第53話 翌日、この巨富製薬の火災事件は

 翌日、この巨富製薬の火災事件は、マスコミを賑やかせていた。

 僕も報道で知ったことだが、検察はすでに巨富製薬本社への家宅捜索の令状を、裁判所から取っていたらしい。そう言うことで、僕たちが昨日、巨富製薬でやったことは、押収で火事場泥棒ではなかったらしい。

 そう言えば、社員通用門から入るとき、刑事さんが何か紙切れを防犯カメラの前で、ひらひらさせていた覚えがある。

 そして、驚くことに、この家宅捜索の情報はそれを入手した政治家によって、巨富製薬にリークされていたのだ。

 そして、社長室で開かれた密談。

証拠隠滅のために、すべての書類を持ち出し、データを消去しようとして出来ずに失敗し、書類倉庫やサーバー室を燃やして、証拠隠滅を図る相談がされていた。

 そして、その密談の一部始終を録画した防犯カメラの画像は、幽奈さんがダウンロードしたUSBにしっかり保存されていたのだ。

 

 そして、社長室に集まりこの密談をしていた社長を始めとする幹部たちは、今朝がた、刑事たちに放火の罪で、自宅で逮捕令状を突きつけられて、身柄を確保されている映像がテレビから流れている。

 すべてはYUUNAさんのお蔭か……。いたたまれなくなった僕は犠牲者にそっと手を合わせたのだ。


 **************


そうして、二週間が過ぎた。

 僕たちは、いつもの喫茶店で、人の目が届きにくい奥まったスペースで、テレビでその報道を見ながら海里さんと話をしていた。

 今日は、今は前髪ににアホ毛が立っている優奈さんだ。

「鬼無君、この事件の報道、いつまで続くんでしょうね」

「まだ二週間、これから、マスコミの大好きな政治家や官僚が出てきて、さらに盛り上がりるんじゃないですか? エクセレント・カリンさんの「七変化少女と二次元少女の痛快事件簿」によれば……」

 エクセレント・カリンさんのウェブ小説「七変化少女と二次元少女の痛快事件簿」は完結していた。

 魔法少女は転生前の前世で、魔王との最終決戦で重傷を負いながらもなんとか魔王を倒したのだ。しかし、側近に次の魔王復活のじゃまをさせないために、魔法の側近が、満身創痍の魔法少女に封印魔法を放ったのだ。魔法少女は次の時代も魔王と戦うために、自分の命を賭けアンチ封印魔法で相殺しようとした。

 しかし、魔法がぶつかり合い大きなエネルギーが放出さてたため、魔法少女の魂は時空を超え、時間と空間を無視した電脳世界に飛ばされたのだ。そして何とか魂の一部を犠牲にして、この世界に転生できたのだった。

 ラストシーン、電脳世界に残された魔法少女の一部は、電脳世界から魔法少女ユウナをアシストして巨悪の悪事を暴き、決定的な証拠を魔法少女ユウナとシンジに託した後、証拠隠滅を図ろうとした巨悪にサーバーを爆破され、シンジに対する気持ちを告げて、電脳世界のユウナは消滅してしまったのだ。

 そして、エピローグで、電脳世界のユウナが残した証拠によって、巨悪企業の役員やそれにかかわった政治家や官僚たちが次々と逮捕され、社会的地位を失いユウナとシンジの復讐劇は終わったのだ。

「そうなんだけどね……」

 なんか、優奈さんに元気がない。そこまで話をすると、まばたきのあいだに髪がハーフアップになり、眼鏡を掛けた結奈さんが現れた。

「真治君も気が付いてるとは思うけど、エクセレント・カリンは電脳世界にいたYUUNAと同一人物だよ。エクセレントは日本語で優、カリンはからなしのこと、漢字で書けば奈のことだよ。」

 それは僕も気が付いていた。きっとこの小説は予約更新になっていたのだ。だってカリンさんのツイッターはあれから一度も更新がないし、きっと小説は予約更新になっていたんだろ。カリンはもうこの世界にはいない。サーバーが燃え落ちるのもこの目で見ていた。

「確かに、勇奈さんとの初めての出会いをセッティングしたYUUNAからの最初のメールといい、佐藤の持つ端末でのアクセスといい、巨悪組に殺されようになった時のメールといい、転送した防犯カメラの画像といい、とても、そんじょそこらのハッカーにまねできることじゃないですもんね。電脳世界に生きるYUUNAさんのお蔭で、巨富製薬を追い詰めることができたのは間違いないんだけど……」

「まったく、私の経験や行動、それに感情も全てYUUNAに筒抜けだったなんて……」

 結奈さんにそう言われて、キスしたことを思い出し、少し恥ずかしくなる。


「ホットサンドセットお待ち」

 そのタイミングで、この喫茶店のマスターが、注文したメニューを持ってやってきた。

 気配をよんだのだろう。いつもの銀髪ツインテ姿の雄奈さんに戻っていた。

「海里ちゃん。もう有名人なんだから、俺の店も宣伝してくれよ。私の行きつけの店とか言ってさ。少しはこの喫茶店、流行らせたいんだよな」

 このマスターの言う通り、最近の海里さんの扱いは好意的で、巨大企業に単独で立ち向かった悲劇のヒロインの扱いになっていた。しかも、ウェブで人気小説のストーリーに被って活躍しているのだ。もっとも、海里さんのアイドルもはだしで逃げだすような断トツの美少女ぷりがあってこその人気だと僕は思っている。視聴者はゲンキンなものなのだ。


しかし、マスターの発言に対し、雄奈さんはブリザードを吹き付けるだけだ。

「悪い、悪い、ごゆっくりどうぞ」

 そういうと、マスターは頭を掻きながら厨房に戻っていく。

 僕は、その後ろ姿に、気の毒になって雄奈さんに話しかけようとすると、

「だって、この店が流行はやったら、私、またガラガラで、おいしい店を探さないといけないじゃない」

 そう小声で言うと、僕には「さっさと食べろ」と言って、ホットサンドにぱくつくのだった。どうやら、自分の都合だけで、喫茶店を宣伝しないことに少し罪悪感を持っているらしかった。

(マスター、ごめんなさい。僕も、優奈さんたちと一緒に居られる場所が少しでも多い方がいいんです)

 僕は、心の中で、マスターに手を合わせて詫びた。

「さて、鬼無、食べ終わったら、デートの続きをするわよ。これからカラオケに行くからね」

 すでに、海里さんは気持ちを切り替えていたのだった。



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