新型ウイルスと。
そう、私はキャンプが好きなのだ。
あれほど楽しいアウトドアは、この世に存在しないだろう。
自分だけの空間に、自分だけの時間。それらの全てが心地よく、私を包み込んでくれるのだ。
それになにより、外で飲むビールは他の何にも代え難いほど旨い。
嗚呼、キャンプがしたいなぁ。
…そんな私に、いや、社会全体にとって、大きな事件が起きた。
STAY HOME
皆さんもこの文字列に見覚えはある筈だ。
今回は、外に行きたくても行けなかった、この鬱憤とした時期の話をさせて貰おうと思う。
▲ ▲ ▲
エヴァンゲリオンコラボの際のジッポライターを、コレクションしている数多の中から選び取り、私はアメスピに火をつけた。
ふぅ。煙を肺に入れて、それを吐く。私の家に於いて、二階のベランダと換気扇は完全にタバコを吸うための空間になっている。
もう、何ヶ月キャンプに行ってないかなぁ。
最近の私は、リモートワークをしている時以外は、執筆をするか、YouTubeでキャンプ動画を見るか、雀魂をするかしかやっていない。
それに人とも仕事以外で全く話していない。
一日の会話と言ったら、
「ご主人、お帰りにゃ!」
に対して、ただいま。と答えるくらいだ。
つまりは空虚。今の私には何も無い。
はぁ、これでは一体なんのために生きていると言うのだ。
虚しさをつまみに、私は日本酒を煽った。純米大吟醸の甘さが、いつもよりも私に響いた。
次の日、私は決心をした。
このまま堕落した日々を送っていても、全くの無駄である。
自身の存在が完全に空虚に染まる前に、何か行動を起こさなければならない。
というわけで、私はあつ森を始めた。
何やら流行ってるようじゃないか、あつ森。
いずれはやろうと思っていたんだ。このチャンスを逃すわけには行くまい。
早速Switchでダウンロード版を購入し、私は無人島に移住した。
おぉ、私のギャルゲーとFPSしかやっていなかったSwitchに、なんとも愛らしいたぬきが映っている。
お前、まめきちっていうのか。これからよろしくな。私は高収入リーマンだ。
冗談はさておき、私はまずゲームの初期設定を進めた。
私はこういう類の性別が選べるゲームでは、必ず女性キャラを選んでいる。
…いや、特に深い意味はないから安心してほしい。ただただ、昔からそうしているだけだ。
そもそも、こういう男子実は多いんじゃないか?もし同志がいたら、是非とも教えてほしい。
次にパスポート写真となるアバターを作っていく。
最初だからか、選べる髪型は割と少なめだったが、顔のパーツは割といろんな種類があったので楽しく自分好みのキャラクターを作成できた。
後は島の形や言語設定等の初期設定を終えた。島の形に関しては本当に違いがよくわからなかったので、完全に何となく選んでしまった。
さぁ、ともあれ、これでもう準備は完了だ。
いざ、我らが新境地へ向かわん。
▲ ▲ ▲
飛行機を降りて、遂に無人島に降り立つ。私と共に二人動物が来ているようだった。
一人はゴリラで、一人はオオカミっぽいキャラクターだった。
ゴリラは兎も角、オオカミの方は当たりなんじゃなかろうか。Twitterに流れてきた人気隣人ランキングにも上位で載っていた気がする。
先ず一日目は、テントの設営から始まった。おお、これはまさしくキャンプ。
嬉しいぞ。ゲームの中でまでキャンプ体験ができるなんて。あつ森、買ってよかった。
次に木の枝等、指定された素材を集めていき、キャンプファイヤーのイベントをしたところで一日目は終了だ。
因みに島の名前はコウサク島にした。さぁ、バリバリ働くぞ。
次の日は、たぬきちなる狸親父に起こされてテントを出てから始まった。
なるほど、この狸親父の言うことを聞いていくことで、ストーリーが進んでいくのだな。
フフフ、しょうがない。私がこの島の発展に一役買ってやるとするか。
色々とゲームを進めていくと、何やらローンなる物も存在するようだった。
家を建設したり、増築したりするとローンが発生する。あまりの現実的な所業に最初は驚きもしたが、次第にその作り込まれた世界観に引き込まれていった。
▲ ▲ ▲
それから一ヶ月ほど経っただろうか、今では私は島クリエイターの称号を得て、毎日自分の目指す島の制作に励んでいる。つい最近完成した、特製の私専用キャンプ場は、かなりのお気に入りだ。
毎日充実してはいる、が、少しあつ森だけでは手狭になってきた感は正直否めない。
よし、次もまた何か新しいことを始めてみるとするか。
というわけで、次はケーキ作りをしてみる事にした。
