第三話 オッサン少女の憂鬱


 「行くよジュウベェ!!」


 魔法で作り出した翼を背中から広げ颯爽と空を飛ぶ。

 私はマジカルシオン、魔法少女よ。

 悪い魔物からこの街を守っているの。


「待ってよシオン~~~!!」


 そして私の後ろを付いてきているネコっぽい生き物はジュウベェ、私のお供のマスコットよ。

 皮肉屋だけどいつも的確なアドバイスを私にくれるの。


「見えて来たわよ!! あれが今回のターゲットね!!」


 上空から見下ろした路地には輪郭が滲んではっきりとしない黒い塊があった。

 真っ赤な目が二つある怪異だ。


「シオン!! 認識阻害の魔法を!!」


「分かったわ!! イゾレーションフィールド!!」


 両手を怪異に向けてかざし、怪異のいる場所だけを世界から隔絶する呪文を唱える。

 すると怪異を中心に半径500メートルくらいがフィルムのネガとポジの様に色が反転する。

 これにより一般の人々が怪異を視認する事も出来ず、襲われる事も防げるのだ。


 グゴッ!!


 怪異がこちらの存在に気付いた。

 不気味な紅い目で上空の私達を見上げている。

 

「マジカルサイズ!! カムヒア!!」


 私の召喚に応じ手元に禍々しい長い柄の鎌が現れた。

 こんな成りをしているけどこれでも魔法の杖なのよ。

 証拠に刃には宝玉が埋め込まれ翼の様な装飾があるでしょう?

 それを握り締め怪異に向かって構えを取った。


「一気に肩を付けるわ!! グリムスライサー!!」


 鎌を構えたまま高速で縦回転をする私。

 傍から見た様はさながら回転する丸鋸の様に見えるでしょうね。


 グゴゴゴゴッ!!


 回転する刃は見事怪異を切り裂き大ダメージを与えたわ。

 でも油断はダメ、カーマインさんから聞いた話だけれど私の先輩ラピスさんは大技を決めた後によく油断して危ない目に遭っているんだとか。

 着地後すかさず私は次の動作に入った。


「モードチェンジ!! シックルモード!!」


 鎌が中心から分割、二つの短い鎌が出来上がる。

 それを左右の手に持ち身体を大きく屈みこませる。

 案の定怪異は両断されたそれぞれが別の怪異となり私に向かって来るところだった。


「ファイナルアタック!! シックルダンシング!!」


 そう唱えた瞬間、私の身体は既に怪異の間合いに入っており、両手で持った鎌を目にも止まらぬ速さで何度も振り回し怪異の身体をズタズタに切り裂いた。


 グエエエエエエエッ……


 断末魔を上げて怪異の身体は黒い霧の様に掻き消えていく。

 シックルダンシングは魔法力により身体能力を極限にまで上げて敵をまるで踊っているかのように切り刻む魔法。

 威力は絶大だけど、魔法終了直後に長めの硬直があるからここぞという時以外には使えないんだ。

 でもこういったとどめに使うなら問題ないよね。


「シオン!! まだだよ!!」


「えっ?」


 ドスッ……


 ジュウベェの声に振り返った瞬間、お腹に痛みを感じたの。

 見ると黒くて長い棒状の物が私の腹部を貫いていたわ。

 

「痛ぇ……またこの展開かよ……」


 私、じゃねぇ……俺はそのままガクリと膝を付き、更に額から地面に倒れ込んだ。

 しまったな……高級に目が眩んだとはいえ魔法少女なんてなるんじゃなかった……。




「ゆかり!! シゆかり!! 起きて!!」


「はっ!?」


 俺は勢いよく上体を起こす。

 頭から顔から全身汗だくだ。

 あれ? ここは、ベッドの上?

 

「もう、ゆかりったらいくら呼んでも揺さぶってもくすぐっても起きないんだから」


 困り顔のジュウベェが枕元に居た。

 そうか、さっきのは夢か。

 生き返って早々、また死んでたまるか。

 しかし夢に見て思い出したが俺のわ脇腹を刺した黒い棒状の物……アレって何だったんだ?


「なあジュウベェ、一つ聞かせろ」


「何だい?」


「俺を半殺しにしたのって怪異だよな?」


「そうだね」


「そいつは倒されたのか?」


「………」


 ジュウベェはわざとらしく目を背けた。


「なんだよ、逃がしたのかよ、使えないな」


「それは心外だね、誰のせいで逃がしたと思ってるんだい? みんな君の介抱に掛かりっきりだったんだからね」


「……悪い、言い過ぎた」


 そうだった、巻き込まれとは言えあれは事故だ。

 カーマインたちも俺を助けようと必死だったのはおぼろげながら憶えている。


「まあいいさ、こちらの落ち度もあるし、もうその話しは言いっこなしだよ……でも随分と深く眠っていたもんだ、昨日の訓練で疲れたかい?」


「ああ、そうだな、何せ今まで生きて来た人生で初めての経験ばかりだったしな」


 そうか、だからあんな夢を見たんだな。

 そう、俺の魔法少女の戦闘訓練は昨日から始まっていた。

 先生は一昨日に言っていた通りカーマインで……。




 昨日の早朝。


「ゆかりちゃん、起きてる?」


「あっ、カーマインさん、おはようございます」


 部屋にカーマインがやって来た。

 既にいつもの魔法少女の出で立ちだ。


「あら、ゆかりちゃん、まだパジャマのままなんだ?」


「済みません、身体は女の子ですけどどうも女物に着替えるのは抵抗があって……」


「ダメよ? 女の子はいついかなる時でも身だしなみに気を付けなくっちゃ」


 そう言いながらカーマインはクローゼットを漁っている。


「ゆかりちゃんに似合いそうな服をいくつか見繕ってみたけどどれを着たい?」


 ベッドに広げられた洋服はどれもひらひらフリフリで甘ったるいデザインの女児服ばかりだった。

 はっきり言ってどれも着たくはない、しかしキラッキラの期待の目でカーマインに見つめられている以上邪険には出来なかった。


「……えーーーっと、じゃあこれを……」


 俺は当たり障りのないシックなデニム生地のワンピースを選んだ。

 選考の基準はこの中でも装飾が少なく地味目のデザインだから。


「へぇ、中々いい趣味してるわ、普段着ならそれくらい落ち着いている方がいいかもね」


 じゃあなんで他の服はこんなに派手なんだ? という疑問が喉元まで出かかったが敢えて口には出さなかった。

 そんな事を思っていた間にいつの間にか俺はデニムワンピースを着せられていた。

 そんなまさか? 着せられたのに全く気付かなかった。

 恐るべし魔法少女。


「はい、洗面所へ行きましょう、寝癖を直してあげる」


 もう好きにしてくれ、俺はまるで着せ替え人形の様にカーマインの世話になるのだった。


 そして一時間後。


 カーマインがテーブルに用意してくれたトーストと目玉焼きで朝食を二人で摂る事に。


「はい、今日から早速、魔法少女の何たるかをゆかりちゃんに教えてあげるね」


「あ、ありがとうございます」


 カーマインからコーンスープの入ったカップを受け取る。

 うん? なんか言葉遣いに違和感が……女子高生位な子がこんな言い回しをするのだろうか?


「どうかした?」


「いいえ、別に」


 きっと気にし過ぎだろう。


「それで具体的にはどんなことをするんですか?」


「そうね、まずは魔法の制御の仕方かな、あなた専用の魔法のステッキを呼び出すところから始まって、あなた固有の魔法を身に着けるの……後は怪異との戦い方のシミュレーションね」


「なんだか大変そうですね」


 俺はげんなりとした顔をした。


「大丈夫よ、少しずつだから、今日は魔法のステッキを呼び出す所まで行ければ御の字よ」


「御の字……?」


「あっ、合格よ」


 慌てて言い直すカーマイン。

 やっぱり、これは思い過ごしなんかじゃない。

 カーマイン、この子は無意識に古めで難しい言い回しを使うところがある。

 育ちのせいだろうか? 

 俺があまりにもジーーーッと見つめるものだからカーマインも耐え切れなくなって話題を振って来た。


「それで身体の方はどう? 痛い所とかない?」


「そういうのは無いですけど、ちょっとトイレの時に手間取りますね」


「トっ……、そうよね、元男だったらそれは大変よね……でも成長していったらもっと大変な目に遭うけどね」


「大変な目って?」


「それは……もう、朝からそんなこと言わせないで頂戴!!」


 カーマインは着ているコスチュームに近い程顔を赤らめ声を荒げた。

 恥ずかしがり顔を手で隠してしイヤイヤと頭を振る。

 でも自分だよね? その話題に誘導したの。

 その後なんやかんやで朝食を食べ終える。


「まずは準備ね、魔法少女の戦闘服に着替えるわよ」


「着替える? どこにあるんです? その服」


「魔法少女よ? 普通に着替えないわ、見ていて」


 カーマインは右手首にしているブレスレットに左手で触れ精神統一すると身体が光に包まれた。

 暫くして光が止むと魔法少女のコスチュームから紺を基調にしたセーラー服に変わっていた。

 彼女にとてもよく似合っている。


「これは私が通っている学校の制服よ、ここから……」


 再びブレスレットに手を回す。

 また服が光った、今度は先ほどまで来ていた魔法少女コスチュームに戻っていた。


「あなたの右手首にも私と同じブレスがあるでしょう? それを左手で触りながら念じてみて? 魔法少女って」


 カーマインに言われて自分の右手首を見るとあった、ブレスレットが。


「あっ、予め言っておくけどそのブレスレット、魔法少女であり続ける限り自分では外せないから」


「ええっ!?」


「あっそうか、ゆかりちゃんの場合は身体を作り変えられて生涯魔法少女だから一生外れないんだね、ゴメンなさい嫌な事を聞かせてしまったわ」


 今ので思った、もしかして俺って生涯この姿なのだと。

 魔法で作り上げられたこの身体はどこか普通の人間とは違っていて、今後何かしらの不都合が起こるかもしれないんだ。


「えっと、とにかく実践してみて?」


「分かりました」


 地雷を踏んだと思ったのか余所余所しくなるカーマイン。

 いいよ別に、こうなってしまったからにはもう元の生活には戻れないからな、一々気にしていたら心が持たない。

 俺は教えられた通りブレスレットに触れて念じる。

 魔法少女になれ、魔法少女になれ……。


「わっ……」


 身体が光った、先ほどのカーマインの様に。


「いいわよ!! もっと具体的にコスチュームを想像してみて!!」


「はい!!」


 魔法少女って大体にして外歩きには適さない服装だって思う。

 まあ正体さえバレなければその恰好を見られた所で仮装大会だとでも思えば恥ずかしくない。

 でもあまり派手なのは嫌だなぁ、そこでふと頭の中にあるデザインが思い浮かんだ。

 よし、これにしよう。

 やがて身体を覆っていたが収まる。

 そして現れたのは紫と黒を基調としたゴスロリドレスであった。


「まあ!! 素敵ね!! ゆかりちゃんにピッタリよ!!」


 カーマインは部屋の片隅にあった姿見を運んできて俺の前に置いた。


「どう?」


「これが……俺?」


 無意識にそんな言葉が口をつく。

 髪の藤色にマッチした色使いにボンネット、黒レースが寧ろ今のこの俺の容姿に合っている。


「いいわ~~~初変身の初々しさを記録しなければ!!」


 カーマインはスマホを取り出すと連射モードで俺の姿を撮影しだした。


「ちょっと!! 止めてください!!」


「良いでは無いか良いでは無いか!!」


 あっダメだ、完全にキャラが壊れてるよこの人。

 やっぱり何かがおかしい……性格とかそういうのじゃなく。

 何て言えばいいんだろうこの違和感は。

 

 取り合えず俺の魔法少女初お披露目の撮影会が終わるのを待って俺たちは次のステップに進むのだった。

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