第二話 リクルート先は魔法少女?
「………」
不意に目覚める。
薄暗い、ここはどこだ?
知らない天井に知らない部屋、実に殺風景で人の生活感がまるで無い。
何でこんな所に居るんだろう?
そうだ思い出したぞ、俺は何かに突然襲われ死んだのではなかったか?
掛け布団をはぐり視線を怪我したであろう左わき腹に移す。
随分とひらひらした服を着ているな、まるで女物のパジャマみたいだ。
パジャマの上から身体を触ってみるが痛い所は無い。
あれは何かの幻覚か何かだったのだろうか?
もっとよく調べたい、自分の身体もそうだがこの部屋で寝ていたことも気になる。
きっと俺の及び知らないところで事件が起きていると推測する。
ベッドの枕元にランプを模した電灯があるな、まず部屋を明るくしよう。
紐を引き明かりをつける。
白い壁紙の六畳くらいの洋室、薄暗い時から思っていたが他に特徴的な物が無い。
まるでビジネスホテルだ。
ベッドから立ち上がる。
まず自分の顔が見たい。
鏡を探すが部屋内には無い。
右手と左手にドアがある、隣にも部屋があるのか?
床にはご丁寧にスリッパがあったのでそれを足につっかけ取り合えず左手のドアへと歩いていく。
誰かいるだろうか? 俺は恐る恐るドアを開ける。
隣の部屋は洗面所とバスルームだった。
恐れていた知らない誰かが潜んでいる様子もない。
バスルームという事は当然洗面台があり鏡があるはず。
俺は第一歩を踏み込みそこで固まってしまう。
鏡があった、俺が映っているはずがそうではなく、何故か幼い少女が映っている。
「えっ!?」
驚きの声を上げ慌てて飛び退くと一緒に鏡の中の女の子も後ろに飛び退いた。
(こんな所に女の子が!?)
彼女も俺の姿に驚いたに違いない。
もしかしたら覗き魔と勘違いされたかも。
この状況ではどうしたって言い逃れは出来ない。
例え俺にその気がなくったって。
しかし知らない男が風呂場に侵入して来たってのに悲鳴一つ上げないとは随分と肝が据わった少女だ事。
ここはダメ元で釈明をしてみるか。
「済まない決して覗こうと思った訳ではないんだ、信じられないかもしれないが俺が目を覚ましたら隣の部屋に居てね、外に出られないか部屋を捜索していたんだが……」
うん? おかしいな、俺の声が随分と高い。
しかも目の前の少女はじっとこちらに目線を合わせ俺の発声に合わせて口をパクパクしているではないか。
妙だな……これじゃあまるで……。
俺は自分の頭の中に浮かんだ突拍子もない考えを否定しようとした。
しかしそれしか考えられない。
両手を前に出しながら前に歩く。
少女も当然まるで鏡写しの様に俺の動きを真似る。
鏡に手を付くと少女の手も俺の手の平に手を合わせた。
「はぁ……」
俺は落胆の溜息を吐く。
同時に少女も溜息を吐く。
間違いない、鏡に映っている少女は俺だ。
どういう訳か俺の身体は年端も行かない女の子になってしまっているのだ。
凡そ天然では有り得ない藤色の腰まで伸びたロングヘアー。
頭のてっぺんには束になった髪が虫の触覚の様に垂れ下がっている。
これは俗に言う【アホ毛】と言うヤツか? 現物は初めてお目に掛かったな。
そしてアメジストを嵌め込んだような紫の大きな瞳。
小さな鼻、整った口元。
まさかこれが俺の姿だとは。
もしかしてあの自分が死んでしまったと思った出来事に関係が?
