そして陛下は……

 ――皇帝バルドロメオの名裁き。悪を逃さず、正義を振るう。


 その話題は、瞬く間に城下へと広まり、またしてもバルドの名声が広まることとなった。

 もっとも、当のバルド達はそれからが大変だったのだが。

 明かされた反乱計画の全貌に国中は大騒ぎ。関与があった者が他にも複数、他国からの干渉の調査、密輸品の製造元の鎮圧などなど。

 しかし第一師団団長の反乱という大ニュースが公になっても、それを上回る話題を作りだしたのはまさに希代の英雄、皇帝バルドロメオと言わざるを得なかった。

 そんな後始末に追われながら、他にも様々ないざこざは城下で起こっていた。

 その度にバルドは翻弄されながらも解決をし日々を過ごす。

 やがて秋が過ぎ、冬が過ぎ。そうして――春がやってきた。


           ※


 春先の早朝。寒さが残る城下に並ぶ木々にはまだ花は咲かずとも、新芽が力強く芽吹いている。咲き誇る日々もそう遠くはないのだろう。

 普段は騒がしい城下の道も、早朝故に静かで空気も澄んでいる。 

 そんな通りの真ん中を歩く、若き皇帝バルドは城を背にし、城門へと向かっていた。

 彼は今、人知れず旅立とうとしていた。


「本当によろしいのですか」


 そんな彼のすぐ後ろを歩くクロエが、淡々としながらも僅かに心配そうに尋ねる。

 バルドには以前から考えていた事があった。

 まだこの国は完全な平穏が訪れたとは言い難い。かつて爺に告げたその一言は、いまだ改善されたわけではなかった。


「皇帝のお膝元である城下すらこの状態だったのだ。目の届きにくい地方にも苦しむ臣民がいるはずだ」


 確かに城下には平和は戻ってきた。しかし帝国の領地はここだけではない。皇帝の目が届かぬ事をいいことに、悪さを企て者も、そしてそれに苦しむ臣民がいる。

 そんな彼らを退治し、救うことこそが皇帝としての使命だとバルドは考えていた。


 

「そのためにこの半年、必死に動いていたのだ。おかげでだいぶ城下も、落ち着きを取り戻したがな」

「城下での様々な活躍で『悪さをすれば皇帝自らが現れる』という噂が絶えませんから、誰も悪事を働こうなどと簡単には思わないのでしょう」

「暴れ回った甲斐があったものだ」

「ですが、旅となれば長期間城を離れることにもなりますが……」

「なに、身代わりの影がおる」


 城下に出る時に身代わりを頼む影がいれば皇帝不在という不安もなくなる。

 そして政務に関しても、彼にはこの半年みっちり仕事を仕込んできた。


「それに、もし余でなければ解決できぬような問題が起こるようなら、影追人達がすぐに知らせてくれる」


 バルドの持つ魔法ならば、すぐに戻ってくることも出来る。

 なにも心配はなかった。


「それらの点は私も心配しておりません」

「そうなのか?」

「私が心配しているのは、爺殿のことです」

「…………それは……まあ、どうにかなるだろう」


 爺が顔を真っ赤にする姿を考えると頭が痛くなりそうなので、バルドはあえて考えないことにした。


「そ、そんなことよりクロエ、お前こそいいのか?」

「と、申されますと?」

「無理に私についてこなくともよいのだぞ?」

「……なにをおっしゃるかと思えば」


 呆れるようにクロエが答えた。


「『不要ならば、足から伸びる影をなぜ捨てぬ?』そう申されたのは陛下ご自身では?」

「んん? こいつは参ったな。ハッハッハ!」


 そんな笑い声を上げながら通りを進んでいると、路地の角から人影が現れた。


「誰だ! この御方の前を横切ろうなど、不敬であるぞ」

「よさぬかクロエ。ここは天下の大道。前を横切ることもあろう」

「そう言って頂けると、ワタシも助かるってもんですよ」


 そう言いながら角から現れたのは、長身でしなやかな体つきとポニーテール。そして男勝りな口癖が印象的な少女だった。


「おお、アカネじゃないか!」


 その懐かしい姿にバルドが驚くと、少女はその場で跪いた。


「その節は助けていただき本当にありがとうございます。おかげさまで祖父も大事に至らず。これも全て旦那の――いえ、陛下のおかげでございます」

「二人が息災でなによりだ。それよりこんなところでなにをしている?」

 

