後編
友人たちを招待席に残したまま、私は一人、楽屋へ向かう。
関係者に挨拶して回ろうと思ったのだが、舞台裏の通路を歩き始めたところで、まず支配人に出くわした。
「先生! 初日の舞台は大成功です! 本当に素晴らしい脚本、ありがとうございました!」
「いやいや、こちらこそありがとうございます。私の書いた台本を、きちんと形にしていただいて……。役者の方々には、感謝してもしきれません」
「それも先生の物語あってこそです。観客の方々も、皆さん喜んでおられたようで……」
「観客といえば……」
祝勝ムードに水を差すべきではないのだが、先ほど感じた小さな疑問が、つい私の口から出てしまった。
「……始まる前より客の入りが減っていた印象ですが。私の物語が気に入らなくて途中で帰ってしまった、みたいな話じゃないですよね?」
すると支配人は目を見開いて、にんまりとした笑みを口元に浮かべた。
「おお! 先生にも見えたのですね? 大丈夫です、彼らは満足して成仏したのですよ!」
「成仏……?」
「安心してください。残った者たちも、別に本日の演目に不満があって成仏できなかったわけじゃありません。むしろ満足しすぎて、また観たいと思ったからこそ現世に留まるケースもあるのですから」
聞き返した私の一言はスルーされたけれど、それでも支配人の言葉を聞けば、なんとなく事情は理解できた。
「私が見込んだ通りでしたね。先生のオカルト小説を拝見して、ひょっとしたら先生には霊感あるんじゃないか。先生ならば、この土地から離れられぬ霊たちの心を癒してくれるんじゃないか。そう思ったのですよ。いやあ、本当にありがとうございます!」
私に寒気を感じさせると同時に、私の芝居に熱く入れ込んでくれた観客たち。彼らは皆、病院跡地の地縛霊だったのだ。
生きた人間は、客席には少数しかいなかったらしい。
こうして私は、幽霊たちが集う劇場の専属作家となり、人間ではなく幽霊向けの芝居の脚本を書くようになった。
最初は戸惑ったものの、私の物語を楽しんでくれるのであれば、別に幽霊でも構わない。私の作風を受け入れてくれない生者より、私とセンスの重なる死者の方が、よほど良い相手ではないか。
あれから一年。既に私の脚本は何作も上演されており、初日や最終日だけでなく、私は足繁く通うようになっていた。
その度に、幽霊たちから盛大な拍手で迎えられる。ここは私にとって、本当に素晴らしい劇場だと思う。
(「素晴らしい劇場」完)
素晴らしい劇場 烏川 ハル @haru_karasugawa
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