前まではニュースでイースト菌不足だとか騒がれていたが、最近は落ち着いたようである。
私は手始めに、シフォンケーキを作ってみることにした。
レシピ等を読んでいると、何やらシフォンケーキは初心者には向かない、などと言った話をよく聞く。
フフフ、舐めてもらっては些か困るな。
私はキャンプ歴数十年、つまりは料理歴も数十年ということ。
ただのお菓子如きに手こずるわけがあるまい。
さぁ、それでは作っていこう。
何やら、シフォンケーキではメレンゲがかなり重要になってくるらしい。
が、とりあえずはレシピ通りに作ってみることにした。
先ず最初に、卵黄にグラニュー糖、薄力粉等々をよく混ぜた生地を作る。分離しないように、しっかりと混ぜるのが大事らしい。
次に、もうメレンゲを作るようだった。
なになに、このメレンゲと先ほどの卵黄生地を混ぜて型に入れて焼くだけ、か。なるほど、シフォンケーキ、意外と簡単じゃないか。
とりあえずメレンゲなんてものはレシピを読まずとも作れるだろうのでパパっと作ってしまおう。
卵白と砂糖をボウルに入れて、混ぜていく。
…おかしい、全然泡立たないぞ。
くそ、しょうがない秘密兵器を出すしかないか…。
そう、電動泡立て機である。いつか使うだろうと思って買っておいたのだ。
早速使ってみる。
…。
…やっぱりあんまり泡立たない。元々メレンゲはこういうものなのか?
ある程度形が保たれるくらいには固まったので、もう先程の生地と混ぜてしまおう。
それで、最後にそいつらを前もって買っておいた型に入れて焼いていく。
さぁ、仕上がりが楽しみだ。
▲ ▲ ▲
…なんだこれは。
シフォンケーキ特有のあの膨らみもなく、なんだかべちゃっとしている。それになんだか火の通りも良くない。
つまりは大失敗だ。
一体どこで失敗したと言うのだ。くそ、仕方ない。しっかりとレシピを読み込もう。
私は一からメニューを読み直し、そして自分のミスの原因に気がついた。
クッ、こんな簡単なことだったのか。
私とした事が、完全に油断していた。何が料理歴数十年だ。孔子も言っていただろう。常に謙虚であれと。
ミスの原因は、紛れもないメレンゲにあった。メレンゲを作る時は、先に卵白だけで泡立ててから砂糖を入れるらしい。さっきは卵白と砂糖を同時に泡立てていた。
驕っていた自分が恥ずかしいし、何より食材には申し訳ないことをした。
ごめんな、後でしっかり食べるから、今は一回作り直させてくれ。
次こそは絶対に失敗するわけにはいかない。
私は謙虚にレシピを読み込み、そしてそれ通りに作っていった。
またメレンゲ作りのところまでやってきた。今度はレシピにある通りに、まずは卵白を切るように混ぜていく。
次に電動かき混ぜ器を使って、空気をたっぷりと混ぜ込みながら泡立てていく。
おお、前回とは比べ物にならないくらいに泡立ちが良い。
ある程度しっかりした泡が立ったら、砂糖を少しずつ入れては混ぜ、入れては混ぜを繰り返していく。
今度こそ、完璧なメレンゲの完成だ。
その後もレシピ通りに進め、私は完成を待った。
オーブンが可愛らしいメロディを鳴らしてシフォンケーキの焼き上がりを告げた。
扉を開けると、とてもいい匂いが湯気と共に溢れてきてキッチン中を満たした。
それらが落ち着き、中を覗くと、なんと完璧なまでにふっくらと焼き上がったシフォンケーキが私を待ってくれていた。
急いでオーブンから取り出し、型を外した。
先程とは全く違い、型からもすんなりと外れた。
うむ、何処からどう見ても完璧だ。
丁寧に切り分け、焼き時間に作っておいた生クリームを添えて盛り付ける。
完成だ。
これぞ、まさに芸術作品だ。どの方面から見ても美しい。
私はそれを写真に収めて自身のインスタグラムにアップした。
#孤独な stay home に、生クリームを添えたなら。
フフフ、バズること間違いなしだ。
英国から取り寄せた紅茶を入れる。優雅なティータイムの始まりだ。
全ての食材に感謝して、頂きます。
私は家という名の殻に篭った事で、何段階も人として成長してまた孵化する事ができたと思う。
状況の変化など、我々にとっては些細な事だ。
人間大事なのはそこで何をするか、なのだ。
さぁ、前を向け。明日に向かって謙虚に己を磨け。
そうする事で、自然と道は開けてくる。
フフフ、今日もかっこよく決まったな。
当方、41才、独身。キャンプ好き。 砂路 @syaro_
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