第3話
「何ソレ、ひっど~い!!」
剣道部が開いているカフェで、特製スコーンと紅茶を御馳走になりながら。
私はついつい、先ほど漫研であったことを丹波さん――
ここに来る道中でいつの間にか「信楽さん」が「アヤちゃん」になり、さらに「明香でいいよ♪」と言われてしまったので、ついつい私も「明香」呼びになってしまっていた。
道すがらずっと手を引かれていたから、何故か心を許してしまったのかも知れない。
「でも……
面白い話が出来なかったのは、私が悪いんだし……」
「いや、いやいやいやいや! ないないないない!!」
明香はぶんぶん首を横に振りながら、例のあの子の行動を全否定する。
「初対面でそれはないでしょ!?
一言二言喋っただけで、どうしてそんな風に人を判断出来るの?
おかしいのはアヤちゃんじゃないよ。絶対そいつの方!!」
「……そう?」
「そうだよ」
明香にそう断言され、私は思わず彼女をまじまじと見つめてしまった。
「話してても思ったけど、アヤちゃんは面白いよ?
さっきも言ってたじゃん、漫研で打ちのめされて気がついたらライブ会場だったって」
「それ、面白い?」
「状況考えたら、何でそうなる?ってなるよ。
真面目にぽつりとそういうこと呟くのが面白いんだよね。
マンガもそういう作風だったし」
明香は自信満々に髪を揺らしながら、さらに語った。
いつも陽キャグループにくっついてるだけの子だと思っていたけど……
人のこと、よく見てるんだなぁ。
「いや、例え面白くなくたってさ。初対面の相手をそんな風に罵るのはありえない。
しかも同じアニメ好きだったんでしょ?
私はそのアニメのことはよく知らないけど、同じ作品のファンだと分かってて、何でそんな酷いこと言えるんだろう?」
「そうだね……
ありうるとしたら、彼女がマリ陽じゃなくて陽マリ推しだったか。
もしくはスノマリ推しだったとか」
言っておくが、あくまでこれは推測である。
私は断じて陽太とマリンをそのような目で見たことはない。陽太が好きで陽太とマリンの友情が良いと口走ったら、マリ陽推しと解釈されることもありうるからそう考えただけだ。それはネットに溢れる様々なやりとりや漫研での日々で、何となく分かっている。
しかし明香はやはりこのテの話題に関してはド素人なのか、若干首を傾げていた。
「???
……えっと、要するにアヤちゃんが知らずに相手の地雷を踏んだかも、ってこと?」
「それ以外の理由を考えたくなくて」
「だとしても、よ」
明香はダージリンティーを一口ゆっくり嗜むと、改めて言い放った。
「さっき言ってた会話内容だけで、そこまで瞬時に判断出来るとは思えない。
つまりそいつは、アヤちゃんが関わっちゃいけないヤツ」
「いや……そこまで言うことは……」
「そこまで言ってもいいヤツなんだよ。
だってそれだけのことを、アヤちゃんは言われたんだから。
その場でぶん殴っても良かったくらいだよ。てか、何でそうしなかったの」
見かけによらず、結構過激なこと言うんだな。
明香の言葉に目が点になっていると、彼女は静かにカップを置いた。
「アヤちゃんのマンガ読んでて、思ったの。
主人公……というかこの作者さんは、人が苦手と言いながら、人を好きになりたい人なんだなって。
世界なんて大嫌いだって言いながら、心の底では人の優しさを信じてる。みんなが優しいから、自分だけがクズなんだって思い込んでる。
そういう不器用なところ、私はすごく好きだなぁって」
好きだ。
これまで家族にしか言われたことのなかったその言葉が、すっと胸に沁みた。
「でもね。
だからこそそういう人は、本当に嫌なヤツに出会った時、心から傷つく。
世界は、アヤちゃんが描いたような優しい人ばかりじゃない。
本来なら絶対にぶん殴らないといけないようなクズだって、山ほどいるの」
「なかなか……凄いこと言うね」
「まーねー♪
現行法じゃなかなか私的制裁出来ないの、悔しくてしょうがないけどさ」
明香と話して、少し私の気持ちも落ち着いてきたのか。
紅茶と一緒に口にしていたスコーンが、美味しいと感じられるようになってきた。
いちごジャムと一緒についてきたクリームをつけて食べると格別だ。クロテッドクリームというらしい。
今まで全く知らなかったものを味わってみるというのも、貴重な体験かも知れない。
美味しそうにスコーンを頬張りながら、明香はさらに言った。
「そうだ!