「あら、こんな所に居たのね」
後ろからどこかで聞いた様な少女の声がする。
振り向くとあの時の赤い衣装を纏った少女が立っていた。
「きっ……君は?」
「あっ、驚かせてしまったかしら? 私はカーマイン、宜しくね」
カーマインと名乗った少女は小首を傾げながらはにかんだ。
「はぁ、どうも……」
碌に女の子と付き合った事のない俺は一瞬にして彼女の仕草に心を奪われる。
恐らく年齢は16歳くらいだろうか? 見た感じ清楚で大人びてはいるが年相応の可愛さがある。
おっといかんいかん、こんな所で色ぼけてどうする。
このカーマインという子には聞きたいことが本当に山の様にあるんだからな。
「あの……!!」
「ねぇ、あの子、そっちに居た?」
意を決してしゃべろうとした俺の声を遮って部屋の外から」人の女性の声がする。
一体誰だ? あの場にはそれらしい女性はいなかったはずだが。
「はい、今連れて行きますね、ねぇ行こう?」
「あっ……」
カーマインは俺の手を引いて洗面所から連れ出した。
わぁ、女の子の手って柔らかいんだ……でもちょっと手が冷たいかな。
ベッドのあった部屋に戻るとそこには紺の女性用スーツに身を包んだ眼鏡を掛けた大人の女性が立っており、その足元にはあの猫似の謎の生物がちょこんと座っていた。
「あっ!! お前はキュウ……」
「おっとそれ以上はいけないよ君、僕の名前はジュウベェ、間違えないでね」
ツンと顔を上げてジュウベェがそっぽを向く。
「ご免なさいね、彼は自分の名前にはこだわりがあるのよ」
スーツの女性が苦笑いを浮かべる。
「はぁ」
「改めまして初めまして、私は
「魔法少女……カンパニーですか?」
「そう、警察や人間がどうにもできない怪異事件の解決を秘密裏に行う日本政府公認の特殊組織よ? 凄いでしょう?」
折角稲瀬さんが満面の笑みを浮かべている所悪いけどそう言われてもピンと来ない。
俺が分かる事と言えばカーマインを含め前に見た派手ないでたちの少女たちが魔法少女だろうっていう事くらいだ。
そして俺が今知りたい情報はそんな事ではない。
「あっ、ご免なさいね、あなたは自分の事について知りたいわよね?」
「はい、何で俺がここに居て何で女の子の姿になっているのか説明して頂けるのなら……」
混乱して不安定だったメンタルがいつの間にか落ち着いていて彼女らと普通に会話で着ている事に俺自身驚いている。
次から次へとおかしな事が起こればこうもなるか。
「……ご免なさい!! あなたがそんな姿になってしまったのは私たちのせいなんです!!」
カーマインが深々と頭を下げた。
「私たちが怪物と戦っていた時にあなたを巻き込んでしまって、あなたは瀕死の大怪我を負ってしまったんです……」
ぐすっ、と涙ぐみながら語るカーマイン。
それを察してかジュウベェが代わりに口を開く。
「ここから先は僕が説明するよ、それでそのままでは死んでしまう君を僕が生み出したソウルクリスタルを使って蘇生させたんだよね……で、君は今その姿って訳だ」
「ちょいちょい!! 肝心な所をすっ飛ばすなよ、何で女の子になったかの説明をしてくれ!!」
「あ~~~、やっぱりそこ、気にする?」
「当たり前だ!!」
コイツ、聞かなければそのままうやむやにする気だったな?