 バルドが尋ねると、アカネには似つかわしくない丁寧な言葉で話し出す。


「陛下のご活躍はかねがね耳にしておりました。城下に安寧が戻った今、陛下ならばきっと城下の外でも似たようなことをするだろうと思い、ここで待っておりました」

「待っていた?」

「はっ。どうかその旅路、このアカネもお加えいただきたく」


 突然の申し出に驚くバルド達。


「貴様なにを勝手に」

「待てクロエ……アカネ気持ちは嬉しいが、お主には祖父がいるであろう」

「その祖父たっての願いでもあります」

 

 アカネは結い上げた髪を動かすことなく祖父の言葉を伝え始める。


「『老い先短い儂のことより、自分の人生を歩め。もっともこのじゃじゃを娶ってくれる人もそう見つかるまいがな』」


 そう語るアカネの表情はちょっと嬉しそうでもあった。


「『ならば陛下に仕えよ。そしてお役に立て。それがお前のためにもなるであろうし、せめてもの恩返しだ』と」

「あの御仁らしい」

「陛下ほどではございませぬが、私も多少腕には自信がございます。どうか――」


 恭しく跪くアカネを前にどうしたものかと悩んでいると、まるで畳みかけるかのように、新たな人物が現れた。


「ああ、やっぱりいらっしゃいました!」


 彼等の下に駆け寄ってくる美人な女性。

 その顔に、再びバルドは驚かされた。


「ま、マリーヤ!?」

「お久しぶりでございます、陛下」


 彼女は丁寧に体を折り、お辞儀をしてみせるとアカネと同様にその場で跪く。

 そんな彼女に、不思議そうにバルドが尋ねる。


「故郷に戻ったのではないか?」

「はい。兄を故郷の土に帰してから戻って参りまして。なんだか今日ならまた陛下にお会いできると思っておりました」

「そ、そうか……」

「そのご様子……まさか旅に? それならばどうか私もお連れくださいな」 

「お前もか?」

「助けて頂いたお礼もまだ返せておりませぬ。かといって何が出来るわけでもありませんが……ご要望とあらば、よ、夜のお相手も」

「お、それはワタシもぜひに」

「おい貴様等……少々調子に乗っているのではないか?」


 二人の言動に怒りを示すようにクロエが口を挟む。


「まあまあクロエ。よいではないか」

「まさか……お連れするおつもりですか?」

「せっかくの旅路、仲間も多い方が良いだろう」

「ですが」

「それともなにか? クロエは、私と二人きりの方が良かったか?」


 などとバルドがふざけてみせるが。


「…………は?」

「……そ、そんな本域の声で怒らないでくれよ……」


 冷え上がるような怖さを感じるバルド。

 そんな主の前で、クロエはため息を漏らす。


「……バルド様のお決めになられたことであれば、私は何も申しませぬ」

「そうか。ありがとうな、クロエ」

「………………」


 言葉ではなにも言わなかったが、そっぽを向く彼女の頬が僅かに赤くなっているのを、バルドは目にした気がした。


「では二人の供を許そう」

「感謝致します、陛下」

「ありがとうございます陛下」 

「ただし、陛下と呼ぶのはやめよ。行く先々で身元がバレるのはあまり好ましくない」


 バルドがこれからやろうとしていることを考えるならば、身分は隠したままの方が都合はいい。

 しかしそうなると当然の疑問が浮かび上がる。

 

「では、なんとお呼びすればよいでしょうか?」


 そんな疑問をマリーヤが尋ねると、アカネが調子よく答えた。


「それならピッタリの呼び方がありますよ、『ご隠居様』って言うんですけど」

「馬鹿を申すな。いくらバルド様であってもこの歳でご隠居など失礼であろう」

「んじゃ、うら若い女子を引き連れ諸国漫遊する城下で人気のお店『ちりめんどんや』の若旦那ってのはどうだい?」

「なんだその屋号は、ふざけるでない」


 クロエとアカネのやりとりを微笑ましく眺めていたバルドが言う。


「普段通りで良い。あくまでも旅の供ということにしよう」


「その方が気楽でいいね、バルドの旦那」

「そうですね、バルドさん。フフ」

「全く……先が思いやられる」


 アカネとマリーヤは立ち上がり、クロエと共にバルドの後ろにつく。 


「さ、行くとしよう」


 三人が短く返事を返した時、ちょうど朝日が昇りだす。

 まるで、歩き出した四人の行く末を照らすように、光が彼等を包んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暴れん坊陛下~皇帝陛下は掃除の邪魔だからと執務室を追い出されたので身分を隠し城下に降りて悪を討つ~ 碧崎つばさ @Librae_Y

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