私が同ジャンルの人間と話をしなくなった理由。

kayako

第1話



「駄目だー、あの人ぜんっぜん話噛み合わないよー!!」



 何を言われたのか、分からなかった。

 大勢の人々のど真ん中で、指を突きつけられ、大声で。

 ――それは、文化祭真っ最中。それも、祭が最高潮に盛り上がってきた時の出来事だった。





 私──信楽アヤはしがない高校1年生。

 中学の頃まで全く友達らしい友達が出来なくて、高校に入ったら思いきり自分を変えようと思っていた。

 男子たちに散々ニキビをからかわれたという理由から、女子高を選び。

 好きな漫画やアニメ、ゲームの話が出来る友達が欲しいという理由から、部活は漫画研究部――

 漫研を選んだ。



 ところが、生まれもっての性格が、進学した程度で簡単に変わるわけがなく。

 女子となら仲良くなれるかもと思っていたら、会話らしい会話が3分続かず。

 どんなお喋りな人を相手にしても、私が黙ると相手も黙るの繰り返し。

 かといって自分と同じようにおとなしい人を相手にすると、会話が始まらない。

 下校時に一緒に帰る友達を探そうとしても、それとなく避けられ。

 3人以上と一緒にいれば、最初に話の輪から外れるのは必ず私。



 漫研に入り、その状況は変わったのかというと――


 最初に部室に行った時私を出迎えてくれたのは、超絶ハイテンションな会話を繰り返す同学年二人組と、数人の先輩たち。

 ただ、好きなアニメや漫画の話がしたい。話が出来る友達が欲しい。

 それだけで入ったというのに、何故かBLやらカップリングやら同担拒否やらリバ不可やら、日本語なのに意味の分からない単語が、マシンガンの如く天井を飛び交っている。

 しかもそんな会話を交わしている最中、同学年二人組は殆ど手を止めることなく漫画の原稿らしきものを描いている。

 食パンの耳が萌える? 集中線がエロい? 机の角がセクシー??

 一体何を言っているんだこいつらは。

 というか何故、男同士で抱き合っている絵を描いているんだ。抱き合うんだったら男と女じゃないの?


 あっけにとられていた私に色々部活の説明をしてくれたのは、先輩たちだった。

 この部活は漫画やアニメについて好きに話をする。そんな私の認識は間違ってはいないらしいが、軸となる活動が一つあり。

 それが、年に数回出している部誌。

 その為に部員一人一人、毎回オリジナル作品を作っているのだそうだ。出来上がった部誌は主に文化祭で売り出されることになる。


「じゃあ、あの二人が描いているのも部誌なんですか?」

「あ、いや……

 あれはコミケ用。二人が好きでやってることだから、気にしないで」

「こみけ?」

「まぁ、おいおい分かってくるよ。

 とりあえず……Gペンって、使ったことある?」



 漫画を読むことはあっても描くことは全くなかった私に、先輩たちは基本を優しく教えてくれた。

 同学年二人組――梓と楓も、私と話す時は普通のテンションに戻り、難しい単語を交えることなく色々教えてくれた。

 二人組のうち楓の方はかなりしっかりした子で、生徒会の活動もやっているらしい。

 そのおかげで、何とか漫画の体裁を保っている作品は描けるようになった。

 そしてどうにか、友達と言えそうな人物が複数出来た――

 というか、何とかまともに会話の成立する人物が出来ただけなのだが、それだけでも中学までの自分にしてみれば、大進歩だった。



 しかし、『好きなアニメや漫画の話をする』という目的は、この漫研ではなかなか達成出来ずにいた。

 何故かって? 

 私が好きなのは『異世界冒険譚アクアムーン』という、少年勇者5人組が異世界で魔王を倒しに行くロボットアニメなのだが、梓と楓が好きなのはそれとは全く別の、美形が10人も20人もわんさと出てくるアイドルアニメ。

 アクアムーンのキャラデザが3~5頭身なのに対し、そっちは7頭身かそれ以上。

 先輩たちが好きなのも似たような美形アニメか美形漫画で、私の趣味とはほぼマッチしなかった。

 わずかに「『アクアムーン』の悪役のダークシャイア様って、結構美形だよね♪」などと、懸命に話を合わせようとしてくれることはあったものの、ごめん。そいつには全く興味ないんだ、私は。



