捕らわれのマリーヤ


「は、離してください!」


 兄の知り合いと名乗る者に連れられ軍の屯所に着くやいなや、マリーヤは兵達に捕らえられてしまった。

 突然のことに混乱する間もなく連れて行かれたのは屯所の中にある広場。彼女の目の前で荷物を物色していた兵士が、一つの封筒を見つけた。


「これが、ジェダが最後に出した手紙か……」

「返して、返してください。それは兄のキャッ!?」


 取り返そうと暴れるマリーヤから短い悲鳴が上がる。兵士の平手が彼女の頬を打ったのだ。

 その場に倒れ込みながらも顔を上げるマリーヤは驚きを見せる。


「貴方……山で私を襲ってきた!?」


 彼女に手を上げたのは、山で襲ってきた謎の集団の一人。バルドによって顔を曝けだされたリーダー格の男であった。 

 

「貴方、帝国の兵士だったなんて……」

「ふんっ……」

「ロイドよ、ようやく見つけたようだな」


 僅かな騒がしさを見せた広場に、厳つい表情のいかにも軍人らしい中年男性が現れる。部下達を伴ったその男性はマリーヤの前へくると、ロイドと呼ばれたリーダー格の兵士からジェダの手紙を受け取った。

 

「こちらになります、ガスタイン様」


 現れたのは、第一師団団長のガスタイン。

 驚愕するマリーヤをよそに、ガスタインは渡された封筒から手紙を取り出し、中を読んでいく。


「……なんだ、何も書かれていないではないか」


 まるで嘲笑うよう吐き捨てるガスタイン。


「てっきり反乱の計画を身内にでも漏らしたかと思っていたが、どうやら余計な心配だったようだな」

「そんな……兄さんが反乱なんて……」

「ハッハッハ! あのような輩が反乱など起こせるものか」


 ガスタインの盛大な笑い声が広場に響き渡る。

 マリーヤには、彼の言っている意味がまるで分からなかった。


「せっかくだ、教えてやろう」


 ガスタインはどこか楽しげに、まるで自慢でもするように語り出す。


「帝国は魔獣を制し大戦を終結させた。その武力があるのなら他国も力で支配でき、より帝国を強大に出来るというのに、陛下は一向にそれをなさらない」

「……………」

「兵を集めても、開拓や街道整備ばかり。帝国のために命を賭けた我らをなんだと思っているのか。平和ボケした陛下など我らと帝国には必要はないのだ」

「だから俺達が陛下に取って代わり、帝国のために戦おうていうのさ、なあ!」

 

 ロイドのかけ声に、他の兵士達も呼応するように声を上げる。

 彼等も、兵士になろうと各地から集まった若者達なのだろう。燻る不満を吐き出すように、血気盛んな声が上がる。


「じゃあ……貴方達が反乱を?」


 ガスタイン達の不敵に笑う姿が、無言でマリーヤの言葉を肯定する。

 ロイドが続けた。


「ジェダの奴も普段から『今の陛下のやり方ではダメだ』とよく騒いでいたから、密かに仲間に引き入れてやろうとしたのに……アイツはそれを断りやがったんだよ」

「それじゃあ……それじゃあやっぱり兄さんは」


 反乱など起こそうとしていなかった。

 陛下を信じ讃えてきた兄はやっぱり兄のまま。

 嬉しかった。信じていた兄が何一つとして変わっていなかったのだ。

 だが、その喜びをガスタインが嘲笑う。


「哀れなことよ……断らなければ殺されることもなかっただろうに」

「貴方達なのね、兄さんを殺したのは!」

「その通り。そして同じようにお前を殺す者よ!」


 ガスタインの合図で、ロイドが剣を抜く。

 白刃の煌めきに、マリーヤも後ずさり、今日に震える。


「わざわざ教えてやったのは冥土の土産。腰抜けの兄とあの世でよく味わうがいい」


 しかし――


「兄さんが、腰抜けですって……?」

 

 マリーヤの瞳が、ガスタイン達を力強く睨む。

 どこか抜けていておっとりした彼女とは思えぬ姿にガスタインも驚きを見せた。


「兄さんは、よく言っていたわ……『真に陛下と帝国を思うのなら、尻尾を振るだけではいけない。間違いや過ちがあるのなら、たとえ相手が陛下であれそれを指摘することこそが臣下の役目だ』と」


 女将の話を聞かされた時もそう。

 あの兄なら――帝国と陛下を真に思う兄ならばきっと批判も口にする。だから確信ができた。兄は反乱など企てていないと。


「兄さんは決して腰抜けなんかじゃない。誰よりも帝国と陛下を思う忠臣よ。貴方達のような卑怯者と一緒にしないで」 

「卑怯者だとぉ……?」


 苛立つガスタインに、マリーヤはさらにたたみかける。


「ええそうよ。貴方達がやろうとしていることは、暴れることの出来ない燻りと苛立ちをぶつけているだけ」

「ぬぅ……っ!」

「陛下の御意思を正しく理解もしない貴方達が、どれだけ声高に叫んでもそれは決して帝国のためなんかじゃありません!」

「おのれぇ……言いたいことを言いおって!」


 ロイドが、一気に詰め寄る。

 剣を振り上げ、マリーヤの首下へに狙いを定めた。


「死ねぇ!」


 威勢と共に剣が振り下ろされる。

 

「グワァッ!?」


 まさにその瞬間――! ロイドの口から苦しそうな声が上がる。

 どこからともなく投げつけられた堅い木の実が、彼の腕を直撃した。


「うっ!?」

「ごあっ!?」


 さらに複数の木の実が降り注ぎ、マリーヤを取り巻く他の兵達も苦悶の声を上げる。

 

