第6話 万ブツの有する引きあう力

【万ブツの有する引きあう力】(リンゴ、偶然、シチュー)


 偶然木からリンゴが落ちるのを見て、今日の晩御飯はシチューにしようと思った。

 うちの妻はシチューをするときにはいつもリンゴを剥いてくれるのだ。

 不器用な手で一生懸命に向いたリンゴの美味しさたるや、愛情が味覚にもたらす効果を論文にまとめてやりたくなるほどだ。一度友人に相談したら本気で病気を疑われたので、奴に恋人ができるまではお預けだろうが。


 なにはともあれ、あの腐るだけの哀れな実を幸せな食卓のために使ってやるとしよう。


 しめしめと思ってリンゴを持ち帰ると、家で待っていた妻は苦笑しながら夜剥いてくれると約束してくれた。

 その苦笑など、もうたまらない。

 いつもいつもリンゴを剥くことをねだる私へのあきれと、あまり上手でない自分に頼むことへの困惑、今日こそは上手く剥いてやるというちょっとした負けん気、これまでの失敗による恥じらい―――もはや数えきれないほどの感情の輝きが重なりあうことによって『苦笑』とひとこと呼んだ色は出来上がっている。

 これこそが奇跡なのである。


 もちろんその後はめちゃくちゃいちゃいちゃした。

 そうすることによって、待望のシチュータイムまでの感情を高めておくのだ。

 この流れるように推移していく感情の上り幅をどうにか計算で求めてみたくなる。

 きっと想像だにできないほどの、あきれた数字になるはずだろう!


 そして待ちに待った時間だ。

 私は腕によりをかけて最高のシチューを作った。前回の最高を最高に超える最高のシチューだ。私がそれを器によそっている間に、妻は果敢にリンゴに向き合っている。

 そんな背をにやにやと眺めていただけなのに、なんということだろう。

 気がつけば私は、彼女に後ろから抱き着いているではないか!

 全く気が付かなかった。まるでリンゴが落ちていくように、とても自然なことだった。

 彼女には、私を引き寄せるなにかの力が働いているに違いがないのだ


 ・・・うん?


 だとしたら、リンゴもそうなのではないだろうか。

 リンゴが落ちるのは、なにかの力でこの足元に強く引き寄せられるから・・・?


 ああ友よ、やはり君は早急に恋人を作るほうがよさそうだぞ。

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