陛下、吟味をする

「容疑を否認、か……」


 城内の廊下を進むバルドが後ろも振り向かず聞き返す。

 彼のすぐ後ろに付き従っていたのは爺だ。


「屯所での騒ぎを聞きつけ、衛兵達が騎士ガスタインとその一党を捕らえたのですが、その後の取り調べで何を聞いても……」

「知らぬ存ぜぬ、と……」


 爺が、どこか申し訳なさそうに頭を下げる。

 彼等がとぼけている理由は簡単だ。証拠が何もないのである。

 現場を押さえることは出来たが、武器の密輸やジェダを殺したこと、そして反乱を企てていたという証明は、証言以外に何もないのだ。


「急いてしまったか……」


 再び同じ後悔が、バルドの肩にのし掛かる。

 だがあそこでバルドが出向かなければマリーヤの命は無事ではすまなかったのもまた事実。だからこそ自分の行いに後悔はなかった。


「陛下、もしも裁きの場で容疑を証明できなければ、かなり厄介なことになりますぞ」


 爺の懸念をバルドも理解していた。

 反乱を考えていたガスタイン達が証拠不十分で世に放たれれば、連中はいらぬ容疑をかけられたと世間に触れ回り、皇帝を失墜させる大義を与えることになる。

 その程度で揺らぐ帝国ではないにしても、一時の混乱と臣民の信頼が損なわれるのは避けようがない。

 ましてそれを機に本当に反乱が起これば、再び帝国が揺れてしまう。あわよくば成功しようものなら、いずれ帝国は他国をも力で制圧する、侵略国家へと成り下がる。

 そうなれば、また戦いの時代へと逆戻りだ。


「陛下……」 

「分かっている……」

 

 そこから先をバルドはあえて言葉にしなかった。

 心配ないとも、大丈夫とも――

 彼は、玉座の間へと続く大きな扉をくぐった。


          ※


「バルドロメオ陛下の、御成ーッ!」


 兵のかけ声と共に、玉座の間に緊張が走る。

 玉座の奥にある扉から現れたバルドは皇帝という衣を身につけ、厳かなまでの足取りで玉座へと向かうと、静かに着席。爺もその後へと続く。

 玉座の高台から下には、裁きの場に引き出された者達が衛兵に囲まれながら先んじて皇帝を待っていた。

 第一師団長ガスタイン、その部下ロイド。そして加担した数十名程の兵士達。

 皆、直接床に座らせられ、頭を下げている。

 そして――少し離れた場所に証人としてマリーヤの姿もあった。

 

「一同の者――面を上げよ」


 落ち着き払ったバルドの一言を広間の大理石がよく反射した。

 顔を上げる一同のなか、マリーヤと一瞬目があった。不思議そうな顔をする彼女に目もくれず、バルドは粛々と話を進めていく。

 

「さてこれより、帝国国内への武器密輸、第一師団兵士ジェダの殺害。並びに国家反乱の容疑の件について吟味を致す。なお、今回は特例としてこの玉座の間にて、アリエスト帝国皇帝である余、自らが裁きを下すものとする」


 アリエスト帝国における通常の裁判は、皇帝に任命された裁判官が裁くもの。

 しかしながら、今回のような帝国そのものを揺るがすような事件であれば、皇帝自らが出座し、玉座の間にて事件を吟味、直接裁きを下す。

 だがそれは、バルドが皇帝の座についてから一度としてなかったことだ。

 

「まず――第一師団団長、騎士ガスタイン」


 名を呼ばれたガスタインは、短く返事を返す。


「調べによると、お主は募集に応じた兵達の中から、そこなる兵士ロイドを筆頭に帝国に不満を持つ者を集め帝国に対し反旗を翻そうと計画。その上で商船を利用し秘密裏に各地から武器を密輸」

「………………」

「さらに反乱の計画を知った兵士ジェダを任務中の戦死に見せかけ殺害したとある」


 容疑を言い渡し、若き皇帝は尋ねる。


「左様――相違ないか?」

「これはこれは、天下の英雄たる陛下に反旗を翻すなど畏れ多いこと。騎士ガスタイン、騎士の名に誓って一切心当たりはございません」


 予想通りの反応だった。

 ガスタインは慇懃無礼なまでの態度で告げられた罪状を否認する。


「ほう。ではこの件はどうだ?」

 

 バルドは、玉座の傍に置かれた一枚の報告書を取り出した。


「この調べ書きには、城下へと向かう船の出港前の臨検中、秘密裏に武器を搬入。その後出港した船が港に着くと同時、何も知らぬ船主達に摘発と称し武器を回収していたこと。出港下である港の水夫から証言を得ているが、これ如何に?」


 これはクロエ達影追人がもたらした確かな報告だ。

 しかしその報告を前にしても、ガスタインはやはりとぼけ続ける。


「そう、申されましても……我々は日々任務に邁進し密輸品の摘発をしていただけ。その水夫とやらが勝手に申していることでしょう」


 なるほど、と皇帝はあえて頷いた。


「では兵士ジェダ殺害について、賊の討伐という報告それそのものが偽りなのは明白。派遣された部隊にいたジェダを暗殺するためというのは調べが付いている」

「………………」

「その部隊を指揮していたのは、そこなる兵士ロイド。お主であるな」


 名を呼ばれたロイドも、やはり同じであった。


「いやいやいやいや。俺は命令通り賊の討伐に向かっただけです。報告書の内容が間違っていたってだけで、俺が殺したと決めつけられるのは心外ですぜ」

「腰抜けのアイツのことだ、賊に怯えて逃げ出して崖で足でも滑らせたんじゃねぇのか。ハッハハハ!」


 ロイドの部下達が上げる笑い声が、広間に大きく響く。 


「ふざけないで!」

 

