クリスマスと。

またこの季節がやってきた。


街は煌びやかに彩られ、世間の男女は互いに愛を深め、世界中が浮き足立つ、この季節が。


そう、クリスマスである。


生憎私は今年もイブ、当日共に仕事があるため、キャンプには行けそうにないが、家で酒でも飲みながらゆっくり過ごすとしよう。


…なんて考えていたのが、12月半ばの事だ。


フフフ、認めよう。そう、私は愚かだった。


クリスマスに一人で酒を飲むだと?そんな馬鹿げた話があるか!


勿論、クリスマスは誰かと過ごすに限るだろう。


そう!私は今年のクリスマスは一人ではない。なんと、女性に誘われてキャンプに行くのだ!そのために仕事もわざわざリスケした。


ククク、俺は孤独な聖夜からは卒業するぞ、ジョジョーーーッッ!!


△ △ △


「わぁー、カッコいい車ですね!なんか強そうなのに、顔は可愛くて、私こういうの好きです!」


ハハハ、そうでしょう、レディ。彼は私の相棒、jeepラングラーです。いつも、こいつと一緒に夜のレインボーブリッジをドライブしているんですよ。


「キャンプ、本当に楽しみです!私、いつか先輩とキャンプに行きたいと思ってたんですよね」


ハハ、レディ。そうでしたか。今夜は、とびきりのキャンプ体験を貴女に差し上げますよ。


「よし、それじゃあ、レッツゴー!ですね!」


ハハハ、レディよ。貴女は華麗で、麗しい。柄にもなく私まで気分が高揚してきました。


…ククク、フフフ、ハハハ!この小説を読んでいるそこの君!今までは私を哀れな独身野郎と見下しながらこれを読んでいたのだろうが、今日からはそうもいかないぞ。


何しろ私は、クリスマスに女性と二人でキャンプをするのだから、な。


その為、この小説のタイトルは今回から「当方、モテがちエリート独身。キャンプ好き。〜20歳下との結婚も夢じゃありません!〜」に変更させて頂く。


さて、話は今日の特別なキャンプについてだ。私は予々女性と行くならこのキャンプ場、と目星をつけていたキャンプ場を予約しておいた。山梨県は富士五湖の一つ、山中湖沿いにある。


今日はそこにて、最高の夜を演出させて貰おう。


△ △ △


「うわぁー!雄大ですねー。自然、めちゃめちゃ感じます」


そうでしょう、レディ。ここは世界遺産にもなってるような、かなり貴重な場所なのですよ。自然遺産ではなく文化遺産ですが。


だが私は弁えている男なので、そんな野暮な事は言わない。最近のモテる男は明るい性格がマスト、とかメディアでは取り上げられているが、男は元来寡黙であるべきなのだ。


そのまま二人で景色を眺めていると、徐に彼女が話し始めた。


「雄大な自然、と言ってもここ、世界文化遺産なんですけどね。あ、そうだ先輩、知ってますか?山中湖はもともとあったでっかい湖が、火山の噴火による溶岩の影響で二つに分かれてできたって俗説があるんです。でも、ちゃんとした環境団体が行ったボーリング調査の結果から、それは否定されているんです。面白いですよねぇ。それだったらなんでそんな俗説が生まれたんですかね」


この小説の中で一番長いセリフが、初登場の彼女から急に出てきた。わざわざ文化遺産である事は黙っておいたのに。


だが、私は正直驚いていた。驚いたというのは彼女の語った内容に、ではなく、彼女のその変容ぶりにである。


普段は彼女はおっとりとした柔らかい、男に好かれそうな雰囲気を纏っているため、このような博識な一面があるとは思いもよらなかった。


私はその通説の話を聞いた事がなかったのでそれを正直に話すと、彼女は嬉しそうに笑った。


「ふふふ、先輩もまだまだですね。精進、精進です!」


…そうだな、私はまだまだ未熟だ。


まぁ、気を取り直して、諸々の設営に取り掛かるとしよう。なに、私にかかれば今日のキャンプも、成功間違いなしである。後輩よ、私の背中をみているが良い。


先ずはテントを二人分建てる。ここで重要なのは、「二人分」と言うところなのだ。


一人分だと下心丸出しで下品極まりないのは、読者の皆様にもお分かり頂けるだろう。だから二つ用意して、あくまで私は弁えていますよ、と言うアピールをする事で、彼女の警戒心を削ぐのだ。


できる男は、こう言う細部に気遣いが現れるのである。


テント設営をおえると、次はタープ張りに取り掛かる。


「流石先輩、慣れてますね!いやはや、カッコいいです。私もいつか各地の地質調査に趣味で行きたいと思っているので、時間があったら色々と教えて下さい!」


うん…?趣味で地質調査、だと?


