陛下、本気を出す
皇帝バルドロメオは暇だった。
魔獣との大戦を終結させ、国内の復興も目途を立たせた。
政務はその日のうちに終わらせ、趣味らしい趣味もない。臣下達にも色々と薦められても、どれもピンとこなかったほどだ。
大戦を終結させた英雄、帝国の復興を果たした皇帝。しかしながらやることがない。とにかく暇だったのだ。
暇で暇でしかたなく、ある時バルドは思いついた。
「そうだ。新たな魔法属性の習得を始めよう」
バルドが扱える六つの属性は、火、水、風、土、雷、闇。
そこに唯一習得していなかった聖属性。これを会得しようと。
バルド自身、皇帝という立場が闇属性は扱えても聖属性が扱えないのは些か格好が悪いとも思っており、日々こなす政務の合間を見計らっては魔法書を読み漁って、面会や視察の休憩中、密かに繰り返してきた修行の日々。
そうして独学で学ぶこと三年――彼は、やってのけてしまった。誰も無しえなかった七つ目の魔法属性の習得を。
先人達の誰もが叶わなかった六属性の会得。それだけでも歴史的快挙と言えるのに、さらにその先――聖属性を含めた七属性を扱える唯一無二の存在となったのだ。
そのことを知る者は数少ない。
そして――実戦で使うのもまた、これが初めてである。
※
襲いかかってくる兵士をバルドは殴り飛ばす。続く相手も腕を掴み上げ投げ飛ばし、さらに迫る敵を、刃を無くした剣で叩き斬る。
「ええいなにを手こずっておる! そのような輩、さっさと殺してしまえ!?」
後方に下がったガスタインが叫ぶ。師団長の命令を受け、ロイドを始めとした兵士達が一気に攻めかかろうと、身構える。
剣を握る手、踏み込む足。誰もが体に力が込めた――まさにその時だ。
「黙れっ!」
バルドの一喝。
まるで雷鳴のように広場に響いたそれは、兵達どころかロイドやガスタインをも怯ませる。
バルドの鋭い目が周囲を睨む。その迫力だけで人を殺めることも出来そうな強力な威圧感が兵達の足を縛り付けて離さない。
緊張が蔓延るそのなかで、バルドはまるで歌うように語りだした。
「お国のためと理想を掲げ、平和と兄妹踏みにじる」
周囲を見回しながら、掲げられた左の手。
その手の平のなかに、七つの光が瞬き光る。
――炎の深紅――
――水の瑠璃――
――雷の青紫――
――土の山吹――
――風の翠緑――
――闇の漆黒――
そして――聖なる真白――
七つの光は、一度天高く舞い上がり、バルドの頭上で一層強く輝く。
「お主等のような悪党。たとえ天が見逃しても」
そう、それはまるで――
「闇夜に瞬く星々は――見逃しはせぬぞ!」
煌めく七つの星々。
「これは……魔法!?」
「七つの、属性だと……!」
ガスタインとロイドが上げる驚愕の声。
いまだかつて、七つの属性を扱えた者などいない、皇帝バルドロメオであっても、六つまでしか使えないはず、と。
しかし彼等は知らない。目の前に立つその者こそ、皇帝バルドロメオと、そして彼が大戦後に七つ目の魔法属性を習得したいたことを。
まるでそれは、驚く彼等を嘲笑うかのようだった。
「この天に輝く七つ星。墜とせるものなら」
バルドは不敵に笑い、そして告げる。
「――墜としてみせよ」
周囲を兵士に囲まれながらも、大胆不敵に言い放つその姿。
その態度が、その迫力が、その風格が。兵士達に二の足を踏ませてしまう。
伝播する恐怖を振り払うようだった、上官たるガスタインが殊更大きく叫ぶ。
「か、構わん。やれ、やってしまえ!」
号令を下に威勢を取り戻した兵士達が、再び襲いかかる。
「ふんぬっ!!」
巨漢の兵士が勢いよく振り下ろす剣を、バルドは剣で受ける。攻撃をいなし、打ち込もうとするも、巨漢のパワーがそれを阻んでくる。やはり簡単には打ち込ませてくれはしない。
