天に輝く七つの星

 ――突然の叫びだった。


 勝ち誇る笑い声を一気にかき消す強烈な暴言。

 誰が言ったのか、どこから湧いて出てきたのか。

 

 ――誰もが耳を疑った。


 この玉座の間に、似つかわしくない汚らしいその言動に。

 帝国を治める最も権威ある者が座す、その場所で響いたその一声に。

 ――誰もが目を疑った。

 

 言い放った者はそこにいる。

 踏み台を上がった台座の上、たった一人しか座ることの許されるその座の上。

 皇帝、バルドロメオ。その口から出た言葉である。


「黙って聞いてりゃ、ピーチクパーチクと騒ぎ立てやがって」


 まるでヤクザである。

 乱暴でドスの利いた、巻き舌の迫力ある物言い。

 だがそれでいて威厳を無くさない、腰の据わった重きある言葉に誰もが聞き惚れるように黙ったまま。

 皆が呆然とするなか、なぜか爺だけが頭を抱えていた。

 その物言いはかつて魔獣達を相手に暴れ回っていたバルドの少年時代のもの。普段落ち着き払っている今のバルドであっても、激怒すると出てくるその癖が、まさか公の場で出てしまったことに爺は呆れ果てていた。

 そんな爺の心配を知らず、バルドは玉座から立ち上がり前へと出る。


「人を人とも見ねぇテメェらみてぇな悪党共が、下賤だなんだと口にするとはいい了見じゃねぇか、ええ!」


 そして蹴るように足を突き出しては、一段下の踏み台に足を力強く乗せる。

 睨み付けるような視線が呆然とする一同をゆっくり見回すと、徐に突き出された左手。その手の中に、深紅の光が灯りだした。


「たとえ闇が光を隠そうとも、輝く真(まこと)は消せはしねぇ」


 歌うように告げながら、新たな光達が続々浮かび上がる。

 炎の深紅を筆頭に、水の瑠璃、雷の青紫、土の山吹、風の翠緑。さらに闇の漆黒。

 手の平で回転する六つの光り。それらが飛び上がると、バルドの頭上で星のように輝き出す。

 

「あの夜確かに瞬いた、天に浮かぶ七つの星」

 

 それを見よと言わんばかりに天高く掲げらていくバルドの左腕。


「まさかオメェら、見忘れたとは――言わせねぇぞッ!」


 その腕が勢いよく振り下ろされる。

 天に輝く六つの星の中に瞬く新たな光。

 それは――聖なる真白。

 あの夜、バルドと共に瞬いた七つの魔法属性である!


「なっ!?」

 

 天に輝く七つの光を前に、言葉を失う騎士ガスタイン。


「あっ、あああッまさか!?」


 その正体に気づくロイド。


「あ、あの時の七属性の光!?」

 

 屯所での戦いを思い出す部下の兵達。

 そして――


「バ、バルドさん……!?」 


 マリーヤが驚愕した。

 あの晩あの場所に瞬いた七つの属性。

 剣戟の中、炎が爆発し、水が迸り、雷が嘶く。

 風が駆け抜け、土が盛り上がり、闇と光が交叉した。

 この七つの光こそ、皇帝バルドロメオ自らがあの場にいたなによりの証明。

 悪事の全てを若き皇帝が見て聞いた、何よりの証拠なのだ。


「おうテメェら! これでもまだシラ切ろうってのか、ええ!?」


 絶対支配者たる皇帝が、全てを見て聞いていた。

 最早言い逃れなど出来うるわけもない。

 バルドの迫力に、観念し項垂れるガスタイン。

 全身の力が抜けていくロイド。

 そして、打ちひしがられる第一師団の兵達。


「――――」


 言葉を失い力を無くした様子を見届けたバルドは、彼等に一度背を向ける。

 そして再び振り返った時、その表情は再び皇帝のものへ。 


「裁きを申し渡す」


 先程までのドスの利いた物言いではない、威厳と風格を兼ね備えた静かで堂々たる言い回し。しかしその目はいまだ鋭く厳しいまま。 


「騎士ガスタイン。騎士候剥奪の上、打ち首獄門。余の者、終生遠島を申しつける」

 

