第2話 昼の宴

 ジリリリリリリ…



「「いただきまーす」!」


 タイマーを止めると、ふたりは待ちきれぬ様子で乱暴にカップ麺の蓋を剥がした。空腹を刺激する芳しい香りが広がり、丸いテーブルの上に赤いきつねと緑のたぬきの蓋についた水滴が散らばる。


 恒夫つねおは割り入れていおいた卵を崩さぬよう、そっと麺をほぐす。程よく熱の入った半熟卵がスープの上でふるふると揺れる。



「う〜、月見きつねうどん最高!」


「おれ、その半熟卵きら〜い。もっと固まってる方がいいよ。ドロドロじゃん」


「ばーか逹紀たつき、これがいいんじゃん! それに、こうやって麺に埋めといたら、もうちょい固まるし!」



 口を尖らせて反論する恒夫を無視して、逹紀は先ほどおろし金で摺りおろしておいた山芋を流し入れ、その上に七味をふった。


「やっぱ蕎麦だわ。天ぷらとろろ蕎麦、最高」

「それだってドッロドロじゃんよ!」


「ドロドロじゃなくて、とろとろだから。これをこう、ほぐれた天ぷらに絡めると……ん〜、んまい。おい恒夫、それやめろよ気持ちわりぃ」


 恒夫が油揚げを銜えたまま言い返す。


「だってこの甘いツユ、美味くね?」


 ちゅうちゅうと油揚げにしみたお出汁だけを吸い、油揚げをまたつゆに浸す。


「汚ねえな……」

「なんだよ、逹紀のだってぐっちゃぐちゃじゃん」

「はあ?」



 険悪な空気になりかけた瞬間、母の一喝。


「ケンカなら食べてからやりな!」


 途端にシュンとした兄弟は互いにそっぽを向いて、それぞれのごちそうを堪能しはじめた。



「いや〜、若いね。俺も子供の頃は色んなアレンジを試したけど、結局スタンダードが一番よ。この完成されたスープのバランス、素晴らしいじゃないか」


……黒い豚カレーを美味そうに啜りながら、どの口が言うか。昔はくそアレンジ野郎だったくせに。

 そう思いながらも、私は白い力もちうどんを静かに口に運ぶ。


 ヤツのおかげで、愛する我が子達にもアレンジ魂がガッツリ遺伝してしまったらしい。

 私はガチガチのマルちゃん原理主義者だったけど、子供達には好きにアレンジさせている。こういう馬鹿馬鹿しくも思える色んな事が、のちに家族の大切な思い出となっていくことを、今では知っているから。

 ただし、仮に不味くなっても必ず残さずに完食すること。これだけは徹底厳守。



「あ、母さん。ご飯ある?」


「あるわよ。粉チーズも。使うんでしょ?」


「さすが母さん。最高。愛してる」


 麺を食べ終えたヤツは、いそいそとカレースープにご飯を投入し、粉チーズをたっぷり振り入れた。


……まったく、昔から調子いいんだから。

 アホの後輩も、今ではすっかり良きパパだ。でも、お調子者は相変わらず。



「あ! 父ちゃんだってアレンジしてんじゃん!」


「これはいいの。カレーリゾットだから」


……どんな理屈よ。まぁ、麺は食べ終わってるからいいけど。



「なんかずりぃ。ってか、我も一口ちょうだい」

「オレ…我も!」


「あんたたち、学校でも『我』とか言ってんじゃないでしょうね」


「たまにね!」

「言ってんのかーい」



「まぁまぁ。男の子が一度は通る道だから。あ、ひとくち母さんもいるかい?」



(まぁ、あたしも一時期自分のこと『わらわ』とか言ってたしね……)


 私の厨二思考もバッチリ息子達に遺伝したらしい。それから、私の「生っぽい月見卵嫌い」は逹紀に、夫の「声と生活音のうるささ」は、恒夫に。


 全く、血は争えないものだ。



「……あたしはいいわ。おもちでお腹いっぱ〜い」



 例の一件どさくさのプロポーズ以来、あの調子でグイグイ押しまくられ、うっかり結婚してしまった。

 でも、まぁいいや。愛する夫と愛しい息子達に恵まれ、お腹も幸せもいっぱいなんだから。




 丸テーブルを囲み開かれる、土曜恒例マルちゃん祭り。

 家族の昼の宴は、賑やかにその幕を閉じようとしていた。




〜 完 〜ごちそうさまでした

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とあるマルちゃん原理主義者の回顧録 霧野 @kirino

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