鍔迫り合い。押し込むようにパワーで圧倒する兵士の顔に笑みが浮かぶ。
「へへっ――ぬおっ!?」
しかし、その顔面で小さな爆発が起こる。
バルドの背後で煌めいていた炎の光が放った炎弾。それが顔面で直撃し、巨体が倒れていく
そこへ新たな影がバルドに迫る。
素早い斬撃を連続で放ち、二度三度とバルドも受け流す。
「ごふっ!?」
しかし、圧縮された水が鉄砲水のように兵士の横から直撃、バルドの前から流され消える。
まるでその隙を狙うように、別な兵が剣を高々と振り上げバルドの背中に迫る。
「死ねぇ――ガッ!」
高々と振り上げられた剣に、降り注ぐ紫電の雷鳴。
焦げた匂いを残し、バルドの背後で彼は崩れ落ちていく。
「弓隊構え!」
広場の端に、いつの間にか弓隊が現れていた。
隊列を組んで弓を引き絞り、狙いを定める。
声なき短い合図が、一斉に矢を放つ。
狙いはバルド――ではない。
「――!?」
共に戦うクロエも弓隊の動きに気づいていた。しかしタイミング悪く、斬り合いの最中、さらに無防備にも背を晒す形である。
そう、狙われたのは小さな体の彼女。
迫りくる無数の矢。クロエには防ぐことも、回避も不可能。
クロエの小さな背中に、鏃が突き刺さろうとしたその瞬間――
「ッ!?」
彼女の背後に土の壁が盛り上がる。
魔法で作り出された土壁、ぶ厚いその壁は矢如きで貫かれるわけもない。堅牢な土壁の前に、矢は次々と弾かれ勢いを失う。
「くっ……第二射ようごはっ!?」
二射目を指示しようとしたその瞬間。
吹き上がった緑の疾風が、弓隊を吹き飛ばしていた。
「ありがとうございま……バルド様!」
礼を言いかけクロエが叫ぶ。
バルドの背後から、飛び掛かるように三人の兵が斬りかかっていた。
その場で反転するバルド。しかし振り返ったその背に向け、新たな二人が左右から斬り上げるように襲いかかる。
合計五人――時間差による同時多角攻撃。
若き皇帝も唸る見事な連係攻撃はバルドの剣だけで防ぐのは至難の業。しかし――
「ぐわああぁっ!?」
最初に斬りかかった三人の前で、閃光が輝く。
強力な光は目を開けることも許さぬほど。直視した三人の目はくらみ、視界が奪われ足が止まる。
「クッ、まだだ!?」
だが、続く二人の剣は止まらない。
バルドの体が盾となり、閃光の影響がほとんどなかったのだ。
勢い衰えることなく、バルドへと迫る。振りかざした剣で斬りかかろうとして――
「えっ――!?」
彼等は驚愕した。
二人の目の前に、正面を向いたバルドが突如現れたのだ。
だが様子がおかしい、全身も剣も真っ黒。顔には目も口も鼻もあるが、全て輪郭を象っているだけ。
まるでそれは、閃光で伸びた影のよう――
「あ、がっ……!?」
彼等が気づいた時にはもう遅かった。
影の分身は一瞬のうちに同時に二人を斬り伏せ、兵達を地面に寝かせていた。
「うっ、ぐ……」
そして、最初に斬りかかった三人も、目がくらみよろけた隙にバルド本人の攻撃を受けていた。
五人が地面に倒れると同時、影で作られた分身も影へと戻っていく。
「や、ヤローっ!」
そうして襲ってくる敵を、バルドは剣と魔法を同時に扱い捌いていた。
「あぎゃっ!?」
「ごぼっ!」
時に正面から来る敵を剣で打ち払い、側面や背後を狙う相手へ炎弾と水流を打ち込む。
「う、うぉあ!?」
「ひぎぃっ!?」
弓矢を打ち込もうとする敵には風を巻き起こし、背を守ってくれるクロエの周囲に雷で援護を。
「キャッ!?」
「ぐおっ!?」
隅で隠れるマリーヤを狙う輩には、石つぶてを食らわせ土壁で彼女を守る。
「――ッ!」
右手に剣を、左手に魔法を。
全周囲の敵を相手取り、そして全ての味方を守る、対魔獣におけるバルド得意の攻守の構え。
誰が呼んだかその名前、それこそまさに――剣魔一体!
