第四話 中途で終わるチュートリアル


 「じゃあここからが本題ね、シオン、あなたは自分だけのマジカルステッキを呼び出すのよ」


「はい? マジカルステッキを呼び出す?」


 カーマインが俺を訓練するにあたって冒頭に言っていたなそう言えば。



「そうよ、カッコよく言い換えれば召喚の儀とでも言うのかしら、マジカルステッキは魔法少女の最重要アイテム……持ち主の魔力を何倍にも増幅してくれ、使える魔法の種類も増える……でもね、ただ呼び出すと言っても簡単にいかない場合があるの、ステッキと言っても只の道具じゃない、意思があるのよ、運が悪ければステッキの召喚時に逆に異空間に吸い込まれる事だってあるの」


 カーマインの目が座り、顔に深い影が差す。


「そんな、おっ、脅かさないでくださいよ……」


 居るよな、こういう人が何かをやろうとしている時に無意識に不安を煽る人。

 本人に悪意が無いのが更に質が悪い。


「何てね……大丈夫、最近はステッキ召喚に失敗した人はいないから」


「それって裏を返せば以前は失敗した人がいたって事じゃないか!!」


「だっ……大丈夫よ? そのために私が付いてるんだから」


 なんで励ましの言葉に疑問符が付いてるんだ?


「ステッキ召喚はこの部屋に中じゃ出来ないの、場所を移動するわ」


「移動? どこへ行くんです?」


「ここではない別の世界……とでも言えばいいのかしら? まあ見てて」


 カーマインの手にはいつの間にか女の子が持つには少し大きめなアタッシュケースが下がっていた。

 

「オープンセサミ!! 開け異界の門!!」


 アタッシュケースを前に向けて開く。

 すると目の前の空間に漆黒の穴が開き渦を巻きながら回転し始めた。

 やがてその渦は徐々に大きくなり、次第に何かの形になっていく。


「扉……」


 文字通り扉が現れた。

 本当に扉だけなので、裏に回っても何もない。


「ど〇でもドアですか? 若しくは異世界の食堂に繋がっているとか?」


「シオンちゃん、あなたね」


「……済みません、つい……」


 カーマインにきつく睨まれたので丁重に謝罪した。


「じゃあ行きましょうか」


「はい」


 カーマインの後ろに続いて恐る恐る扉へと入っていく。


「はあぁ……」


 極彩色の空間を出、俺が到着した場所は雲一つない澄み切った青空と、それを上下に二分する足元はどこまでも覗き込めるほどの透明度の水面だった。

 先ほどの溜息はこの余りの絶景に見惚れて出たものだ。

 しかし不思議なのは足元、さっきから俺は水面に沈まずに普通に立っている。

 一歩足を出す……着水した際に波紋が拡がっていくがやはり足は沈まない。


「あら、随分と綺麗な所ね」


 少し遅れて俺の後ろにカーマインが現れた。


「これ、大丈夫でしょうね? いきなり沈んだりしないですよね?」


「多分大丈夫じゃないかな」


「多分……」


「ここはステッキによってあなたが呼び寄せられた空間なの、あなたを品定めするためにね」


「品定め?」


「そうよ、さっきも言った通りステッキにも意思がある、どうせ契約するなら自分の眼鏡に適ったとしたいでしょう? もし気に入らなければいきなり水にドボン……かもね」


「そういう事ですか……」


 ちぇっ、結局魔法少女になってまで誰かに選ばれるって訳だ。

 思い返せば俺の人生、全くと言っていい程他人ひとから評価された事が無かったな。

 悪い意味でならすぐにやり玉に挙げられるのに。

 全く持って人生は不公平だな。


「さぁシオンちゃん、ここに居るであろう魔法のステッキに呼び掛けてみて」


 また言葉遣いが怪しいな、何なのだろうこのカーマインって子は。

 まあいい、今はそんな事より集中だ。

 どうやらこのマジカルステッキ召喚の儀って奴は命懸けの様だからな。

 折角拾った命を簡単に手放して堪るか。

 俺は両手を前に突き出しながら広げ空に問いかける。


「さあマジカルステッキよ!! 私の前に姿を現して!!」


 暫くの静寂……何も起こらない、もしかして俺、嫌われてる?

 そんな時だった、俺の少し目先の水面がゆっくりだが噴水の様に盛り上がっていく。

 目線にょり少し高い位置まで水が吹き上がると、そこで水が弾け飛び中から何かが飛び出した。


『あら、あなた? アタシを呼んだのは』


 鎌だった。

 創作の全ての死神がよく担いでいるあの大きな鎌。

 刃の側面には大きな紫色の宝玉が嵌っている。

 それが言葉を発して俺に問いかけて来たのだ。

 差し詰め魔法の鎌といった所だろうか。

 しかしマジカルステッキっていうからこう羽根や宝石が付いたキラキラの派手なステッキを想像していたんだがこんなのもあるんだな。

 それにしても何だ? この野太い声の女言葉は?