いやまぁ、別にあり得るか。それよりも、こうやって興味津々に教えを請うてくる彼女は可愛らしいではないか。何もおかしい事はない。


一抹の違和感を覚えつつも設営を終え、焚き火を起こしたところで、今日明日の我々の宿が完成した。さて、次は飯の準備だ。二人で力を合わせて料理を行なっていく。


△ △ △


今回は、私特製こだわりのビーフシチューに、ローストチキン。それに加えて、家で焼いてきた自家製ブレッドの三つを以て夕飯を彩っていこうと思う。


私はビーフシチューの準備を、材料集め等全て担当しているので、とりあえずはそれに専念していく。


彼女はローストチキン担当だ。なんでも、毎年のようにクリスマスにはそれを作っているらしい。フフフ、可愛らしいじゃないか。本当にクリスマスが好きなんだな。


さぁ、先ずは塊の牛肉を一口サイズに切りわけ、塩胡椒を振って下味をつける。また、その時に一緒に玉ねぎ、人参、馬鈴薯を切っておく。


鍋を用意し、まずはオリーブオイルで牛肉に火を通していく。だがしかし、ここで用意する鍋は普通の物ではいけない。


そう、圧力鍋だ。


圧力鍋でじっくりと牛肉を虐め通してやる事で、肉を繊維からかなり柔らかくすることができるのだ。少し肉に焼き目がついたら、赤ワインを入れて鍋の蓋を閉める。さぁ覚悟しろ、牛肉ブロックよ。


肉に火を通している間に、また別の鍋を用意して、そちらの方で人参と玉ねぎをオリーブオイルで炒める。


どちらも簡単に箸が通る程度に柔らかくなったら、トマト缶に水、ローリエ、コンソメを入れてじっくり煮込んでいく。


この為にコンロを二台持ってきた。我が相棒ninja1000よ、今回も申し訳なかったな。次回はしっかり出すから、ちょっと待っていてくれ。


また、さっき切った馬鈴薯は串刺しにして塩胡椒をして焚き火のそばで焼いておく。それだけでも食えるぐらいに火が通ったら串から外しておく。


これで私の方は一段落だ。


ふと彼女の方をみると、彼女はまだ羽のついたままの鶏の首を鷲掴みにして、今まさに解体を始めようとしている。


「フフ、さぁ、始めますからね。ちょーっとだけ、ちくっとするかもしれませんが、これは貴方の為なので我慢してくださいね」


彼女はなにやら一人でぶつぶつ言いながら、ニヤリとした笑みを浮かべつつ、丁寧に捌いていった。


…へ、へぇ。凄いな、こんなにも本格的なんだな…。流石、毎年やっているだけのことはあると言ったところか…。


一先ず私は今見た全てを忘れて、自分の料理の方に集中する事にした。


野菜を煮込んでいる鍋と、圧力鍋との両方で具材にしっかりと火が通ったら、すっかり力を失ってしまった牛肉達と出汁のたっぷり出た赤ワインをもう片方の鍋に移す。そこに、先程用意しておいた炭火焼きじゃがいもを投入する。


よし、ここまでできたら後は1時間ほど煮込んで、ウスターソースや塩胡椒、バター等で味を整えれば完成だ。


ここでまた隣で作業をしている後輩の確認をする。


「フフフ、分かってるわよ。ここでしょ?ここが好きなんでしょう?ほぉら、私の言った通りじゃない。フフ、全くだらしの無い鳥さんね」


すでに解体は終わっていたようだが、先程と同じように、ブツブツと呟きながら彼女は鶏の腹に米や野菜などを詰め込んでいた。


…もう何も言うつもりはないぞ。私は旨い飯が食えればそれでいいのだ、と考える事にする。


一時間経過し、ビーフシチューもローストチキンも丁度ほぼ同時に出来上がった。それに合わせて私は自家製ブレッドを焚き火で温めておいた。


「うわぁ、どれも美味しそうに出来上がりましたね!先輩、早く頂きましょう!」


うむ、本当にどれも美味そうである。私のシチューは言わずもがな、作業工程が不安に思われた彼女のローストチキンも美味しそうに照り輝いている。それにブレッドもいい感じだ。