「貴様等の悪巧み、しかとこの耳で聞かせてもらったぞ」


 広場へと現れたのは一人の男性。

 思いもかけないその人物の登場に、マリーヤが歓喜の声を上げた。


「バ、バルドさん!」

「マリーヤ、下がっているんだ」


 兵達の拘束から抜け出したマリーヤが、すぐさまバルドの背後へ走る。

 兵士達は、バルドの登場に困惑していた。


「な、なんだコイツ……!?」

「変な格好しやがって」


 紫の布地を頭から頬へと被る異様な姿。

 しかし、彼の鋭く重い眼光はすさまじいプレッシャーを放っている。


「コイツ……山で割って入ってきやがった!?」

 

 バルドの姿に気づき、ロイドが驚きの声を上げると同時だった。


「ええい舞わん、コイツもやってしまえ!」


 ガスタインが大声で合図で送る。

 すると屯所の各所から大量の兵士達が湧き出るように現れた。


「こちらの言葉も聞かず、襲いかかる……なるほど、兵士らしいやり方だな」

「死ねぇ!」


 兵士達が突っ込むようにバルドへと襲いかる。

 バルドはそいつらを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばす。

 周囲を兵達が囲んでいくなか、若き皇帝は腰に下げた剣をゆっくりと抜く。

 白刃が月の光に輝き、バルドの鋭い眼光が敵を睨んだ。


「でやぁっ!!」


 相手が若き皇帝とも知らず、兵士が斬りかかる。

 高く振り上げられた剣をバルドは打ち払い、胴へ一撃。

 

「はあっ!」

 

 倒れた兵士の後ろから、別の兵士が攻め寄せる。

 下からの切り上げをバルドは一歩引いて躱す。連続して突き出された剣が皇帝の胴を捉えるが、バルドの疾風の如き薙ぎ払いが打ち払う。

 その勢いを駆り、バルドは兵士の横腹へ蹴りをお見舞い。兵士は吹き飛ばされ転がるように倒れていく。


「ちぃぃ!!」


 その隙を逃さず、兵士がバルドの背後へ詰め寄る。

 しかしそれに気づかぬバルドではない。素早く振り返り、振り下ろされた攻撃を剣で受ける。

 剣と剣がぶつかり合い、火花が走る鍔迫り合い。

 力の押し合いとなるが、バルドが一歩を踏み出すと、相手が足を引いた。

 さらに二歩三歩と押し込むように踏み込んでいく。

 やがて相手の態勢が崩れた瞬間、素早く剣を払い一撃を叩き込んだ。


「ぐわぁっ!?」

「ごはっ!?」

 

 広場の端からも、悲痛な叫びが上がる。

 見れば兵達の集団の中で暴れ回る小さな影があった。

 助けに来てくれたクロエが兵達を相手に戦っているのだ。


「くっ……!」


 兵士達は、バルドの圧倒的なまでの強さを前に、不用意に飛び込むのをやめた。

 クロエも傍へと駆け寄り、主の背後へ。

 バルド達と兵士達が互いに睨み合う。


「さすがは帝国の兵でございますバルド様」

「ああ、一筋縄ではいかんな」


 バルドとクロエ、二人から見れば、相手がただのゴロツキではない調練を受けた帝国の兵であっても、一人一人はそこまで手強い相手ではない。

 しかし――


「ええい、行け行け! 数で押し潰せ!」


 だが、ここは帝国の第一師団の屯所。

 ガスタインの命令が、続々と兵士達を呼び寄せる。

 先程よりも大勢の兵達が、二人を囲んでいく。


「数が多すぎます……!」

 

 場所が第一師団の屯所なだけに、出てくる兵の数は膨大だ。

 一人一人は決して手強い相手ではない。しかし、兵士を相手に殺さず戦うとなると、どうしても時間がかかる。


「騒ぎは城へと伝わっています。城の衛兵がやってくるのも時間の問題でしょう」

「………………」


 城の衛兵達がやってくれば、状況は一気に逆転するだろう。

 しかし、バルドはそれを望んでいなかった。


「騒ぎをこれ以上広めたくない……」


 城の衛兵がやってくれば、帝国兵同士が戦い合うことになる。そうなれば多くの血が流れ、帝国の権威も失墜することになりかねないのだ。

 なにより兵達の中には、互いに顔見知りの者もいれば、仲のいい者達もいるはずだ。その者達を斬り合わせるなどもっての外だ。


「やむを得ません。ここは我々が殺すほか」

「それはならん」


 なにより厄介なのは、相対している第一師団の兵全てが、必ずしも反乱に組みしているとは限らないことだ。命令によってやむを得ず戦っている者もいるはずである。その者達を判別し戦うことなど不可能であり、無差別に斬り殺す等論外だ。

 この場でいつものように正体を明かすことはできるだろう。しかし既に戦闘に突入した今、それをしてもより混乱を生み、被害を大きくするだけ。

 かといって時間をかければ、城の衛兵達がやってきて戦闘の泥沼化は必至。

 となれば、やることは一つ。


「魔法を使う」


 衛兵達が来る前に事を治めるには早急に戦闘を終わらせるしかない。

 そのために魔法を使う。


「バルド様それは……」


 魔法を使うとなれば、一気に相手を倒せはしてもより大きな被害になる。場合によっては、皇帝バルドロメオに臣下を殺させてしまうことにもなりかねない。

 そんな不安がクロエの僅かな表情から滲み出る。


「大丈夫だ、被害は出さない」


 しかし、そんな不安をバルドの不敵な笑みがかき消した。


「安心しろ――とっておきがある」


 不敵な笑みの奥で、バルドはそう呟いた。

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