「一斉に行け、一斉にだ!」
そうとも気づかず、ガスタインは必死になって叫ぶ。
全周囲を囲む兵達が、鬼気迫る表情で剣を握り締め、集団となってバルド達に迫る。
「クロエ、少し時間を稼いでくれ」
包囲の中心で、背を守るクロエに叫ぶ。
「はっ! 五分でしょうか、十分でしょうか?」
「いや――十秒だ」
聞き返すことなく、クロエが短く返事を返し一気に跳躍。
「うおっ!?」
「なっ!?」
背丈の低い体をさらに低く、今まで以上の高速で迫り来る敵兵達の中に潜り込む。彼等の間を縫うように駆けては、打撃や斬撃を放ち翻弄する。
さながらそれは群衆に入り込んだ黒猫が駆け回り、人々が混乱するように。
「はああああああっ!」
兵達がクロエに翻弄されるその間、バルドは目の前に左手を掲げる。
その手の中には集まってきた七つの属性の光達。
炎と水と雷、そして土に風。そこへ闇と聖が。
七つの光が互いに飛び回ってぶつかり合い、混じり合う。
そして――一つの大きな光りに。
そこにできたのは強大なまでの魔力の渦!
七つの魔法属性が混ざり合い、迸り暴れ回るエネルギーは今にも大爆発を引き起こそうと猛り唸る。形を保つのさえ並の集中力では数秒ともたないだろう。
「ぐうぅうううううっ!!」
それをバルドは――握り潰した。
奇跡的なバランスで保たれていた魔力の渦は、手の中で一気に崩壊。
迸るエネルギーがバルドの指の間から漏れていく。
その間――僅か九秒。
「クロエっ!」
残りの一秒でクロエを呼び、バルドの下へ引き下がらせる。
それと同時――クロエが舞い戻った瞬間、バルドを中心に魔力の波動が一気に広がる。
「――ッ!」
バルド達を囲む全ての者に波動が降り注ぐ。
七つの魔法属性が一塊となれば、それはとてつもないエネルギーとなる。ましてそれを崩壊させたとなれば、あらゆるモノを破壊しかねない威力だ。
しかしその爆発は音もなく光だけ。そしてその場にあったあらゆるモノを破壊しなかった。
屯所の建物も、広場の石畳も、植えられた木々から花の一片に至るまで。
そして――人々をも。
「……ぅっ」
「おぁ……っ」
バルドを囲んでいた兵達は、崩れ落ちるように倒れていく。誰一人例外なく、まるで糸の切れた人形のように。
バルドの手の中で起きた大爆発。本来であれば、周囲を巻き込む大爆発になったはずだ。それを抑えたのはまさにバルド自身。
七つの光りを集めた手の平がその爆発をも押さえ込み、その余波だけで全周囲から襲いかかってきた兵達を気絶させ倒した。
これこそ、バルドのとっておき。
彼の最も得意とする混合魔法である。
「……………………」
静かだった。
広場で繰り広げられた喧噪が嘘のように。
ただ、乾いた秋風が揺らす木々のざわめきだけが屯所に響く。
襲いかかってきた第一師団の兵達は全員倒れた。
山で襲ってきたロイドも、そして主犯であるガスタインも。
その場に立っていたのは僅かな人々。
バルドとクロエ、そして――
「バ、バルドさん……」
バルドの魔法が守っていた、隠れていたマリーヤだ。
「バルドさん……」
「無事で良かった、マリーヤ」
バルドは、立ち尽くす彼女へと笑いかける。
それはまるで子供のように無邪気なもので、それでいて全てを包み込むような清々しい笑顔。
「……ふふっ」
思わず、マリーヤの口からも笑顔が溢れる。それもまた、彼女のいつも笑顔だ。
それでも彼女には疑問があった。
「バルドさん。貴方は……貴方は一体」
その時、甲高い笛の音が夜空に響いた。
城の衛兵達がやってこようとしているのだ。
「いいかいマリーヤ」
剣を納めたバルドは、マリーヤに言い聞かせるように話す。
「ここに残って城の人達に保護してもらえ。そしてあったことを全て正直に話すんだ」
「は、はい……でもバルドさんは?」
「私が捕まると、少々面倒でな」
でわな。と言い残すと、彼は屯所の裏口へ一陣の風のように走り出す。いつの間にかいなくなっていたクロエの姿と共に、バルドは姿を消した。
それから間もなく、城の衛兵達が屯所へと駆け込んできた。
そうして、ガスタイン達一同は捕まった。
これで全てが終わる。反乱の企ても頓挫し、全てが丸く収まるだろう。そう思うバルドも肩の荷が下りる思いであったのだが、後日バルドは意外な展開に驚かされることとなる。
ガスタイン達が、容疑を否認したのだ。
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