第34話 善良なる市民の義務
「すみません、朝早くから……」
「ぜーんぜん。それよりダメよー、リリムちゃん。痛みを感じないスキルだっけ? そういうのがあっても、こんな傷を何日も我慢してたりしちゃ。モンスターに襲われたら、すぐに来ること」
「はい──」
早朝の診療所。
わたしは、ヴィドーに羽を切り取ってもらった背中の傷を、ミリアに手当てしてもらっていた。
ギルドの中心メンバーでもあるモイヤーズは、本部での会議に出席したあと診療所にやってくる。だから、朝一番の診察は担当していない。
右目のリュドミラはブツクサ文句を言って眠ってしまったけれど、背中にあった
看護師さんが更衣室から持ってきてくれた
〈
ミリアは〈癒合〉や〈切除〉といった、外科医として都合のいいスキルをいくつも持っているらしかった。
「左腕も、治ってほんとによかったねえ。ね、それ、なんていうスキルだったか聞いた?」
「えっと……それは、教えてもらってないです」
「その人、どこ行ったかわかんないんだよね? おっしいなあ、どうやって獲得したか聞けたら、あたしもできるようになるかもしれないのに」
わたしが自分で〈再生〉した左腕は、流れ者の
〈再生〉のことを話せば、ミリアやモイヤーズはもちろん、いろいろな人が興味を持ってしまうだろう。そうなれば、何かのきっかけで、わたしが隠してきた秘密──本当は、ガイド・フェアリーだということが、知られてしまうかもしれない。
「ありがとうございました」
「お大事にー」
そんな会話をして診察室の扉を開けると、目の前に、ふたりの男が立っていた。
揃いのコートを着込んで、ツバの広い帽子をかぶっている。
年かさの男が、低い声で言った。
「リリムさん、ですね」
「はい──そうですけど」
「マシャンテ外区警備隊に新設された、公安課の者です。申し訳ないが、本部までご同行いただきたい」
ちょっと、何ー? とカルテを書いていたミリアが腰を浮かす。
「リリムちゃん、あんたなんかしたの?」
「いえ、何も──あの……わたし、何かしたでしょうか?」
「他人の目もありますから、くわしいことは本部で……」
「ここで言ってください。理由もわからず連れていかれるなんて、納得できません」
わたしが言うと、男たちは顔を見合わせた。
「そうですか。では……あなたが、誘拐事件の被疑者と一緒にいるところを見たという目撃証言がありまして」
「誘拐……?」
「ここでは、これ以上お話できません。ご同行いただけますね」
若いほうの男が、来いっと言って、じれたようにわたしの腕をつかんだ。
ミリアが声をあげる。
「ちょっと、あんたたち、妊婦さんに乱暴しないでよっ」
「捜査へのご協力、感謝しますよ、先生。では……」
それから──何時間過ぎたのだろうか。
わたしは、警備隊本部の地下にある取調室にいた。
「では──もう一度、最初からうかがいますよ」
正面に座った、年かさの男──ロベールがたんたんと言う。
「あなたは、帰宅中に治療師だという男に声をかけられた。失った左腕を治療してくれると。それで、男の後をついていった。そうおっしゃるわけですね?」
「……はい」
「本当は、あなたから男に声をかけたのでは?」
「いいえ……」
「おかしいですねえ、さっきからお話ししているように、目撃者は
「そう見えたのかもしれませんけど、その人の勘違いです……」
「なるほど……それで、男にうながされるまま、スラムの──〈
「ななくさ……?」
「宿屋の名前ですよ。あなたが入った」
わたしの後ろに立っていた若い男──アストンが、耳元でささやいた。
「──売春宿だ」
「……」
肥満気味のロベールは、パタパタと扇子で
「あなた、あの裏街には、よく行かれるんですか」
「……いいえ」
「まあ、そうでしょうねえ。あの辺りの連中はどうにも口が堅いんですが……
「ええ、ですから……」
「はい、あなたもそう証言するわけですね。男の部屋に入った。そこで治療を受けて、奇跡的に左腕が復活したと。まあ、それはいいでしょう。我々の興味は、そこにはない。ただ──あなたは、以前から男と知り合いだったのでは?」
「いいえ」
「本当ですか?」
「ほんとうで──」
バンッ
いきなり、机が叩かれた。
わたしの後ろから、アストンがヌッと顔を突き出す。
「男とは、ずいぶん
「それは……証言した人の誤解です」
ケッと吐き捨てるように言って、アストンは身を離した。
ロベールが落ち着いた声で続ける。
「我々はね、何も、あなたを
「恋人じゃありません」
「なるほど……では、あなたが
「わかりません」
「たとえば、お腹の子の父親とか」
「──わからないって、言ってるでしょ」
「おや、感情的になりましたね。男と、その子には関係が?」
「ありません。子供のことまで持ち出されて、イラッとしただけです。だいたい、その誘拐事件ってなんなんですか? いつ、どこで、誰が誘拐されたのかも教えてくれないし、その──男の人が、どうして犯人だと思われているのかも、何もわからないのに、協力できることなんてありません」
なるほど、とロベールは息を吐いた。
「彼はね、被害者が連れ去られた現場で、目撃されているんですよ。
「……関わってなんかいません」
「ちなみに、あなたは先日、森林地帯を訪れていますね。転移ポータルに記録がありましたが、目的はなんです」
「森林地帯……事件と何か関係が?」
「それはこちらで判断します。なぜ、森林地帯に行ったんです」
「なぜって……ちょっと、見てみたくて」
「
「……おっしゃる意味がわかりません」
「そうですか……よろしい。では、もう一度、最初からうかがいましょう──」
何度目だろう、ロベールが「最初から」と口にするのは。
同じやりとりを繰り返すうちに、頭がぼうっとしてくる。
ヴィドーが誘拐なんかするはずない、事件とは絶対無関係だ──そう信じられたなら、彼のことを話すこともできただろう。誤解を解き、無実だと証明するには、たぶん、それが正しい道だ。
でも……わたしに、そんな確信はない。彼は狩人──依頼者の指定した獲物を狩るのが、ヴィドーの仕事。
あの青白い男が、誰かをさらうように指示したのなら、彼はきっと、その仕事をやりとげる──それが、善か悪かなんて、関係なく。
「……リリムさん。聞いてるんですか? リリムさん」
「あ……はい……」
「あの血は、誰の血です?」
「……わたし、です」
「あなた? 奇妙ですね。あなたは治療を受けたのでは?」
「それは……スキルの影響で……」
バンバンバンッ
「いい加減なことを言うなっ」
「……ごめん……なさい……」
「では、認めるんですね? 男とは以前から知り合いだったと」
「……それは……」
ガチャッ
突然、取調室の扉が開いた。
ロベールが大声を出す。
「なんですか、今は取り調べの最中──」
「そこまでだ。彼女への聴取は、こちらで引き取る」
「
「ギルド評議会だ。君たちに止める権利はない」
──モイヤーズ……先生……?
朦朧とした意識の中で、耳慣れたモイヤーズの声を聞いた瞬間、フッと気が緩んだ。
目の前の景色が、色を失って、真っ暗になる──。
「リリムさんっ、しっかりっ」
そう叫ぶ声を聞いたのを最後に、わたしの意識は完全に途切れた──
はつサポ! 〜冒険者に使い捨てられた初心者サポートNPCだって生きるために頑張るんです〜 瑞波らん @ran_mizuha
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