戻ってきた陛下

 もう間もなく日が落ちる。そんな頃、バルドも街へと戻ってきていた。


「痛つつ……」


 マリーヤに叩かれた頬が熱を持ち、ますます痛んでいた。


(城に帰ったら、回復魔法をかけてもらうか……また爺が騒ぎだすかもしれんが止むを得まい……)


 バルドはあの後、現場を詳しく調べてみた。

 隊列を組んでいた一団はジェダと分かれた後、山道をしばらく進むと道を外れ林へ入っていく様子が《シャドウ・トレース》で確認できた。

 斥候として先回りさせたジェダを襲うためだ。

 あの一団の目的は、まず間違いなく賊の討伐などではない。ジェダを殺す目的だったのだ。だが分からないことがある。


(仮にジェダが反乱を企てていたとして、それを未然に防ごうとするのは分かる。だがそれならどうして――)


 どうして、だまし討ちのような手段を用いたのか?

 造反の疑いがあるのなら、正式な手続きでもって捕らえればいいだけだ。それなのにわざわざ人気のない山奥に連れ出し、密かに謀殺した。

 そしてなにより、なぜそのことを報告せず隠蔽しようとしているのか?

 真相が見えてこない。まるで底知れぬ闇を覗いているようだった。


(ともかく、まずはもう一度マリーヤと話そう)

 

 そう考えているうちに到着したのはサクラ亭。

 暖簾をくぐり中へと入ると、出迎えてくれたのは女将だった。


「あら、バルドさん戻ってきたんで……どうしたんです、その顔!?」


 女将がえらく驚きながらバルドの頬に触れると、染みるような激しい痛みがバルドの顔に走った。


「あらあら、真っ赤に頬を腫らしちゃってまあ。男前が台無しだよ」

「痛い痛いとは思っていたが、まさか心配されるほどとは気付かなかったよ」

「蜂にでも刺されたのかい?」

「ああ、いや……」


 マリーヤに叩かれた。などとはちょっと言いにく、思わず言葉を濁してしまう。


「ほら、これでもつけときな」


 そう言って女将は、店の棚の中から取り出した一枚の綺麗な布を、バルドの頭から覆うように被せ顎の下で結んでいく。


「ほら、これで少しはマシってもんよ」

「そ、そうか……?」

 

 鏡もなく、自分の姿を確認できないバルドには、何やら不思議な格好をさせられた気分だった。


「何やってんだオメーは」


 鼻息荒く店の奥から出てきたのは店主だ。

 

「おうバルドの旦那。あれから戻ってこないから心配しやしたぜ」

「すまない。マリーヤのことでちょっとな」

「そうでしたか……それで、そのマリーヤは?」


 バルドは不思議そうに尋ね返した。


「戻っていないのか……?」

「いや、あれっきりまだ……旦那と一緒だったんじゃないんですかい?」

「途中までは……てっきり、先に戻ったものと思っていたんだが」

「おかしいな、あの子一体どこに行っちまったんだ……?」

「お、マリーヤちゃんの話かい?」


 そこへ男性客が一人、店へと入ってきた。

 サクラ亭の常連の一人で、マリーヤを随分と気に入っている人だ。


「おういらっしゃい。実は店を出てっちまったきり、戻ってきてなくてな……」

「それならさっき見たよ」

「ホントか?」


 店主が驚くように尋ねると、常連の男性も小さく頷く。


「東門あたりの路地で、誰かと歩いてたみたいだけど……ありゃ多分兵士だろうな」

「兵士と?」


 バルド達は同時に違和感を覚えた。


「それってなんか変じゃないかい。だってあの子……」


 女将が心配するように彼女は先日、兵士達に路地裏に連れ込まれたばかりだ。

 いくら世間知らずで抜けている彼女でも、無警戒でいるとは思えない。

 バルドはその客に尋ねてみた。


「その後、彼女はどこに?」

「さあそこまでは……向かっていった方向は、屯所の方じゃないかな」

 

 東門にある屯所。

 そこは第一師団の本部があるところだ。


「ッ――!」


 嫌な予感がバルドの脳裏に駆け巡る。

 バルドは、一目散にサクラ亭を飛び出した。

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