 ガスタインは処刑を言い渡され、残りの者達は生涯終わるまでの島流し。

 もはや罪人となった彼らに、尋ねることは何もない。

 あるのはたった一つ。この神聖なる場から早々に退去させる一言。


「――引っ立てぇい!」


 若き皇帝の力強い声が広間に響く。

 周囲を囲んでいた兵達により、連行されていくガスタイン達。もはや彼らに釈明の意思も、抵抗の意思すらなかった。

 

「……………………」


 罪人達が連行され、広間の扉が閉じる。

 静けさを取り戻した玉座の間。

 厳かな空気の中に残されたのは、広間の主だけではない。

 証人たるマリーヤもだ。


「さて、マリーヤ」

「は、はい……」


 体をビクリと震わせ、彼女はその場で跪いて頭を下げる。


「こ、皇帝陛下と知らず……多大なる、ご、ご無礼を……」


 彼女が思い出していたのはあの山小屋の前での事。知らぬとは言え勢い余って皇帝陛下の頬を叩いてしまった。

 皇帝陛下を叩くなど、その場で斬り捨てられてもおかしくのない大罪に、マリーヤはただただひれ伏すことしか出来なかった。  


「もうよいマリーヤ。頭を上げてくれ」


 そんな彼女に向けて、皇帝の顔のバルドが告げる。

 それでも恐る恐る頭を上げるマリーヤに向け、若き皇帝は続けた。


「頭を下げねばならぬのは、余の方だ」

「えっ……?」

「余を本当に思い計ってくれる忠臣を、お主の兄ジェダを助けることができなかった。それどころか、確証もなくいらぬ疑いをかけようとしてしまったこと、どうか謝らせて欲しい」


 そう言って、皇帝は深々と頭を下げようとする。


「おっ、お止めください陛下!」 

「……………………」

「兄も……ジェダも陛下にお心が伝わりきっと感謝しているはずです」

「ありがとう、マリーヤ……アレをここに持て」

 

 そうバルドが指示を出すと、兵士の一人が手になにかを持ってやってくる。

 その兵士はマリーヤの前にやってくると、彼女に一枚の紙を渡した。

 くしゃくしゃになった一枚の便箋である。


「それはジェダの部屋の隅から見つかったものだ。君宛に送ろうとした書き損じの手紙であろう」


 読んでみよ、と若き皇帝の言葉にマリーヤは恐る恐る手紙を手に取ってみる。

 書きかけの手紙は、ペンで塗りつぶされほとんど内容を読むことは出来なかったが、それでも端々からその内容を僅かに読み取ることはできた。

 その内容に彼女は驚愕の表情を作る。


「――――ッ!?」

「そこには、お前に反乱のことを伝えようとした形跡がある。だがその手紙を、ジェダは送らなかったのだ」

「一体どうして……送られてきた手紙にはなにも書いてなかったのに!?」

 

 混乱するマリーヤ。

 それを諫めるようにバルドは言う。


「分かるだろ、マリーヤ」


 皇帝ではない、マリーヤのよく知るバルドの顔と言葉遣いで。


「ジェダはきっと、妹の君を危険な目に遭わせたくなかったんだ」

「ッ!?」

 

 反乱の計画をマリーヤに知らせれば反乱は防げるだろう。だがそうしたら、今度はマリーヤが連中に狙われてしまう。

 守るべきは帝国の安寧か、それとも妹か……。


「恐らく迷いに迷ったに違いあるまい」


 そして、彼が最後に選んだのは――かけがえのない兄妹であった。

 結果としてそれが、マリーヤが狙われる理由となったのはなんとも皮肉なことである。

 

「ジェダは確かに帝国を、余のことを思う誠の忠臣であった」 

「………………」

「しかし、その前に――たった一人の妹を思う、優しい兄だったのさ」

「…………ッ!」

 

 バルドは彼女に優しく語りかける。


「故郷に帰って、兄さんを静かに眠らせてやるといい」

「…………ッに、兄さん……兄さんッ!」


 マリーヤはついに泣き崩れた。

 わんわんと子供のように。

 帰らぬ兄を思い、変わらぬ兄の想いを知り。

 ただただ、悲しみと嬉しさを涙に込めて、泣いた。


「――――」


 その様子を見届けながら、バルドは玉座の前へ。

 そして表情を皇帝のものへと戻すと、広間だけではなくまるで国中に響くように堂々たる姿で告げた。


「これにて――一件落着」

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