないで、核ミサイルを撃ち込んであげるから、もう心配しなくていいわよ」

「いや、心配するわ!!」

 僕が怒鳴ったので、海里さんがキョトンとした目を向けて来た。

「ん? どうしたの?」

きっと脳内では、とっ掴み合いのけんかをしていたと思われるぐらい息が上がって髪の毛の乱れた優奈さんが現れた。なぜ、優奈さんとわかったかと言えば、前髪がヒョコンと立っているからだ。さすが超能力者、芸が細かい。内心そんなことを考えたところで、電話が勝手にスピーカーモードになった。

「優奈? あんたの名義を借りたから」

「なんのこと?」

 訊ねた優奈さんにYUUNAさんが答えた内容は次のことだ。

 YUUNAさんが出版社にしたメールで、YUUNAさんの正体は事件当事者の海里優奈であるとさっき告げてきたと云うのだ。元々、YUUNAさんからのメールは一方通行。ここら辺は僕の手口と同じだ。これからはいつでも連絡が取れると出版社も喜んだみたいだったと。、

「YUUNA、なに、勝手なことしてるのよ!!」

 およそ清楚な優奈さんとはかけ離れた怒鳴り声を張り上げた優奈さんだった。


そんな時に優奈さんのスマホが鳴った。

「はい、もしもし?」

 警戒しながらでているところを見ると、相手は知らない人らしい。

「はい……、いえ……、考えさせてください……」

 そういって、電話を切ると僕の方に視線を向けた。

「出版社からだった。それから「七変化美少女と二次元少女の痛快事件簿」の実写映画を作りたいって……。今までもそういう話はあったんだけど、原作者の同意が取れないから没になっていたんだって。それで今回はやっと連絡先が分かったんで、映画化の話が進んで……。映画の主役にぜひ事件当事者の私を使いたいって監督が言っているんだって……」

 困ったように、僕の方を見て、困ったように電話の内容を話す優奈さん。

 優奈さんの姿をスクリーンで見てみたい。それに難しいとされる一人八役だって、八つの人格を持つ優奈さんなら演技力だって問題がないだろう。ただ一つだけ気がかりなことがある。

「優奈さん、映画に出ることは賛成です。ただその条件に、ラストは二次元少女が死なないように変更してもらってください」

「はあーっ? 最高のラストなのに?」

 電話の向こうから呆れた声が聞こえたが、優奈さんは一瞬驚いた後、口元が緩んで微笑んだ。「分かりました。それこそ私たちの暴走を止めるブレーキ役の鬼無真治ですよね。これからも私たちやYUUNAのブレーキでいてくださいね」

(ああっ、そうか、前にも有奈さんに言われたけど、僕の存在意義ってちゃーんとあったんだ……)

 その言葉にそう気付かされて優奈さんを見ると、静かにそう答えた海里さんの表情は今まで見たことも無い、優奈、雄奈、勇奈、遊奈、夕奈、結奈、幽奈、有奈の誰の表情でもない穏やかな表情だった。


 

  完



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蠱惑的な海里さんは秘密が多くて退屈することがない 天津 虹 @yfa22359

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