第2話
――結局、駄目だった。
祭りの喧騒の中、ふらふらと一人で歩きながら、私は思考の渦に叩き落されていた。
――結局、高校に上がっても、誰一人として友達なんか出来なかった。
やっと文化祭を楽しめるくらいに人づきあいが出来てきたかなと思っていたのに、結局、全部駄目だった。
全然、話が噛み合わない。
面と向かってそう言われたのは、生まれて初めてだった。
噛み合わない。
噛み合わない。
噛み合わない。
同じ言葉が延々と、頭の中を回る。
今まで皆、そう思っていても言わなかっただけで。
私と話をした人は全員、同じように思っていたのかも知れない。
そう思うと、行き交う大勢の人々の姿、全てが怖く思えてくる。
すれ違う人々が皆、私の顔を覗き込んでくるんじゃないかという気がして。
同じ趣味を持つ者とすら話が噛み合わない、そんな駄目人間の顔を。
でも、私はただ、アクアムーンが好きだという話を一言しただけだ。
確かに私が好きになったキャラは、一番人気とは言い難い。だけど――
一言二言喋っただけで、何故あそこまで悪しざまに言われなければいけないのか。
そして何より――
友達の大切さを、仲間との絆の強さを切々と説いている作品のファンが。
初対面の相手に邪険にされても、それでも相互理解に努める主人公たちを描く作品のファンが――
そういう発言をしたということ自体が、私には、耐えられなかった。
気がつくと私はいつの間にか、校舎の南に建てられた大ホールにいた。
ちょっとした劇場並みの規模のホールで、大きな図書館も併設されており、この学校の自慢の施設でもある。入学式や卒業式などの行事は大抵体育館ではなくこのホールで行われ、勿論文化祭でも様々なイベントに利用されていた。
入場は自由だったので、何となくふらりとホール内に入ってみる。
今は――軽音楽部がライブ中だった。
かなり人気らしく、ホールは結構な人だかりだ。座る席が見当たらず、私は仕方なく一番後ろの柵にもたれかかるようにして立ち見。
軽快なギターに豪快なドラムと、力強いボーカルが場内を沸かせている。
曲名は全く分からないが、私の耳にはプロと殆ど変わらないレベルの演奏に聞こえた。
もしかしてオリジナル曲だろうか。だったら凄いなぁ。
そう思いながら、意味もなく舞台を眺める。
そこで初めて気づいたが、ボーカルの子は――私と同じクラスの子だった。
殆ど喋ったこともないが、とにかく積極的で頭の回転も早くて美人で、みんなの人気者。
今、舞台の中心でスポットライトを浴び、多くの声援に包まれている彼女と。
ホールの一番最後列、席にも座れない暗い片隅で立ち尽くしている私。
同じクラスのはずなのに、どうしてこうも違うのか。
周りは演奏に合わせて手を叩きながら大盛り上がりしていたが、私は柵にもたれかかったまま、あまりの格差にため息を隠せなかった。
同じ高校に入ったのだから、頭の良さは彼女も私もそこまで変わらないはずだ。
なのに、この差はどこから来るんだろう?
一方は大勢の友人とファンに囲まれ、もう一方は――
いや、もうやめよう。虚しくなるだけだ。
荷物取りに戻って、もう帰ろうかな。
そう思った時。
「あ。
信楽さん? 信楽さんだよね?」
ふと、隣から声をかけられた。
思わず振り向くとそこにいたのは、目がくりっとした、結構な美少女。
「あ、あれ? 丹波さん?」
彼女は
いつも陽キャグループにいるように見えたから、ほぼ接点がなかった。
でも彼女は、ほんのり栗色に染まったミディアムショートの髪を軽く揺らしながら、気さくに話しかけてくる。殆ど喋ったこともない私に。
「あ、やっぱり信楽さんだ。
昨日漫研に寄った時に、部誌買ってみたんだけどね。
信楽さんのマンガ、滅茶苦茶面白くて! 家族と一緒に読んだら、お父さんが爆笑してたんだよ」
「え? そ、そうなの?」
「ここで会えたの、滅茶苦茶ラッキー!
信楽さんて、いつもは頭良さそうで堅い人だと思ってたから、あぁいう面白い漫画描けるって凄く意外で。
話、してみたかったんだ~」
そう笑顔で話しかけられて――
私はつられて笑いそうになったが、ふと視線を逸らしてしまった。
さっきもそうだった。
同じアクアムーン好きとして、もしかしたら友達になれるかも知れない。
そう思って話をした結果がアレだ。きっとあの子も同じことを思っていただろうに、完全に期待を裏切ってしまった。
丹波さんも私を、面白い人間だと思って話しかけてきたのだろう。
だけど私は、その期待には応えられない。
「……ごめんね。
私、今ちょっと、疲れてて」
何を言っているんだ私は。
わざわざ話しかけてきてくれた初対面に近い人間に、こんなローテンションで愚痴ってどうするのか。
それでも丹波さんは心配そうに私を見つめる。
「大丈夫? 確かにここ、立見席だからね。
ずっと立ってたらそりゃ疲れるよ。そうだ!」
ぽんと手を叩くと、彼女は突然私の手首を掴んだ。
そんな風に人にボディタッチされるのは久しぶりで、思わず赤面してしまう。
「剣道部のカフェ行かない?」
「け、剣道部?」
「あ、私剣道部なんだけどね。今、手作りお菓子と紅茶のカフェやってるんだ!
一緒に来ない?」
そう言われて嫌などと言えるはずもなく。
私は彼女に手を引かれるようにして、ホールを出た。
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