第3話 手紙

 愛しいロラン。

 遺書という形で私の思いを伝えることをお許しください。


 私は、あなたに謝らなければならないことがあります。

 この四年間、竜の呪いはゆっくり進行していきましたが、その度合いにはムラがありましたね。急激にしるしの色が濃くなる時もあれば、数か月ずっと変わらない時もありました。


 竜のきまぐれだろうとあなたは呆れていましたが、私は、呪いが進行する条件を知っていました。

 私が幸福を感じる時、呪いは深く進んでいったのです。


 あなたが抱き締めてくれている時、愛を囁いてくれている時。

 娘が生まれた時。彼女が立ち上がり、歩き、ママと呼んでくれた時。

 あなたが私のために竜を殺すと、英雄になると意気込んでくれている時。

 呪印は、黒く染まっていきました。


 私はそれを言えませんでした。残された時間を、ただひたすら幸福に過ごしたかったからです。

 たとえ死期が早まったとしても。


 夢を語るあなた、私のために怒ってくれるあなた、私を大切にしてくれるあなた、それらを失いたくなかった。


 竜は一抹の慈悲を私に残してくれていました。子供がお腹にいる時、呪いは全く進行しませんでした。自分の子を殺されたというのに、私の子は生かしてくれたのです。 


 でも私は、竜を殺しに行くあなたを止めませんでした。あなたに、英雄になって欲しかったからです。

 私は、悪い人間ですね。竜に呪い殺されて当然です。


 でも、私は幸福でした。

 幸福でした。

 幸福でした。 


 死すべき運命の女に、愛を与えてくれてありがとう。



***

 


 以上が、竜伐の英雄ドラゴンスレイヤー・ロランと、彼の妻との物語になります。


 英雄譚には、悲劇がつきものです。

 恋愛物語には、すれ違いがつきものです。

 その理不尽さに、あなたは怒りを覚えたかもしれません。


 それは、当然です。しかしこれが現実。

 男と女は、いつも意思疎通が不十分だということ、皆様も体験済みのことと思います。

 おっと、そこのあなた、とくに覚えがあるようですね。


 さて、わたくしは語り部として、この物語をハッピーエンドに作り変えることもできましたが、それは、当の本人たちの生き様を否定することに他なりません。


 ロラン氏は三年前に亡くなりましたが、彼の娘さんは今も凄腕の冒険者として活躍しております。

 皆様もご存じ、【竜憑りゅうがかりのミラ】です。

 彼女に宿った竜の力は、果たして青竜の呪いか、はたまた祝福か。


 次に皆様とお会いするときは、ミラの英雄譚を語らせて頂きたいものです。


 おっと、忘れていました。

 しがない芸人の活計たつきのため、おひねりを……。


 ──では、またどこかでお会いしましょう!

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やがて死に至る幸福~竜伐の英雄と、彼の妻の物語~ root-M @root-m

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