「先輩!凄いです、このシチュー!お腹はめちゃめちゃ柔らかいし、スープはとっても濃厚で、どんな店で食べるのよりも美味しいですよ!」


全く、嬉しいことを言ってくれる。それでは私も、先ずはシチューから頂くとしよう。


…フフフ、やはり、私の作る料理は完璧だな。今回の出来も文句なしだ。彼女の言う通り、肉も繊維から柔らかく、またスープもコクがあってかなり旨い。


自家製ブレッドをスープに浸して食べてみたが、それも紛れもなく至福だった。


次に、彼女が取り分けてくれたローストチキンを頂く。私はさっきまで綺麗に残っていた鶏の命に感謝し、そしてかぶりついた。


するとその瞬間、食らいついた肉からはジューシーな肉汁が溢れだし、口の中は幸福で満たされる。


つまり、旨い。


新鮮な肉だからだろうか、それとも料理人の腕前が磨かれたものなのか、理由の如何はわからないにせよ、本当に美味かった。


「ふふ、美味しそうに食べてくれて嬉しいです。きっと、そのチック君も喜んでると思いますよ!」


…名前、付けてたのか。この鶏肉に。


もしかして、毎年のようにローストチキンを作っていたのは、解体作業が好きだから、とか言う理由じゃないだろうな。


何はともあれ、次はレモンをかけて、鶏肉の腹に入れて焼いた野菜と共に頂く。


先程までとはまた違い、野菜の旨みとレモンのさっぱりとした後味で、鶏肉の脂を上手く纏めている。うむ、やはりこれも旨い。


総じて、完璧な夕食である。酒も旨い。


…後は、夜を如何にして過ごすか、だな。


△ △ △


次の日の朝、私はかなり早い時間に目を覚ました。コーヒーを淹れ、昨晩の出来事に思いを馳せる。


夕飯の後、片付けが終わった時には既に二十二時を回っていた。


フフフ、これでついに、ついにだ。クリスマスという今日の日の一大イベントがスタートするぞ。さぁ、先ずはどのようにアプローチするべきか。


…などと考えていた矢先、彼女が私に声をかけてきた。


「ご飯、本当に美味しかったです、ご馳走様でした!私、明日は少し朝からやりたい事があるので、もう今日は寝ちゃいますね。わざわざテントまで用意してくださって、本当に助かってます。それじゃあ、また明日もよろしくお願いしますね。おやすみなさい!」


私は言い終えらと同時にすたこらと自分の方のテントに戻ってしまった彼女を眺めながら、空いた口を塞ごうとするのに必死になっていた。


…そして、何もギャルゲー的イベントは起こる事がなく、今に至る訳だ。


昨日その後やったことと言えば、その虚しさをぶつける為のネット小説執筆くらいなものである。召喚された主人公が異世界にてハーレム豪遊キャンプをする話だ。


ため息を一つ吐き、コーヒーを飲みながら、空を見上げる。


朝も四時なのでまだ薄らと暗い。星が見えるくらいだ。


彼女は既にテントにはいない。恐らく近くの川なんかに行って地質調査でもしているのだろう。


その瞬間、私は確かに空に一筋の流れ星を確認した。


それはまるで、聖夜が星を以て泣いているかのようだった。


来年こそは、来年こそは、来年こそは…ッ!


願いを三回繰り返して満足した私は、再びコーヒーを口にして、天体観測を続けた。


あそこに光る星、なんて言うんだったっけな、後で彼女に聞いてみるか。


…お返しに、キャンプの機材について、色々と教えてあげよう。


流れ星は私の歪んだ下劣な心を綺麗さっぱりと持ち去って、大気圏に消えていったようだった。


徐に目を瞑り、天を仰ぐ。


一筋の涙がこぼれ落ちた。しかし、それは私のものなのか、聖夜の流れ星なのかはわからなかった。

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