 まさかオネエなのかこの鎌は? カマだけに? 笑えない冗談だな。


「そうよ、私は昨日魔法少女になったばかりなの」


『そう……』


 魔法の鎌はそう言うと宙に浮いたまま俺の周囲をぐるりと周り、元の位置に戻った。


『ルックスは合格よ、そのゴスロリチックな衣装、薄紫のロングヘアーなんてもろアタシの大好物……』


 じゅるりと涎を啜るような音がした。

 お前、口なんて無いだろう。


「じゃあ私の物になってくれるの?」


『物、だと?』


 鎌の声色が急にトーンダウン、先ほどのおちゃらけたしゃべり方とは明らかに違う。


 えっ? 何? カーマインの方を向くとあちゃーといった表情で目元を抑える彼女が居た。


『てめぇ!! ふざけんな!! 俺を物扱いしやがって!!』


 ああ、そうか、ステッキには意思があるってあれほどカーマインに言われていたのに。

 やらかした、俺が物扱いしたから鎌が怒ったんだ。

 しかもオネエ言葉から普通に男言葉の罵声に変わっている。

 って事はこっちが本性か。


『気に入らねぇ……帰る!!』


 再び先ほどの様に水面が盛り上がると魔法の鎌はその中へと入っていった。

 そしてそのまま沈んでいき水面は何事も無かったかのように落ち着きを取り戻す。


「ああ……そんな……」


 茫然とする俺、もしやこれって……。


「……契約失敗ね」


 溜息交じりにカーマインが呟く。


「えっ!?」


 やっぱり。


「もう、折角私がアドバイスしてあげたのに……マジカルステッキって変わりモノって言うか気難しい存在が多いのよ、その代わり一度契約したならば絶対裏切らず一生涯添い遂げてくれるんだけれど」


「あの、契約失敗した俺はどうなるんです!?」


「俺?」


「あ、いえ私は……」


 女言葉を使わなかった途端物凄い睨みを効かされた。

 でも仕方ないだろう、昨日女の子になったばかりなんだから。


「そっぽを向かれてしまった以上あの鎌の形をした子とはもう契約は無理ね、根気よく次のパートナーを探すしかないわ、まあ何とかなるわよ」


 慰めのつもりかポンと俺の肩を叩くカーマイン。

 簡単に言ってくれるよ。

 俺の様なコミュ障には交渉事は結構キツいんだぜ?


 ピロリンポロリン……♪


 不意にリズミカルな音色が鳴り響く。


「あっ、私だわ、ちょっと失礼」


 カーマインが腰のポケットからスマホを取り出し電話に出た。


「はい、カーマインです」


『先輩!! 助けてください!!』


「ラピス!? どうしたの!?」


 どうやら仲間の魔法少女からの様だが声の調子からただ事ではない事が伝わって来る。


『怪異に苦戦中です!! あいつら急に数が増えやがった!!』


(ちょっと、傍にシオンちゃんが居るのよ?)


 カーマインが急に声を押さえて話し出したが俺にはしっかり聞こえていた。


『あっ、失礼しました!! でも大変なんです!! 手を貸してください!!』


「もう、しょうが無いわね、今行くから待ってなさい!!」


『大至急お願いします!!』


 ここで通話が切れた。

 まただ、何だろうこの彼女らから感じる違和感は。


「ゴメンシオンちゃん今日の所はここまでね、私は仲間の救援に行かなければ」


「はい、分かりました、お気を付けて」


 カーマインは来るときに通った扉を通り現実世界へと返っていった。

 さてと、俺はどうするかな。

 契約に失敗したからと言ってこのまま帰っても問題を先送りにするだけだ。

 魔法少女と言えど魔法のステッキ無しでは使える魔法は限られている。

 このままでは使えない奴という事で会社カンパニーから追い出されかねない。

 それだけは何としても避けなければ……折角最底辺から這いあがる切っ掛けを掴んだんだからな。

 カーマインは言っていた、俺はこの場所にステッキによって呼び出されたのだと。

 という事は裏を返せばあの鎌は俺と一番相性がいいって事だ。

 そんな最高の相手をみすみす見逃すなんてあり得ない。

 一度そっぽを向かれたらお終いとも言っていたがそれが何だ。

 

 俺はもう一度だけあの魔法の鎌に呼び掛ける事にした。

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我ら魔法少女カンパニー 美作美琴 @mikoto

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