 それでも、会話が成立する人間はいるんだし、まぁいいか……

 と、思っていたのだが。



 文化祭が近づき、漫研も部誌づくりで盛り上がってきた。

 このような学校行事には今までどうも乗り切れなかった私でも、周囲の雰囲気に押されるように、次第に少しずつ祭に向けて気分が高揚していた。

 部誌に載せる作品も何とか描き上げ、出来上がってきた部誌を見て、私たちはさらに盛り上がる。

 漫画初心者たる私の作品は、他の子たちのそれと比べると、線やらデッサンやらが非常に見劣りしたものの──

 それでも、ストーリーやギャグセンスが面白いと、先輩たちからはお褒めの言葉をいただいた。

 そんな中、楓が不意に声をかけてきた。


「ねぇ。アヤちゃん、『アクアムーン』好きだったよね!」

「うん……そ、そうだけど」

「私の友達にもね、『アクアムーン』メッチャ好きな子がいてね。

 今度文化祭に来るんだって。

 色々話も出来ると思うし、紹介するよ!」


 漫研でそこそこ会話は出来るようになったのだし、今でも十分なんだけど……

 とはとても言えず、私はそのまま文化祭当日を迎えた。




 当日私のやることは、漫研への客の呼び込み。

 普段なら閑静な女子高に、校外から一斉に人がなだれ込んで盛り上がる祭の日だ。

 部員たちはこの日の為に、部誌のみならずイラストも描いて部室に展示していた。女子中学生たちがその絵を見てはキャーキャー騒いでいる。多分、来年あたりに入ってくる後輩かな。

 私の絵には全く誰も興味を示さなかったが、梓の描いたプロ級の絵は多くの人が思わず声を上げていた。

 少しでも私たちに目を向けるそんな人々を、声をあげながら次々に部室に呼び込む。

 そうしているうちに、私の気持ちも少しずつ盛り上がってきた。


 ――祭って、鬱陶しいものだとばかり思っていたけど。

 こうして人と一緒にいると、いいものだな。


 同じクラスでもわずかながら、私の作品を褒めてくれる子たちもいて。

 信楽さんってこういうことが出来たんだね、と評価してくれる先生もいて。

 気分がそれなりに盛り上がった瞬間──

 事件は起こった。




「アヤちゃん!

 ほら、この前言ってた子だよ。『アクアムーン』好きだって。

 話、してみたら?」


 文化祭二日目、お昼過ぎ。

 祭の間、最も人が来ると言われる時間帯。勿論部室も盛況だった。

 楓が教室の隅で、見知らぬ誰かといつも以上にハイテンションで喋っていたかと思ったら――

 不意に彼女は、呼び込みから戻ってきた私のところへ飛んできた。

 彼女と一緒についてきた子は、目をぎょろりと光らせて無遠慮に私を眺めている。さっきまで楓と超ハイテンションでお喋りしていたのはこの子だろう。


 ――うわ、苦手なタイプかも。


 そんな考えが、ふいと頭をよぎったが。

 楓は私とその子を置いて、すぐに部誌の販売コーナーに駆け出してしまい――

 私とその子だけが取り残された。

 しかしその子はすぐに笑顔になり、テンションそのまま、滅茶苦茶な早口で話しかけてきた。


「わー!

 一度お喋りしてみたかったんだ、アタシの学校にもアクアムーン好きってあんまりいなくてさ! マジ感激!!」


 ――うん、苦手なタイプだ。


 そう確信するのに時間はかからなかったが。

 それでも私はなけなしの勇気を総動員して、会話を試みた。


「そ、そうですね……

 ど、どのキャラが好きですか? 私は陽太君推しなんですけど、ま、周りがマリン君推しばかりで、あ、あまり話合う人いなくて……」


 周りというのはネット上での話だ。現実にいる周りには、そういう話が出来る人間すらいない。

 すぐに彼女の表情が変化する。

 あ、これ、駄目なヤツ。そんな失望がその大きな目に浮かんだ気がした。


「う、うん……アタシもマリンが好き、かな」


 明らかにテンションが落ちたらしき相手。

 それでも私は必死で会話を試みる。


「で、でも、やっぱり陽太君とマリン君の友情っていいんですよね!

 私、あの二人、大好きで……」


 その瞬間。

 相手はぱっと踵を返し、私を無視して楓のところまで一気に走った。

 そして。



「駄目だー、あの人ぜんっぜん話噛み合わないよー!!」



 何を言われたのか、分からなかった。

 大勢の人々のど真ん中で、大声でそう言われた。

 彼女は楓にしがみつき、化け物を見る目つきで私を睨み、しかも指をつきつけながら、まだ何事かを叫んでいる。

 何を叫んでいたのか、ほぼ耳に入ってこない。楓が困ったように私を見つめている。

 話が嚙み合わない、ろくでもない人物。

 そう名指しで言われるほどの人間とはどんなヤツなのか。そう思って振り向いたであろう人々の視線が、一斉に私に焼き付いてくる。


 ――気が付くと、教室から飛び出していた。

 この場にいるのが、あまりにもいたたまれなくて。



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