其ノ漢ホムンクルス成りて味覚無し・然し料理は至極成り

一黙噛鯣

NO.ⅰ 

ふと意識が目覚める。

軽くなった瞼をゆっくりと持ち上げてみる。気分も良い。

寧ろ心小風が頬に当たりくすぐったい。甘く少し苦い紅茶の香りが心地良くもある。

ゆっくりと開けた瞳に映るのは少しばかり大げさであっても目に心にも優しい。

全体的に純白を基調とした石柱と石床で創られる広い空間。

その中心は高床と成り白塗りの茶卓と椅子が並ぶ。


「お目覚めに成りましたか・・・?」

柔らかな声を掛けられると素直に頭が下がり頷く。

「どうやら上手く渉れたようで御座いますね。良かったです。ホッとしました」

思い描く風景が其処にはある。白い空間の中で背筋を伸ばし椅子に座り紅茶を楽しむ銀髪の女性。

ゆっくりたゆる幽宮の刻の流れの中で物静かに微笑む女性。

「落ち着いたならどうぞこちらへいらして下さい。

大事なお話をしなければなりませんの」

心地よく耳に届く声に促されると極々自然に脚も動く。頬と体を包む風も心地よい。


「ようこそ。鏡世界の其の境界へ・・・。

色々と知りたい事も有るでしょう?でも少しだけ私に御時間を下さいな」

長く伸ばした銀髪を細く白い指ですき小耳に掛けてると優しげ微笑む。

「まず。最初の問にお答えしますね。

・・・貴方の命は尽きたのか?つまり死んだのか?答えは否で御座います。

貴方は幾つかもある鏡世界の其の一つの何処かで目を閉じてるだけで御座います。

それがどのような状態かは私奴には判りませんの。

受験勉強に疲れ机の上に伏せて瞳を閉じているのか?

トラックに惹かれて瀕死の事故の遭って病院で昏睡しているのか?

将又、夫や妻として夜伽の後に微睡んで居るのか?

それは余り関係のないことでも御座いますの・・・」

耳に届く柔らかい声を素直に受け入れるが頭の何処かでは少し残念でも有る。

何かを期待して居たのかもしれない。それは元の世界での自分の人生に

満足してないからなのか。

それともありきたりに繰り返される日常に知らずと飽きてしまっているのか。


「大事なのは何時でも帰りて目覚める事が出来ると言うことです。

ええ。これは貴方が知る鏡世界の渉りでは御座いません。

残念そうなお顔をなさいますのね。

でもこれが大事なのですよ。とっても・・・。

鏡渉りではないとしたら?これは何と言えば良いのかですって?

簡単なものです。

これから貴方は世界を観るのです・・・。

貴方の住まう世界とは違う。六つとも八つとも言われ交り絡み有る刻の

世界の其の一つ。

其処を貴方は除くのです。傍観者とでも言えば宜しいでしょうか?

いずれ本当に鏡渉りが成される時の為の練習とでも言って起きましょう。

ええ。いつか貴方は本当に世界を渉るのですよ。楽しみにしていて下さいな。」


「さて。何故。傍観者なのか?それも又簡単で御座います。

これから貴方が覗き見る世界は・・・とても残酷で御座いますの。

其の世界には剣と魔法と戦争と死が蔓延してるのです。

とてもとても残酷で。思わず目を逸したく成る戯言が日常茶飯事ですの。

或者は生きるために他人を足蹴にし。命を奪い自ら喰らって胃に納める。

漢も女も雄も雌も自分の命を繋ぐために。少しは家族を守るためかもしれませんね。

それでも他人を傷つけ奪い殺し略奪し強姦し全ての罪を犯す

そんな場所で御座いますの。

お気づきになりましたか・・・?

ええ。そうで御座います。

私が送り出すのは貴方が初めてでは御座いません。

何人も何十人も九鏡世界へと送り出していますの。噂は聞いてるかもしれませんね。

送り出した人の殆どは世界の残酷さと残忍さ。慈悲の無さ。

目に映る光景に耐えきれななくて最後までたどり着く前に瞳を

開けしてしまうのです。

困るのです。私奴としては。送り出すのが傍観者ですのに観る事をお辞めに

なってしまう。

嗚呼。なんて悲しい事でしょう・・・。」


「でも。私奴の仕事は送り出す事しか出来ません。

そこで考えたのです。あの世界は本当に醜悪で残酷で観続ける事が

出来ないのが事実。

時として傍観者の気に触ることも有るでしょう。

ですから最初に選んで頂く事にしたのです。

・・・そう。今ならは瞳を閉じ一つ願えば良いのです。

【帰りたい・・・】と一つ願えば良いのです。

さすれば再び其の瞳を開けた時には元の世界で目覚めることが出来るのです。

貴方自身がお決めになって頂いて結構ですの。


これから渉り観る世界は本当に醜悪で醜くて残酷で不快かもしれませんの。

それでも貴方は紡がれる世界のひとつの物語を観てみますか?


【Yes/No?】


その日。ふたつ目の村に野盗共が襲いかかる。

一刻の前に野盗共は最初の村に襲い好き放題に村人達を陵辱してしまう。

暴力と血に飢えた野盗共は流れた血の少なさに幻滅し物足りぬと感じると

全身に付いた返り血を拭おうともせずに近郊の村。

新たな獲物を求めて駝鳥馬を奔らせる。

遠目に見え始めた見張り台の上の守人がそれと気がつく前に太長の槍が胸を貫く。

警鐘が成り始める前に村を囲う木杭壁に野盗共がたどり着けば

跡はよく観る光景だった。


村の漢が棒と鋤を掲げで愛しい我が妻を守ろうと立ち上がれば

駝鳥馬の上から手斧が投げつけれ頭が割れる。夫の体が地面に崩れ落ちる前に

野盗が妻に覆いかぶさりもどかしくも衣服をめぐりあげ己の欲望を満たす。

開いたままの夫の遺骸の瞳の前で恥辱と屈辱に塗れ妻が腰を振る。

歳はの行かない子供さえその手の趣向を持つ野盗に好きに勝手に引きずり回される。

ついさっきまで皆で囲んだ夕食の卓の上で脚を開く姉。

未だ幼年の弟が漢に頭を抑えられ無理に股間に顔を埋める。

全てが終わるまでは未だ少しの時間が掛かるだろう。

楽しむだけ楽しんで騒ぎを聞きつけて掛けて来る騎士団がやってくる朝の

ギリギリまで戦兵崩れの野盗共は陵辱と殺戮を好きに勝手に楽しむつもりである。


栗色の髪をお下げに結んだリランはいつも面倒を見ている年老いた老兵爺の家の前

其処に置かれていた腰掛け板を前に倒し其の影に出来るだけ体を丸めて屈む。

隣の老兵爺の体には頭に二本。胸に三本。四肢に一本と鏃が突き刺さる。

ヒュっと音が耳に成ると六本目の矢が老兵の体を貫くと火の手が挙がる。

油火矢だったのだろう。

毎日の様にリランの頭を撫でてくれた老兵爺体がボッと音を立てて燃え上がる。

「ひっ」当然上がった炎に驚き漏れる悲鳴を口に手を当てて飲み込む。

小さな椅子柵の向こう側をドスドスと戦斧を担いだ戦野盗が水たまりを革靴で

踏んで歩く。


戦野盗が襲う二つの村の空高く。大鴉が一羽と舞う。

彼の目を借り大地を観れば深々と木々茂る森。其の細道を三台の馬車が突き進む。

前を奔るのはこの地域では珍しい戦槍を積んだ武装場所だ。

場数を踏んだ山賊でさえ。それが戦槍馬車と知れば逃げ帰る。

本来は戦で使われる代物だ。

前に進む戦槍馬車を遅い遅いと責め立て追うのがこの馬車主の馬籠であるが

それは先に進む一大より一回りも二回りも大きく拵えてある。

珍妙と言えるその形には短いが鐵煙突さえ付いている。

最後の倉庫馬車の手綱と握る馬従者は必死に馬の尻を鞭打つ。

後ろの荷台の中身は対して必要ないかもしれないが前を奔る主人馬車を

見失うわけには行かない。

もしそうなれば自分の命だけでなく愛しい家族まで主人の罰を受けることに成る。

荷台馬車の馬従者は死にもの狂いで馬鞭を振り上げる。


運が良かったと言ってもそれは参回だけだった。

四回めには稲穂狩りの戦鎌を握った野盗に見つかる。

「お嬢ちゃん。俺らがいくら馬鹿でも木椅子の後ろに隠れてるってのは

馬鹿じゃないか?上手くやったつもりでも可愛い尻が見えてるぞ?ぐひひ・・・」

自分の命も今日・今この時で終わりだと悟るとリランは覚悟を極めて立ち上がる。

「少々。華奢ではるが尻は尻だ。漢の味を教えてやるからな。ぐふふ」

にたにたと下卑た嗤いを口元に浮かべリランの頭を抑えようと手を伸ばす。


恐怖で体がこわばり動けないはずのリランは腕を上げる。

其処に何か有るように。其処を観るべきである小さな手を掲げ示す。

「今更だぞ。誤魔化そうとしても無駄だぞ。」

気まぐれか悪戯としても。この状況でふざけるとは馬鹿だなと思いながらも

小さな頭に手を乗せ掴む。キチンど逃げられないようにしてから後ろを確かめる。


少女の頭を掴んだ野盗が頭を巡らす。

それはいつも自分達が毎日の様に村を襲う其の光景とあまり変わりない。

広い広場をその対面にやたらとごつい馬車が止まる以外は・・・。


ふぅふぅと鼻息を霧と吐き出し鐵蹄で地面を足踏みめ馬が脚を止める。

先頭に止まった戦槍馬車の扉がバタンと音を立てて乱暴に開けられる。

黒い影がトンと地面に脚を付けて飛び降りると辺りを一瞥する。

胸に隆起があると知れれば女性か雌かと知れるがその姿は異様と言える。

頭の上から上半身のそれまで黒細革帯の鎧が覆う。

目を凝らせば体を覆う革鎧は細い革板帯を乱雑に重ね結んだ者としれる。

知る者が知れば常に快楽を求め時に自分の体を貨幣と考える独特の思想を持つ

亜人の女であろう。

きつく体を拘束する革帯の鎧をギシギシときしませて動くがその仕草は滑らかで

女性ぽい。

辺りを一瞥しながらも動きを止めず馬車隊の主人が籠もる馬籠の扉を開ける。

バタンと音がしてごそりと何が動くと中から踏み台が出される。

ヒョンと宙を飛んで亜人が中から飛び出る。

小柄の姿は密林に済む猿顔の亜人であろう。

中から飛んで出てきたのは脚踏み台を汚さないための気遣いだ。

自分の立場をわきまえれば当然の事である。踏み台は主人が踏む物であり従者が

汚すものではない。


「間に待っただろうか?間に合わないと困るぞ」澄んだ高音が近辺に響く。

コツコツと踏み台の上を黒光りする革靴が踏みしめ声の主が聞き正す。

「当然で御座います。領地騎士団等に遅れを取るはずも御座いません。

見た所。未だ盗賊共はピンピンしております。宴もたけなわで御座いましょう」

大地に脚を下ろし付け黑燕尾服の裾を引っ張り姿勢を正し自らの目で確かめる。

「云々。間に合ったのは良き事だな。しかも丁度いい塩梅に

仕上がってるようである。

何より。何より・・・云々。・・・さて。推してまいろう」


白革手袋を引っ張りしっかりと手に馴染んでる事を確かめると

黑燕尾服の漢は顔を上げまっすぐと歩き出す。

まず・・・その横に軽装革鎧を着込んだ小柄の猿顔の漢が仕え並ぶ。

馬従者が必死に鞭を奮ったおかげでなんとか引き離されずには済んだ物の

ガタガタと揺れすぎ腰をしこたま打った漢が尻を擦りながら巨体を揺らし漢が

右側へと並ぶ。

後ろには黒革鎧の女性が棘鞭の柄を固く握る。其の隣には馬車の取っ手を握り

一段一段を踏み台を丁寧に降りてきた白布のドレスの女性が並ぶ。

髪も白ければ其の肌も白く。ドレスも白色と成れば先に並ぶ黒革鎧の鞭使いと

対と成る。


都合五人の珍妙な一段のその先陣を切るのが黑燕尾服の漢で主人である。

少し伸ばした黑髪を七と参に非対称に撫で分ける。

伸ばした髪の奥に隠れる瞳は凛と紅く燃え対に覗ける瞳形は細く来れる。

鼻筋がキリリと通れば薄い口。三角顎と成れば其処に薄黒い黒子が一つ。

確かに巷の女が好む顔立ちだが、実際は漢の方に良くモテる。

寧ろ太り腹の出た貴族が幾らでも金を出すから抱いてくれと哀願して

床に頭を垂れる。

背も叩く一般的な家屋では頭をぶつける事も良くと有る。

「銀縁眼鏡をお掛けになれば宜しいのに」と白い女の進めを固く拒む癖に

相当な近眼で有る。

細身では有るがしなる体と長い腕は使う技の斬れを妨げない。

時に癖となる大げさな仕草にも長い手足がよく映える。


ずさりすざりと土埃を踏みしめ五人が進む。

大きな馬車が騒ぎの中でに止まれば戦野盗も女の尻に手を置き見入る。

「なんだぁてめぇ~~~。邪魔しに来たのか~~~?」

運が悪かった。突き進む五人に気がついたのは戦野盗の大頭の漢だ。

野盗大頭のその体は大きい。熊と組み合っても負けない体を力を持つ。

だからこそ戦堕ちした野盗漢達を纏め上げていられるのでもある。

愛用の鐵金槌をズリズリと地面を引きずり跡を刻み黑燕尾服に迫る。


「邪魔だけはゆるさねぇ~~~。其の顔潰してやるぅ~~~」

人を殺し犯す快楽に溺れれば歯止めは聞かない。

元より体はでかくても頭は回らない。

「死にやがれ~~~」グイを腕を振り上げ宙に重い鐵金槌が鈍く光る。


ドンっ。

空気が裂ける。

空間が歪み野盗大頭の体が弾ければ血と腸が飛沫を上げて飛び散る。

血飛沫と内臓が飛ぶ中に一閃。

白革手袋が舞う。時が止まった中を手袋が奔る。

飛んで散らばる腸をの一つ肝臓。二つと心臓。

それを白い革手袋が掴むと残りは時が動きびちゃりと大地に

転がり跳ねて染みと成る。

「よく運動してるようだ。然し使えるところが少ないとは残念で有る・・・」

白革手袋の中に掴かみ収めた野盗大頭の心臓は未だどくどくと脈打ってもいる。

わざわざそれを選んで掴んだのであろうがすぐにそれを左に投げる。

時間が惜しいのだ。一つ一つ吟味し選んでいれば獲物が逃げる。

最もそんな事などありえない。つまりは楽しんでいればこそで有る。

投げられた心の臓と肝臓を猿顔が受け取ると冷水を含ませた布で手早く包んで

主人にぶつからないように身を返し向こう側の鐵バケツを持つ太っちょに渡す。

仮に出た一行で一番大事な仕事を担うのが太っちょで有る。

腹のでた太っちょは起用であり繊細な指使いを技としている。

猿顔が投げてよこす。獲物の腸を素早く鐵バケツの中にしまう。

ただ、しまうのではない。後で使う時の事をちゃんと考えて一定の空間の中で

正しく取り出せるようにと気を使って並べて行く。


一瞬だった。

黑燕尾服の漢を邪魔者とし当然の如く殺しに掛かった自分たちを束ねる

頭の体が弾け飛ぶ。

良くは見えなかったかもしれないが一閃ひらめいた跡に黑燕尾服の漢が

手に収め握り手下に預けたのは血の滴る内臓だ。

それが野盗大頭の体の一部で有るとはすぐに知れる。

猿顔の亜人が布を巻き、太っちょが受け取り鐵バケツにしまい込む。

よほど大事に使うと言うことだろう。


「一つや二つでは到底成りません。足りないのだ。

皆の者。ひとつと残さず刈り取ってしまえ。存分に集めるぞっ」

丹精な顔立ちの下に冷酷な笑みと下劣な笑みを浮かべ漢が叫ぶ。

甘唾も弾け飛んだろう。

「御意・・・」

主人の言葉が耳に届く前に黒革鎧の亜人が宙に飛び。白肌の女が地に這いずる。

その日。参度目の策略が始まった。

獲物と成るのはついにさっきまで村人を餌食にしていた戦野盗の命と腸と成る。


主人の下知が飛ぶと黑と白の影が跳ねる。

自分が獲物の達に成った事を悟る前に黑革鎧の女が振るう棘の有る鞭が

戦野盗の顔に巻き付く

「うげっ」

グルグルと巻きつき顔に食い込む棘の痛みが顔に突き刺されるとグイと

そのまま体が揺らぐ。

強く引かれた棘鞭にたぐり寄せられる野盗の顔を褐色の手で掴む。

そのまま空高くと体を持ち上げ一瞥すれば。そのままの勢いで硬い地面に

叩きつけてやる悶絶し断末魔が上がる前に野盗の頭が地面に叩きつけられボキリと

骨が折れ体が崩れ堕ちた。

ビュンと革鞭が遺骸の上を跳ね先端に付いた刃物が食い過ぎで膨らんだ腹を

裂いて開ける。

黒革鎧の女が次の獲物へと腕を振り上げる後ろで絶命した野盗の腹肉が裂けて開き

鮮血と未だ温かい腸が飛び出る。それを猿顔の亜人が器用に受け止め主人の側を歩く

太っちょにムカッて放り投げて行く。


黒革鎧の女を対を成す白い女は武器と呼べる物を持たない。

だからを言って甘く考えるのも又、浅はかすぎる。

「何者なんだっ。何様なんだ。俺達はグリングルの生き残り・・・」

別の野盗が白い女の前に立ちはだかり戦棒を構えた途端に白い女が前に跳ね

手刀一つで喉に穴を開ける。

己の素性を名乗れば臆するかとも思ったのだろうか?

確かにグリングルの戦事で生き残ったのならそれなりに地獄を見てきた兵

だったのだろう。

然し白い女に取っては何の意味もなかった。

五指を揃え突き出した手刀は野盗の喉に穿って丸く穴を開ける。

それで絶命と成ればぐいと手刀を引き抜き鮮血染まる腕に紅い舌を這いずら

せベロリと舐めて魅せる。

其の間にもざっくりと割れたドレスから四肢を晒し絶命したばかりの野盗の胸上に

脚を乗せるとそのままグイっとひねりつつ力を咥える。と

んでもない脚力なのだろう。

人の体の一点に力が加わり歪む事は遭ってもそれが膨らみ弾けると

成れば尋常な力ではあり得ない。

胸部の一点に圧力が加えられ血袋と成った野盗の体が膨らみ千切れ弾け飛ぶ。

「ちょっとは手加減してくだせえよ。せっかくの材料に土が付くんですよ

ちょっとは拾って回るこっちの身にも成ってくださいよ。妹様」

勢いよく膨らみ弾け飛んだ腸を地面の上に転がる内蔵を広いながら猿顔が

苦言を漏らす。

「フンっ・・・」仲間の苦言など耳に届いていないのだろう。

次の順番は自分だと悟った野盗は火矢筒を構えるもガタガタと怯え震えるしか

出来はしない。


「お前たちは何者なんだ?何がしたいんだ・・・?」

ボウボウと体に刺さった火矢に体を蝕まれる老兵の体の横で怯えるリラン。

野盗仲間に襲い狂う女達の狂喜乱舞の惨殺風景を瞳に映すと

禿頭の流石にリランの頭から手を話す。

つかつかと黑燕尾服の漢はリランの目の前まで来ると邪魔する禿頭の顔を

白革手袋が掴む。

禿頭の顔を掴む手を伸ばし一応の距離を取りつつも反対側の手を

燕尾服の胸に手を置き腰を折る。

「栗毛のお下げが良く似合っておりますよ。

貧相な村に置いて置くのは勿体ない位可愛いですね。お嬢さん。

その可憐さに敬意を評し・・・腕を奮ってご覧に入れましょう。

お嬢さん。何か食べたいものはありますか?ご遠慮無く申して下さい」

がっしりと掴まれた頭から白手袋を引き剥がそうとバタバタと

暴れる剥頭の野盗風情。


目の前の惨状をも意に返していないのだろう。それも日常的な戯言なのだろうか?

この状況の中でも怯える少女リランにもきちんと礼儀を通す。

村は襲われ人は焼かれ自分の命さえ堕とし兼ねない所で見知らぬ燕尾服の漢が

助けてくれる多分そうではあるろう。

それにしても未だ続く惨劇の中で食べたいものは何かと聞き正す。

もしかしたら野盗共の次は自分かもしれない。

もしそうなら最後に少し我儘を言っても良いだろう。

「えっ・・・えっと。お肉が食べたいです。私のお家は貧しくて・・・」

おずおずとリランは口にする。

「お肉ですか・・・。ふむ。そうですね。

新鮮な素材が手に入りましたからね。個々は豪勢にステーキコースなんて

如何でしょう?」

未だジタバタと足掻く禿頭の野盗の顔を握る手に力を込めて握り潰しながら

燕尾服の漢が再び問いかける。

「えっと。それは食べた事ないです。・・・お肉なら何でも」

もじもじとリランが答える。

「云々。大丈夫でございますよ。私にお任せ下さい。全て。

極上至極のステーキを御馳させて頂きます。・・・お前達・・・」

パンパンと大きく白革手袋を打ち鳴らす黑燕尾服の漢。

それが下知と成るのは明白で有るが打ち鳴らされる手袋の音の前に黒革鎧の女も

白い女もそれぞれに自分の獲物のほとんどを狩り尽くしてる。

多くとは言えないにしろ命を拾った輩も居るが・・・。

「逃げるなよ・・・」黒革鎧の女が震え上がる野盗を一言告げ睨む。

両手に握った武器をドザリと落とし降参の証に両手を高く上げるしかない。


その日二度目と三度目の惨劇の場所となった一つの村広場。

黑燕尾服の漢に背を押されリランは鼻息荒く土塊を踏む馬車の近くまで案内される。

「足元にきを付けてくだいよ。お嬢さん。

下賤な輩の血が貯まりと成っておりますからね」

丁寧に優しげに黑燕尾服の漢に導かれ歩み寄ると二台目の馬車の側に食卓が

置かれている。

簡素な物ではなく貴族が使うちゃんとした物だ。

普段歩き回る土道の上にはきちんと底板台が置かれその上にふかふかの絨毯が

敷かれる。

其処に置かれるゴテゴテとやりすぎな程に装飾された食卓が据え置かれ

これも又、やりすぎじゃないくらいにこれでもかと飾り作るられた椅子がある。

「これから料理となりますので少しお待ちを。亜科葡萄酒をと言いたい所ですが

お嬢さんには少し早いでしょう。代わりに蜜柑水を用意させましょう。

それではしばしお待ち下さいませ。栗色のお下げのお嬢様」

黑燕尾服を着込むとすればやはり貴族であろう。

それにしても優雅に貴族礼をしてみせる漢。


然しリランの瞳に映る光景は凄惨なもので有る。

何しろ夕方までは極々平和に村で過ごし。

火矢で体を燃やし死んだ老兵と楽しげに談笑していたのだ。

それが夕方を過ぎ野盗が雪崩込んで来てから状況は変わる。

名と顔を知り親しい村人の大半は死んでしまっただろう。

それで済めばましだったろう。

今と成っては其の野盗も黑燕尾服の一党の手先に体を切り裂かれ内蔵を奪われて

遺骸と成る。

異様で有るのはいまだその意外が地面に転がった儘だと言うことだ。

野盗のはなった火矢が家屋を燃やす。

其の回りには内臓は抜かれた儘の遺骸が目玉を開いたまま放置される。

余りにも凄惨で余りにも悲惨な場所で黑燕尾服の漢は食事を振る舞うと言う。

それを楽しめる事などもないだろう。

それでもリランは椅子の上に座り体を固くして待つしか出来ることはなかった。


ガタンと音が成って椅子に座るリランの小さな体がビクンと跳ねる。

音が成った方を見れば大きな馬車の横扉が開いてゴトゴトと何がが出て来る。

良くと見れば馬車の後ろで太っちょ漢がずんぐりとした指で鉄輪を回している。

鉄輪がクルリと回ると横扉がゴトリと動く。

音が成ると横扉が開き馬車の仕掛けが姿を現す。それは厨房だった。

焜炉や調理台と様座な調理道具がずらりと並ぶ。

これなら馬車に似合わぬ煙突の理由も良く知れる。

黒燕尾服の漢が旅の住処とする馬車は厨房馬車だ。

戦事や名の有る冒険者の狩団。もしくは貴族証人の商旅団には多いかも知れないが

大きさはともかくそれを個人で所有するとはよほど酔狂なのだろう。


「お下げのお嬢さんを余り待たせてはならないからな。

お前達ちゃちゃっと仕事したまえ」

主人の下知が押して来る前に四人の従者達は小走りに動き回る。

馬車に据え付けられた焜炉窯の後ろに太っちょが体を丸め薪を起き

フゥフゥと荒い息を掛けて火種を大きく作るとそれを窯に入れる。

反対側では自分用の踏み台の上に脚を乗せ何処か楽しそうに猿顔が

調理器具を布で磨く。


村の光景には場違いな豪華に拵えられた食卓の椅子の上で小さい体を

震わせるリラン。

「大丈夫ですよ。貴方を襲った輩は遺骸に成りましたし。

誰も貴方を殺そうとなんかしませんわよ。私達を含めて・・・」

悪党野盗共の体に其の白いで手一本で穴を開ける白い女性が優しげに硝子杯に

トクトクと心地よいリズムで蜜柑水が流れ込む。

瓶を持つ白い女の手にはすでに一滴の返り血もついてない。

馬車の後ろ手で水でも浴びたのだろう。

淑やかな仕草で蜜柑水を次ぐ其の肌には水雫がうっすら残り色香さえ甘く乗せる。

「有難う御座います・・・」

リランの頭の中に幼い弟の事が思い浮かび聞きたいと思うが想いをしまい込む。

すでに野盗に囚われ慰み物にされたか

それとも誰かが上手く逃してくれたかだろう。

どちらにしても弟は此処にはいない。

「あの・・・」注がれた蜜柑水を一気に喉に流しそれでも癒えない乾きを満たそうと声を上げるその前にリランの気持ちを察し白い女がお代わりを硝子杯に

注いでくれる。


黒燕尾服の漢は拘りが強いのだろう。きっと潔癖症でも有るはずだ。

馬車厨房の焜炉窯の中で炎がパチパチと弾けるとその前にすっと立つ。

すぐに後ろから手を回し薄桃色のエプロンを黒革鎧の女が付ける。

横から背低い猿顔が踵を持ち上げ背伸びし菜箸を高く掲げる。

焜炉の上に鐵平鍋が置かれると取っ手を握り高級品の熊手絞りの油が惜しげなく

注がれる。

器用に手を回し熊手油が行き渡ると前菜の材料が放り込まれる。


オードブルは深みの有る小さな肉塊と野菜添え。

皿の上にこじんまりと乗せられる肉塊にとろりとソースが掛けられる。

小さい1片であるのはリランの小さい口に合わせてだろう。

口濡らしのスープ

新鮮な野菜と深みの有る茸。そして乾燥麺麭の四角切が浮かぶ。

スープの色が紅色なのはきっと苫東を磨り潰したものだろう。多分・・・。

ポワソン

魚料理と言うよりは海鮮海藻の盛り合わせに近かい。

リランの村は山界隈の土地だから丸皿の中に盛り付けれられる

それらは目新しく味も新鮮だった。

ソルベ

リランは口にした事のない不思議な食べ物だ。

雪みたいな丸い形をした食べ物の所々に茶色の粒が交じる。

黑紅いソースは甘酸っぱく匙で救うと冷気が指先に伝わる。

訝しながらも口中に運ぶとそれは舌の上で甘く柔らかく溶ける。

「美味しい。甘くって・・・」目を丸くして思わず見上げる白い女の顔が

嬉しそうに頬えむ。

いつか又食べて見たいと思える味でもあり。

後の時に黑燕尾の漢に強請る事もある好物となる。


ヴィアンド

今も昔もそして今日のこの日も客を饗す黑燕尾服の漢の腕の魅せ所で

彼自身も最も緊張しそして楽しみな瞬間と成る。

「今宵のメインディッシュ。

在る動物の肉塊を鐵平鍋で焚いた物です。巷で言うならステーキと申しますね。

今日のステーキは逸品ですよ。なにせ仕入れたばかりの新鮮な物を

すぐに調理したのですから」

白手袋で鐵板皿の取っ手を優雅に掴み音一つ立てずにリランの食卓の上に置く。

食べやすいようにだろう自身自ら肉切り包丁を握り一口大へと切り分けもする。

すぐにフォークが卓の上に添えられる。

ジュウジュウと鐵板皿の上で油がパチパチと跳ね肉汁が漏れ泡と成る。

芳醇な香りに鼻孔が擽られリランは我慢できずにフォークを握りしめ身を乗り出す。


ふと・・・狂気が胸に警告を発する。

(或る動物の肉塊・・・仕入れたばかりの新鮮な物)

・・・それは何を意味するのだろうか?或る動物とは何だろう?

胸に湧き上がる悪寒に怯えそれをリランは吐き出す。

「食べなければどうなりますか?もし拒んだら・・・」

少なくてもその権利は在ると思った。

それと知っているのだろう。少しも驚かずに黑燕尾服の漢が答える。

「御心配為さるものでは有りませんよ。お下げのお嬢さん。

もしそうであってもすでに遅いですし。美味しいとわかってる物を食べたいと言うには無理があるでしょう?

それにもし食べて頂けないとしたら。・・・次にそうなるのは貴方かも知れません」

冷たくそしてそれが事実で在るとリランは知る。

目の前のステーキの材料が考える物と同じだと知る

しかもそれを拒めば次に自分がそうなるとも告げられる。

怖くないはずはない。幼い少女には残酷な決断で在ると誰もが知るだろう。


漢の言葉を聞いて確かに一瞬リランは手を止めた。

一瞬だけだ。

目の前にある肉塊に口中で鍔が貯まる。

食べてみたいと心に欲が渦巻くとそれは止まらない。

フォークを持った右手が勝手に動き肉塊の一個を突き刺すとジュワっと肉汁が

流れ出る。

持ち上げる肉塊の匂いにつられ瞼が閉じる。

美味しい物の味を深く味わう為だ。

パクリと口の中に肉塊を放リ込み舌と顎で噛み潰す。

「おっ。美味しいっ」余りの美味しさにリランは椅子の上で跳ねて飛ぶ。

程よい硬さと口の中に広がる芳醇な甘さ。溢れ溶ける肉汁。

長くはない人生で初めてたべる肉塊の本当の味。

少しの間、口の中で咀嚼する快楽を味わうと小さな喉がコクンと動く。

肉塊を飲み込むとすぐに次の塊をフォークで刺しも仕上げる。

今度は一度鼻先の前で動きを止め香りを味わう。

再びパクリと口を開けて肉塊を味わう。

「おやおや。お気に召したようですね。良かった。良かった。

云々。腕を奮った甲斐があると言うものです。料理人身寄りと誉高い物です」

腕を奮った自分の料理を少女が貪り食べる。その仕草が誇らしいのだろう。

少女の傍らで背筋を伸ばし黑燕尾服の漢は凛と立つ


「貴方様のお名前は・・・?」

メインディッシュ・デザート。

そして最後迄優雅にと桜花を浮かべた紅茶を呑み尽くすとお下げの少女リランは

問いかける。

「一介の料理人で御座います。去る御方が御造りになられたホムンクルス。

その失敗作。

親代わりの者が降りませんでしたので自分で名を付けました。

・・・アイゼンホルヌ・トヌン・ソープ。それが私の名前です。お見知りおきを」

白手袋を胸に当て一人の少女に恭しく黑燕尾服の漢は頭を垂れ其の名を名乗る。


アイゼンホルヌ・トヌン・ソープ

この世界に只一人と存在を許されたホムンクルスで在る。

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其ノ漢ホムンクルス成りて味覚無し・然し料理は至極成り 一黙噛鯣 @tenkyou-hinato

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