妹と。③

今日の夕飯は、何となく洒落た物にしたい。


何かないかなぁ、ちょうどよく洒落たヤツ。とりあえずジャミロクワイでも聞いて考えよう。


うむ、やはりいいな。このベースかっこいいんだよ。


日本のバンドのサチモスはジャミロクワイをリスペクトしているらしい。ライブに数回行っていたほどにはファンだったので、今回の件は本当に悲しい。ご冥福をお祈りします。


そうだ、カルパッチョにしよう。


というわけで鯛を買っておいた。クーラーボックスに入ってる。


まずは火を起こし、うまく石を使って網をその上に固定する。


鯛は頭を落とし、腹を割って内臓を綺麗に洗ったら三枚下ろしにしていく。


頭は他の料理に使うので、半分に割って先ほどの網の上で火にかけておく。こうして前もって焼いておくことで、旨味を引き出すことができるのだ。


腹骨をすいて皮は残したままサクの状態にして、刺身を作っていく。カルパッチョに於いて魚は多ければ多いほど旨いので、2枚のうち片方を全部これに使った。


刺身にしたらば、次は皮目を炙っていく。バーナーを点火し、それぞれにサッと火を通す。皮もパリパリになって食感も楽しめることに加え、身も炙り状態になるので、なお旨いのだ。


これを野菜に乗せて、自家製フレンチドレッシングを食べる前にかければ完成である。


さて、次は先ほどの頭と残りの身を使っていく。2品目は鯛のリゾットだ。


残りの身と中骨も頭と同じく焚き火で炙り、火がある程度入ったら一口大に切り分ける。


まず最初に浅めの鍋を用意し、少量のオリーブオイルでニンニクを炒める。香りが立ってきたらそこに玉ねぎと、トマト缶を三分の一ほど、また白ワインを少々入れてペーストを作る。


それを別の皿に移し、同じ鍋に水をいれ、鯛の頭と中骨を煮ていく。そこに酒を少し加えることで臭みを抑える。


と同時に、他のフライパンで米と先ほどのペーストとを合わせて炒める。満遍なく混ざり合ったら、それに鯛の出汁がたっぷりと出たスープを加えて炊いていく。


米が水分を吸って柔らかくなったら、それに鯛の一口大に切った身を加えて、塩で味を整えたら皿に盛り付ける。


真ん中に少し窪みをつけて、そこに雲丹を乗せたらば完成だ。


お好みで胡椒をたっぷりとかけて召し上がって貰いたい。


△ △ △


盛り付けたカルパッチョと、持参したそこそこ値段の張る白ワインと共にテーブルに並べる。


「え、うそ、これお兄ちゃんが作ったの?凄すぎるよ!」


フフフ、そうだろう。お前の兄はただの独身男性ではないのだ。これくらいの事、朝飯前である。


「よし、じゃあ頂くとしましょうか!」


まずは鯛のカルパッチョから頂く。


うむ。旨いぞ。我ながらよくできている。


やはり、炙ってから時間が経って冷めているくらいがちょうど良いな。温度は料理において意外と複雑な要素になり有るのだ。


次はメインディッシュのリゾットに目を向ける。


よし、見た目も綺麗にできているな。写真撮ってインスタグラムにでもあげよう。実は私はかなり有名なキャンプ系インスタグラマーなのだ。焚き火の写真をUPしていたらいつの間にかバズっていた。承認欲求が満たされるのは、私のようなおじさんであっても快感である。


米を一口よそって、雲丹を一切れ乗せる。それでは、頂きます。


くぅ…ッ!旨い…ッッ!


本当に私の腕も上がったな。先日の学生達に飯を食わせてもらった時から刺激を受けて、自分でも練習してみたのだ。


「なにこれ、すごい美味しいよ!」


フフフ、そうだろう妹よ。


「こんなに美味しいんだったら、これからは遠慮なくお腹減ったらお兄ちゃんの家に押しかけるね!」


フフ、それはやめてもらいたい。


△ △ △


飯の後は私は片付けを、妹はまた熱心に仕事をしていた。全く、出先でまでこんなに働かなくてはいけないなんて、ご苦労様である。


夜になり、同じテントで床に着く。


「ちょっと、こっち向いて寝ないでよ?」


自意識過剰め。私は高貴で孤高な独身貴族なのだ。ましてや妹になど、ありえない。


目を瞑り、明日の朝飯に思いを馳せる。


サンドイッチにするか、それとも和食にするか。うーむ、迷う。


「…ねぇ、お兄ちゃん起きてる?」


…起きてない。なんだか面倒そうな雰囲気だったので、寝たふりをした。


「…寝ちゃったのかな。じゃあ、これは私の独り言ね」


なんだか深妙な空気で彼女は話し始めた。


「私、仕事が大好きで、時間があったらいつも何かしらの作業してるでしょ?そんなんだから、いつまでも恋とかできないんだろうなって思ってたの」


…恋バナ、か。


「でも半年くらい前、営業先の会社の男の人に、私一目惚れしちゃったの」


罪な男め。私の妹に好かれるなんて。今度顔を見たらとっちめてやる。


「それからはずっとそのことばっかり考えちゃって、仕事もいっぱいミスするようになっちゃって、このままじゃいけないと思って彼に告白することにしたの」


ちょっと待ってくれ。お兄ちゃんにはそのペースで語られるとちょっと辛い。


「そしたら、まぁ、振られ、ちゃって。仕事も、もっと、上手くいかなく、なっちゃって」


泣いているのか。


「それで、辛かったから、家族に頼ろうと思って、お兄ちゃんと、キャンプに来たんだけど、」


…そう、だったのか。


「今日一日、本当に、楽しかった。また頑張れそう。ありがとう、ね」


…そうか。


「はい、独り言、終わり。お兄ちゃんは、何も聞いてなかった、ってことで」


…話が終わっても、彼女はまだ泣き続けているようだった。


妹よ。何かあったら、またこうやって兄を頼れば良い。いつでも訪ねてこい。


言いたいことは色々あったが、私はそのまま寝たふりを続けることにした。


夜はまだ長い。


妹と。終

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