第2話 Battle Between Two Man⑥
足元があまり見えない。
頭がぐらぐらと重い。
どこをどうやって帰ってきたのかも覚えていない。
これだけ見るとまるで酔っ払いの常套句だが、今はそれでもそんな冗談に笑う余裕がなかった。
ギエナが撃ったあとを見つけた後エニフは、軍の他に公安の役割も果たす火星府にすぐさま連絡した。そのうち部隊が来て、エニフや他の住人にに事情を聞いたが、エニフは犯人が火星府の地域偵察部隊の隊員であった事、その犯人が自分の同僚である事も述べた。犯人、つまりギエナの捜査もすぐ始まったが、ギエナは直後に消えた後、その足取りが分からなくなっている。事情を話しながらエニフはギエナの事を考え、あまりに考えがまとまらず何を話しているのか自分でも記憶が曖昧になっていった。
夕方になり大体全て話し終え、もうあまり進展も無くなった頃、また後日話を聞くと言われ、一時的に駐在所への帰宅が許された。それから足を動かし続けて、気が付くと目の前に駐在所の自室のドアがあったが、抜け殻のようになった体をここまでどう運んで来たのか、エニフ自身覚えていない。エニフの頭の中では、ギエナがいつもの銃を手に取って人工人間を殺すまでの、自分が目にしていないはずの光景が何度も何度も繰り返されていた。
ドアの前に立ちそれを開けると、奥の椅子に座った少女、いや少年の二つの丸い瞳がこちらを見つめてきた。
そうだ、今日はアクルックスが一緒にプラネタリウムと夜空の星を見ると言って聞かないので、稽古を兼ねてアクルックスが昼から
「あ、お帰りなさい!エニフさん、すごく遅かったね」
アクルックスが元気よく話をしてくる。しかし、エニフは黙ったままだった。そしてエニフはそのままテーブルの椅子に座り、絶望した表情で手を顔にやって黙り込む。
「……エニフさん?」
いかにも様子のおかしいエニフの姿を見て、アクルックスが心配そうに覗き込む。
「どうしました?……顔色悪いよ」
「ギエナさんに何かあったんですか?」
そこでやっとエニフは口を開いた。
「……消えた」
「え?」
「消えた、ギエナが。人工人間を殺してな」
アクルックスは、ただ呆然とした。
「……嘘」
「本当だ。嘘じゃない」
「そんなの嘘だろ!」
「本当だよ」
「……」
ギエナさんが人工人間を殺した?しかも逃げた?あまりに突然の出来事に、アクルックスは黙るしかなかった。
「……どういうこと?何があったの?」
「……俺がいつもの広場に着こうとした時に、その広場から銃の音がしたんだ。聞き覚えがあったんで急いで行ってみたら、そこにもう犯人はいなかったが、最悪な事に、人工人間の遺体とギエナの銃があったよ。事件は火星府の上に全部伝えた。捜査も出来るだけしたんだが、まだ犯人……いや、ギエナの居場所は分からない」
「そんな……」
エニフは再び手の中に顔を深くうずめ黙り込んだ。アクルックスも続ける言葉が見つからず、そのまま二人はしばらく黙り込んだ。
「俺はあいつの人工人間嫌いは理解していたつもりだったんだ。だが、そのつもりになっていただけで、実際は見ていなかった。俺は殺す事を抑えるくらいはするのではと考えていたんだ。俺は、あいつの事を、あまり見てやれていなかったんだな」
「エニフさん……」
「……俺がもう少し歩み寄った態度を取れたら、何かが変わっていたんだろうか。いや、でも、それだと俺のアクルックスや人工人間の皆に対する考えが伝わらない……」
ぶつぶつと何かを考えて言いながら悩むエニフに、アクルックスは言う。
「エニフさん……とりあえず、今日は稽古なしで、また、次にやりませんか?」
「……ん?」
「たまにはこういう日も良いんじゃない?あまり考え過ぎても……明日も大変になるだろうし」
その言葉にエニフはハッとした。アクルックスは気を遣ってくれたのだ。本当は目一杯稽古させてやりたいのだが、今日はその言葉に甘えさせてもらおう。
「そう……だな……。すまない、ありがとう。また稽古をしよう。今日は何か食べて、あった事を二人で詳しく話そう」
「はい」
用意した食事を食べながら、エニフはもう一度、事件の一連をアクルックスに話した。その話を聴きながら、アクルックスは気づく。
エニフもギエナも、どちらも似た者同士なのだ。
どちらも自分の信念を持っていて、そしてそれを大事にして、その信念があるから頑なで、頑固になる。
きっと、もしこんな食い違いがなければ、きっと……。
きっと、お互いを理解出来ただろう。
そして、夜中になってきた頃、話も終わり、アクルックスは大聖堂に戻り、また明日仕事に来るだろうエニフを待つと言った。
「あまりショック受けすぎないようにね、エニフさん」
「ああ、お前もゆっくり休んで、よく寝るんだぞ」
「うん」
エニフはアクルックスを送ろうと
「でも……ギエナさん大丈夫かな」
「ん?」
「ギエナさんは、そのアンタレスと言う人を守ったとしても、人を殺してしまったんだよね、どこかに行く宛てはあるのかな」
「……さあな……行くとしたら、人工人間排斥派の奴の所だろうが……」
そこでふとエニフは言葉を止める。
「やっぱりお前は凄い奴だ」
「……え?」
なぜそんな事を言うのか不思議そうなアクルックスを見るエニフの表情に、少し柔らかさが戻る。そしてエニフは少し微笑みながら言う。
「仮にもお前と同じ人工人間を殺した人だっていうのに……お前は心が広いな。俺が自分の立場だったらそんな心配は中々できない」
アクルックスがその言葉を聞き、またもや不思議そうに目をぱちくりさせた
その時。
「やはり二人とも、ここにいますか」
闇の中から、あの声がした。
「……!」
「……つっ!?」
「エニフ、貴方なら私が消えた後にここに来て、アクルックスに説明するのではと思っていました」
もう一度そんな声がし、続けてコツコツと規則正しい靴の音が響く。
「……ギエナさん!」
「……っ……全く……」
闇の中へエニフが叫ぶ。
「何処にいた……ギエナ!」
そして、微かなふう、という息の後。
「……全く……」
先程のエニフと同じセリフの低い声。それが近くでしたかと思うと。
「ここです」
コツ、と、不意に靴の音が止まる。そしてその音に続き、二人の背後に姿が浮かび上がる。
エニフとアクルックスは瞬時に振り返り、その姿を捉えた。
影が光に映し出され、ギエナが二人の前に姿を現した。手には、放っておいたはずの拳銃が握られている。
「最後の挨拶に伺いました」
Southern Cross〜Side Story:You're My Star〜 花束よしこ @southerncross1
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