兄思ふマリーヤ
日も暮れようかという頃、マリーヤは街へと戻ってきた。
しかしその足取りはフラフラとしていて、曇った表情は下を向いたまま。
「……………………」
兄が死んだ。
手紙が途絶えた時、それを考えなかったわけではない。兵士となった以上、そうなることも頭の片隅にはあったし、覚悟もしていた。
それでも――信じられなかった。
優しく、正義感にあふれるあの兄が死ぬなどと。
『君の兄ジェダは――反乱に関与していた疑いがある』
あの人の言葉を思い出す。
天のように清々しく、それでいて地に根付いた巨木のように大きな器の御方。バルドと名乗るあの方の言葉には不思議な力があった。
言葉にしたことが現実になるような、そんな魔法のような説得力。
だからなのだろう。彼が口にした言葉を聞いた時、それが目にしたくない現実のように思えて――頬を叩いていた。
(ジェダ兄さんは、そんな人ではない……!)
皇帝の活躍を耳にする度、自分のことのように喜んだ兄。
陛下が施策を行えば事細かに調べて、目的から具体的な活動、そして欠点までも調べ上げようとする兄。
そして――いつかあの御方の下で働くんだと子供の頃からずっと夢見てきた兄。
そんな人が帝国に反乱など、皇帝陛下に反旗を翻すなんてありえない。
(でもそれならなんで――私が狙われたの?)
襲ってきた連中は、確かにジェダの妹と認識し襲ってきた。
死んだ兄のことを調べているだけで、なぜ狙われねばならない?
「キャッ」
道行く人と肩がぶつかり、倒れるマリーヤ。
「フラフラしてんじゃねえよ、危ねぇだろ!」
そう吐き捨てて去って行く男をよそに、マリーヤは立ち上がれずにいた。
(兄さん……どうして、死んでしまったの?)
そう心の中で何度も問いかける。
(本当に反乱に関係していたの……? 何も分からないよ)
しかし答えてくれる人は誰もいない。
「教えてよ……ジェダ兄さん……」
言葉にして問いかけても、答えは出ぬまま。
涙。
今まで耐えてきたものがまるでこぼれ落ちていくように、止めどなく涙が溢れては、固い地面が無情に吸い込んでいく。
「マリーヤさん……?」
その時、どこからともなく男の声がした。
一瞬バルドかと思った。いつも自分のことを気にしてくれたのは彼である。でも、先程殴りつけてしまった彼が来てくれるなんて虫のいいことあるわけがない。
それに話しかけてきた男の声は、聞き覚えのない声だ。
マリーヤは涙を拭いながら、ゆっくりと振り返ってみる。
そこにいたのは一人の兵士。心配そうな顔でこちらをのぞき込んでいる。
先日、路地裏に連れ込まれたことを思い出し、思わず警戒するが――
「マリーヤさん……ジェダさんの妹のマリーヤさんですよね?」
その兵士は、兄の名を出してきた。
「兄さんの、名前……」
ジェダの名を聞き、思わず聞き返すように呟いてしまうと、その兵士はホッとするように安堵した表情を見せてきた。
「やっぱり……私は、ジェダさんにお世話になっていた者で、ジェダさんからは貴方のことはよく聞かされていましたよ」
「兄のことを、ご存じなんですか……?」
聞かずにはいられなかった。
どうして兄は殺されたのか。どうして自分も狙われたのか。
真実が知りたい。その一心で何も考えず尋ね返していた。
「……………………」
兄の知り合いと名乗る兵士は、どこかばつが悪そうな顔をする。
やはり、彼の口から出る言葉も同じなのかもしれない。
「ジェダさんがお亡くなりになったことは……?」
「……はい」
「そうですか……っ」
だが、意を決して話そうとする彼の口からは、全く予想外の言葉が出てきた。
「……実は、ジェダさんは賊の戦闘に巻き込まれて死んだのではありません」
「まさか……反乱の」
「違います! お兄さんは反乱などに組みしておりません!」
そこで言いよどむ彼の言葉には、なぜか妙に説得力があった。
「…………どうか一緒にきてください。貴方には事実を知る権利がある」
一瞬、迷った。
だがマリーヤはすぐに彼の手を取り、後へと続いた。
兄の知り合いと名乗る者が、突然現れたことを疑うこともなく――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます