第一話 踏んだり蹴ったり突き刺されたり


 「あ~~~あ、この年の瀬に無職かぁ……」


 俺は紫畑修造しばたしゅうぞう

 先日、勤め先の上司と喧嘩になり辞表を叩きつけたばかりだ。

 

「まったく、人の気も知らないでいい気なもんだ」


 道端ですれ違った談笑しながら歩くカップルを血走った眼で怨めしそうに振り返る。

 街中はクリスマスのルミネーションやサンタを象った飾りつけが至る所に施されていた。

 街頭でサンタコスの女性がケーキの予約を取っていたりもしている。

 今の俺には恋人どころか家族も居なかった。

 ジーンズのポケットに手を入れ引き出す、掌には五百円玉一枚と十円玉が一枚。


「これが今の俺の全財産……」


 しみじみと硬貨を見つめていると背中を強い衝撃が襲う。


「あっ……!!」

 

 掌から落下し路上を転がる硬貨二枚。


「あっ、ご免なさいね」


 年配のご婦人が体勢を崩し紫畑に背中からぶつかったのだ。

 しかし婦人の謝罪を聞いている余裕はない。

 俺の眼前で今まさに全財産が現在進行形で遠ざかっていくのだから。


「待て!!」


 必死に追いかける。

 もうなりふりなど構っていられない、みっともなく人を掻き分けアスファルトに這いつくばる。


「はっ!!」


 右手を伸ばすと人差し指と中指が五百円硬貨に一瞬触れた。

 しかし五百円硬貨はそれを振り切り尚も進んでいく。

 そして……。


「あ……」


 無情にも五百円玉は排水溝の格子蓋の淵に中り軽く跳ね上がるとそのまま格子をすり抜け落下、奈落の暗闇に消えていった。


「一体俺が何をしたって言うんだ……」


 茫然自失、五百円硬貨に夢中になったせいで百円硬貨は既にどこへ行ったのかすら不明だ。


「くそっ!! あれで今夜は牛丼並盛に味噌汁くらいは食えたはずだったのに!!」


 四つん這いになり激しく路面を何度も叩く。

 周りを通り抜けていく通行人が彼を見てヒソヒソ話したり嘲笑したりしていた。

 腹は立ったが人に食って掛かっても仕方がない、俺は無言で立ち上がりトボトボと歩き出した。


「これからどうしよう……」


 グゥと腹が鳴った。

 フラフラと身体を左右に揺らしながら死んだ魚の目で歩く。

 一体どこを歩いているのかすら俺には分からない。


(そっちに行ったわ!!)


(OK!! 任せて!!)


「うん? 何だ?」


 一瞬複数の少女の声がして立ち止まる。

 しかし辺りを見回してもそれらしい人物の姿は無い。


「空耳……か? 俺もいよいよヤキが回ったな……」


 しかめっ面で後頭部を掻きながら再び歩き出す。


(あっ!! ラピス後ろに人が!!)


(えっ!?)


(ダメ!! 間に合わない!!)


「またかよ……って、うおあああああああっ!!?」


 左わき腹に何かが勢いよく突き刺さったような激しい痛みを感じた。

 そのまま俺の身体は人形の様に吹き飛び錐揉みしながら壁に激突した。


「なっ……何が……起きた……?」


 額の出血が流れ落ち視界が真っ赤に染まり次第に景色がぼやけていく。

 激痛を感じた脇腹もそうだが、壁にぶつかった頭も割れるように痛い。


「そんな!? どうして一般人がここに!? 認識阻害と人避けの結界は張っていた筈ですよ!?」


「言っても仕方がないわ、早くその人の手当てをしなきゃ!!」


「あ……れ? 居るじゃないか女の子……」


 俺の目には青と赤の派手な衣装に身を包んだ妙齢の少女たちが映りこんだ。


「しゃべらないでお兄さん!! 今手当てを……!!」


 赤い衣装の娘が紫畑の傍らにしゃがみ込み傷に手を当てる。


「ダメですね……もう手遅れです……命の火が消えていく……」


 もう一人、黄色い衣装の子が沈痛な面持ちで俯いている。

 あれ? あんなに痛かった脇腹がそんなに痛まなくなっているぞ。

 どういう事だ?

 マジ? 俺は……死ぬのか……? こんな訳の分からない状況で……?


 紫畑の視界が徐々に狭まってきた。

 瞼がまるで鉛のように重く開けていられない。


「どうしたんだい? 君たち?」


「あっ、ジュウベェ!! いい所に来てくれたわ!!」


 何だ? この猫に羽が生えたみたいな生き物は? しかも右目にアイパッチをしているぞ?


 少女たちにジュウベェと呼ばれた猫によく似た翼のあるしゃべる生物が俺の顔をまじまじと覗き込む。


「あ~~~、これはダメだね、もう死ぬよこの人」


 そうだろうな、言われなくても何となく分かるよ。


「それじゃ困るのよ!! どういう訳か分からないけれど私たちの張った結界にこの人が入って来てしまって……これは私たちの過失だわ、死なせるわけにはいかない!!」


 赤い衣装の少女が凛とした眼差しでジュウベェを見つめる。

 可愛い女の子が出会ったばかりのこんな俺の為に親身になってくれるなんてね……最後の最後で俺の人生も悪くなかったって思えるぜ。


「認識阻害の結界を抜けて来たって? へぇ、それじゃあこの人も素質があるのかもね……それじゃあ一つ、一か八かの賭けに出てみようか……んんんんっ……ふぅ」


 ジュウベェがいきなり気張りだした。

 すると尻から野球ボールほどのガラス玉のような物を放り出したではないか。

 死ぬ間際になんてものを見せるんだ、最悪じゃないか。


「じゃあカーマイン、このソウルクリスタルをこの人の胸元へ置いてみてよ」


「分かったわ」


 カーマインと呼ばれた女の子は何の躊躇もなくそのガラス球を拾い上げると横たわる俺の胸の上にそれを置いた。

 うへぇ、バッチイな。


「さあどうかな?」


 ジュウベェがそう言い終わると同時に俺の胸に置かれたガラス玉が輝き出した。

 うぉっ、眩しい。

 そしてその光の中で俺は思う。

 職を失い失意のどん底で街を彷徨っていたらいきなり何者かに襲われ瀕死になるとは……しかも何だか分からない少女たちと謎の生き物まで現れるとは……とことんついて無いぜ。


 それっきり俺の意識はぷっつりと遮断され深い深い眠りへと落ちていくのだった。


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