蛹、未だ孵らず
高黄森哉
大きな大きな
「なあ、三蔵。ここ最近、おかしいと思わないか」
「何がだよ、五郎」
「地震だよ、地震」
「多いな」
「だよなあ」
そう、五郎が言ったその時だった、教室の窓から見える校庭の地面から、白い巨大な指が生えてきたのだ。周りは火山のように盛り上がって、ひび割れを起こしている。きゃあきゃあ、と鼠の鳴くような悲鳴が聞こえ、廊下では先生が押さないよう呼びかける。
「これはなんだ、三蔵」
「ああ、これはきっと指だよ」
「見ればわからあ」
全員が体育館に集められて、直ぐに自衛隊が集結した。夕方にはもう白いテントが指の周りに張られ、テントには研究者が出入りしている。指自体にも覆いがかぶせられている。四角い覆いだ。二人は裏山の斜面から、その様子を双眼鏡で見ていた。
「えれえことだ、これは一体なんだろう」
「そりゃまあ、事件だ」
そうに違いないさ、と五郎は返す。
「テントに忍び込もうぜ」
「おう」
しかし計画は慎重に行われた。日曜日まで観察され、そして、人の出入りを丁寧に整理する。二人は作戦決行の日が待ち遠しくて仕方なかった。
「今日が最適だ。今日は、科学者が休みなんだ。だから、少なくとも自衛隊さへ、見切ればなんとかなる」
「なんとかなるのか、三蔵」
「なんとかなるさ」
募っても二人だけの決死隊で向かう。慎重にルートを選び、ようやくたどり着いた。研究所内には資料が整理されていた。注意深く引き抜き、中を見ると、その中にはこんなことが書いてあった。
「そうだったのか、地球は巨大な蛹なんだ」
「地球は蛹だったのか」
「科学の授業で訊いたろ五郎、蛹は中がドロドロなんだって。地球も中がドロドロなんだ。考えてみれば簡単だったな」
テントを抜けると、白い塔というか、指先が四角い構造物に収められている。その塔に梯子が掛かっている。これが地球の指である。
「しかし、なんで孵化したんだろうか」
「あっため過ぎたんじゃないか」
五郎の言葉を聞いて、三蔵は地球温暖化を思い出していた。
「それだけじゃないさ、きっと」
「じゃあ、なんなんだ」
「さあ」
白くミミズの体内みたいに、のたうつテントの通路を通り、見つからない様、注意深く脱出する。テントから出ると星が爛々と輝いている。その星は全て、膝を曲げた人の形をしていた。先に孵化した星は沢山いたらしい。二人は、自分の存在がとてもちっぽけに見えた。そして知らないことがこんなにもある事実、そのものを知らなかったのだ、ということを知った。
二人は家の前で分かれ、『また明日な』、という言葉だけが、夜の路地に輝いた。
最後に、三蔵はベッドで眠りにつく。ふと二時ごろ、眼が冴えて再び外に出ると、空の星はすっかり元通りになっていた。だれかが、世の中の外側が見えないよう、ベールを掛けたらしい。少年が知らない方法で、だれか知らない大人が、彼の好奇心に幕を下ろしたのだった。
さて、朝になって、なにも知らない子供たちが登校すると、やはりというべきか指先は、最初からなかったように消滅していた。だから、だれも夢を見たのだと疑わなかった。それは、あの二人も例外でなかった。誰もが、長い長い夢を見ていた。
それからかなりの年月が経過したが、が、しかし未だ蛹、孵らず。
蛹、未だ孵らず 高黄森哉 @kamikawa2001
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