最悪な状況になってから問い詰めても聞かれなかったからとか切り返しそうだもんな見た目からして。
「本来魔法少女たちは行動を起こす範囲一帯に魔力の無い人間が入って来れない様に結界を張るんだよ騒ぎにならないようにね、但し君はどういう訳かその結界にヌルっと入り込んでしまったんだね、だから虫型怪異に身体を串刺しにされてしまったんだ」
「……そうだったんだ」
「うん、でもそれは裏を返すと君が魔力を持っているという証明にもなったんだ、さっき言った様に魔力を持った者しか結界に入れないからね」
「成程、それで?」
「普通、怪異に襲われて瀕死になったら人間は助からない、でも魔力を持っているなら別だ、その魔力を生命力に変換して気には死の淵から舞い戻った、という訳だよ」
「そうだったのか、で、何で俺は女の子の姿になってるの?」
「チッ」
ジュウベェが舌打ちをし、一瞬だが顔をひきつらせたのを俺は見逃さなかった
「いま舌打ちしたな?」
「何の事やら?」
「言いから説明しろよ!!」
「やれやれ、こんなに可愛い姿になったっていうのに何が不満なのさ」
ジュウベェめ、猫型のくせにやれやれと言った感じで肩を竦めやがった。
「そういう問題じゃねぇ!! 俺が望んでこんな姿になったんじゃ無いからな!!」
「わかったよ、それは君に魔法少女として僕たちと戦ってほしいからさ」
「魔法少女? 俺が?」
「そうよ、いま当社には五人の魔法少女が在籍しているのだけれど最近怪異の出現頻度が上がっていて人手が足りないのよ、お願い、どうか私達の仲間になって!!」
今度は稲瀬さんが俺を口説きに掛かる。
ぎゅっと俺の両手を握って来る。
今日はよく女の人に手を握られるな。
良き哉良き哉。
でもどうしようかなぁ……って、そうじゃないだろう?
「ちょっと待てぃ!! 何でそうまでして俺を魔法少女にしたがる? 魔法少女って言うんだから少女が、女の子がなるもんじゃないのか!?」
「もう、文句が多いな~~~、君、周りから性格悪いって言われない?」
ジュウベェが眉を顰めながら口を尖らす。
「余計なお世話だ!!」
「おやおや、揉めておるようだね」
「黄瀬課長」
おや、壮年の男性が現れたな。
話が分かりそうな感じがする。
カーマインに黄瀬と呼ばれた初老の男性はゆっくりと俺の方へ近付いて来る。
「魔法少女はとても危険な仕事だ、命に係わる事だってある、そんな過酷な仕事を年端も行かない少女にやらせるのはどう思うね?」
「まあそりゃぁなるべくなら女の子にはやって欲しくは無いかなぁって……」
当たり前だ、女の子を矢面に立たせて大人や男が安全な所に引っ込んでいるなんて間違っている。
「うむ、やはり君は私の見立て通りの男だったようだね、そういう事で一つ、頑張ってはくれないか?」
「えっ……」
あれ? なんかおかしくないか今の会話?
いいように丸め込まれている気がしないでもない。
「お願いします~~~!! お給料なら弾みますから~~~!!」
何? 給料?
「……ちなみにお幾らほど?」
「一ヶ月で……これでどうです?」
稲瀬さんがどこからともなく取り出した電卓を叩き俺に提示して来る。
桁を数える……一、十、百、千、万、十万……百万!?
一ヶ月で百万だとぉ!?
「やりましょう魔法少女、これも世界平和の為です」
「よく言ってくれました!! 頼んだわよゆかりちゃん!!」
稲瀬さんは俺の両手を掴んでブンブンと激しく上下に振った。
今の俺は無職だ、借金だってある、細かいツッコミはこの際無しだ。
もしかしたらこれは俺のどん底人生を逆転してくれるのではないか?
って、今稲瀬さんは俺の事なんて呼んだ?
「……ゆかりちゃん?」
「そう、あなたは今から紫畑ゆかりちゃん!! マジカルネームはマジカルシオンよ!!」
「えーーーーーっ!?」
「異論は認めないわよ? これもお給料の内だからね」
「聞いてないよ!!」
がっくりと床に膝を付く俺。
「そう落ち込まないで、みんな多かれ少なかれ色々な事情で魔法少女をやっているの」
「カーマイン……さん」
しゃがみ込み俺を気遣ってくれるカーマイン。
「明日から私が魔法少女の仕事の仕方を教えます、これから宜しくねシオン」
俺の手を握りながらのカーマインの優しい微笑み。
明日からは俺の魔法少女としての生活が始まるのだ。
しかし俺はこの時、色々と舞い上がっていて気付かなかった、とある重要な事に。
それに気づくのは相当後の事になるのであった。
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