 マリーヤだった。

 下品な笑い声を打ち消すかのよう彼女の叫びがロイド達を打つ。


「貴方達、よくもぬけぬけとそんなことを!」

「控えよマリーヤ。ここは玉座の間であるぞ」


 皇帝の一瞥にマリーヤもハッとなり、興奮を収め頭を下げる。

 しかし、それでも彼女は食い下がった。


「陛下お願いします。どうかお聞きください」


 懇願のような願いを受け、玉座の皇帝は落ち着き払った態度で答える。


「よいだろう。話してみよ」


 許しを得たマリーヤは、礼を言うように玉座に深々と頭を下げる。

 頭を上げると、決死の思いでロイド達を睨んだ。


「この者達は、屯所に私をおびきだして誇らしげに言いました。反乱の計画、そして私の兄ジェダを殺したと。それを私は確かに耳にしたのです!」


 しかしロイド達を始め、第一師団の兵達は誰一人として認めようとしない。


「さーてなんのことだか」

「自分達の口で言っていたことではないですか。俺が兄を、ジェダを殺したと!」

「夢でも見てたんじゃないのか、お嬢ちゃんよ」

「夢ですって……! いい加減に」

「いい加減にするのはお前だ、田舎娘が!」


 ガスタインだ。


「ああ言った、こう言ったなどと……口ばかり達者だな。そこまで言うのなら――なにか証拠があるのだろうな」


 ガスタインの言葉は、まさに的を得ている。それどころか、その指摘はこの場を裁く皇帝のバルドのことをも指した物言いだ。

 あらゆる容疑について、提示されたのはあやふやな証言だけ。

 武器の密輸も、ジェダ殺害についても。まして反乱の計画については実行もされていない未遂である。その計画を裏付けるものなど、何一つないのだ。 


「そうだそうだ」

「証拠だ証拠!」

 

 彼等の部下達も、証拠を出せと騒ぎ出す。

 いつのまにか厳かな玉座の間に似つかわしくない騒々しさが響き始める。


「へっ、どうせ反乱ってのも、そのジェダが考えたんじゃないのか?」

「そうそう。日頃から皇帝様を批判するようなこと、よく言ってましたよ」

「口だけの腰抜けヤローのことだ。妹に陛下をたぶらかしてもらおうととしてたんだぜ、きっと!」


 ロイド達がゲラゲラと下品に笑い、高らかに声を上げ続ける。

 その様子を目の当たりにしても諫めもせず、ただ見下ろすだけの皇帝の姿にマリーヤもショックを受けていた。

 悔しさと腹立たしさで顔をゆがめる彼女であったが、その顔が何かを思い出したようにハッとなる。


「バルドさん……そうよバルドさんがいます! あの方も一部始終を知っているはず」


 彼女は一縷の望みをかけて、いまだ無言を貫く皇帝に嘆願する。


「陛下。どうか、どうかバルドさんをお探しください! あの方は、殺されそうになった私を助けてくれて、彼等を相手に剣と七つの魔法属性で戦ってくれたのです!」

「ハッハッハ! 何を言い出すかと思えば」


 再びガスタインが嘲笑う


「おい娘、それはなんというおとぎ話なのだ?」

「おとぎ話なんかじゃありません! 貴方達も見たでしょう!?」

「娘よ、教養のないお主にいいことを教えてやろう」


 やれやれ、と言わんばかりに、ガスタインは続ける。


「そもそも、この世界に魔法を使える者は多くはない。まして二つ以上の属性を操れるなど、数えるほどだ。ここにおわす希代の英雄たる皇帝陛下も魔法を扱い成される、それも複数の属性を。それでも扱える属性の数は六つだ」


 玉座の若き皇帝は、ただその様子を黙って見ていた。


「陛下であっても六つまでというに、七つの属性を扱う者だと? 田舎娘の物の知らなさには、呆れ果てたものよ」

「で、でも本当に」

「陛下。このような者の言葉をお信じになるのですか? ましてこの女、陛下のご批判をするような輩の妹、なにを言い出すのやら……」


 そうだそうだ、と威勢良く声を上げるロイドとその部下達。

 もはやどうしようもなく、頭を垂れることしかできないマリーヤ。

 しかし、玉座のバルドはやはりなにも言わない。

 ただ無言で、彼等のやりとりを眺めるだけ。

 だが、次の一言がバルドの怒りに触れた。


「ふっ、所詮は浅ましい下賤の者よな。自分が助かりたいが為に、適当なことを口にするとは」

「…………ッ」

「ハッハハハハハ。アッハハッッハッハッ!!」


 ガスタインの笑い声が玉座の間に響く。

 勝ち鬨のような、誇るような醜悪な笑い声。

 しかし――それ以上の怒声が広間を駆け巡った。


「ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ……うるせぇぞ悪党共っ!!」

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