アヤちゃん、剣道部に入らない?」
「……へ?」
あまりに突然の誘いに、二の句が継げなくなる。
剣道部? 面被って鎧着て竹刀振って叫ぶアレ?
運動系の部活なんて全く経験がない。反射神経ゼロどころかマイナスすぎて、アクションゲーム出来ないくらいなのに。
「そんな顔しなくてもだいじょーぶ!
ウチは部員少ないからものすごくマッタリしてるし、大会も初戦敗退が当たり前だから。
1週間に1~2回の稽古に出れば十分。
中学からバリバリやってきた子がびっくりして逃げ出すレベルのマッタリ。
多分漫研と兼部しても全然大丈夫なレベルで、みんなのんびりやってるよ」
……確かに。
カフェを見回してみても、剣道部の人数はそこまで多くないように見える。
漫研より少ないくらいだ。
しかも運動部でありながら、漫研よりのんびりした雰囲気がそこかしこに漂っている。追加の紅茶をサービスしてくれた先輩も、明香の発言を一切咎めもせず苦笑していた。
「……ま、アヤちゃんが嫌なら、無理にとは言わないけど。
でも、ちょっと考えてくれたら嬉しいな。
私はアヤちゃんなら、いつでも歓迎するから!」
温かいカップを手にしながら、無邪気に微笑む明香。
そんな彼女を眺めながら、思った。
――何の詐欺かな。
だってそうだろう。
今まで誰一人として友達が出来ず、あまつさえ人前で大声で「話が噛み合わない」とか言われたヤツに、積極的に話しかけてくるお人よしなんて、そうそういるわけがない。
だけど、紅茶をスプーンで意味なくかき混ぜながら、こうも思う。
――だとしても。
騙されてみるのも、悪くないかも。
剣道部への勧誘の一環だとしても、別にいいじゃないか。
同じジャンルの人間にさえあれだけ嫌がられたんだ。失うものなんかもう何もない。
全然興味のなかった場所へ飛び込んでみるのも、いいかも知れない。
初めて頬張ったスコーンが意外に美味しかったのと、同じように。
「……そうだね。
余裕あったら、ちょっと顔、出してみるよ」
ジャムの甘酸っぱさと、紅茶の香りのハーモニーを噛みしめながら。
私は明香に、そう答えていた。
カップを手に、明香はにっこり笑う。
「えへへ~。ありがと!」
「……ううん。
こちらこそ……ありがとう」
***
そして私と明香は、高校の3年間、ずっと剣道部でマッタリと一緒に過ごした。
稽古がつらい時も勿論あったけど、あの『話が噛み合わない』事件と比べれば、屁でもなかった。
漫研は一応続けてはいたものの――
同じジャンルでありながら、平気で人を罵倒する人間が来るかも知れない場所と。
全く興味のないジャンルではあったけど、自分を受け入れてくれる人間がいる場所。
私がどちらを優先したかなど、言うまでもないだろう。
漫研そのものに嫌なヤツがいるわけではないし、何より私のマンガを読みたいと明香が言うので、ずっと部誌作りに参加はしていたけれど。
ただ――
あの時『話が噛み合わない』と言われたトラウマだけは、容易に回復することはなく。
私の、『同ジャンルの人間と一切話が出来なくなる病気』は、高校を卒業するまで治らなかった。卒業してからは『一切』が何とか『殆ど』に変化するレベルにはなったが。
例のあの子が、自らの言動を反省して謝りに来るなどということはなかったし。
そもそも彼女の話はあの後、楓からも全く聞くことはなかった。
でも。
自分とほぼ分かり合えない人間が、世の中にはいる。
しかし同じくらい、自分を分かろうとしてくれる人間もいる。
それを知っただけでも、私にとってこの時の体験は収穫だった――
社会人になった今、明香と久しぶりにお茶する約束をメールで交わしながら、そう思う。
今度行くお店は、アップルパイと紅茶の組み合わせが最高なんだそうだ。
アップルパイもいいけど、久しぶりにスコーンも食べてみたいなぁ。
Fin
***
<後書き>
逆カプとか同担拒否とか解釈相違とか、そういう話かと思って読んで頂いたかたは大変申し訳ございませんという話になっております。
そもそもそのレベルまでコミュニケーションが出来てないという、真なるコミュ障の女子高生のお話でした。
私が同ジャンルの人間と話をしなくなった理由。 kayako @kayako001
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