白煙

 ただ諾々と移ろわぬ日々だけが過ぎていく。

 与えられた課題、命じられた業務、押し付けられた言伝。

 持つべき疑問も、生じるべき葛藤も、在るべき抵抗も、何も無いままただ生きている。

 上げた声は黙殺され、挙げた拳は無いものとされる。

 何時からだろう?

 この“日常”を壊したくなったのは。日常を失いたくなったのは。

 生まれた時から?

 この世界を変えると決めたあの日から?

 ソレを助けたあの日から?


 ――“ヒーロー”になる。


そんな夢を信じていた頃もあった。確かにあったこの夢も、記憶の奥底に埋没していく。

 共に笑い在った、共に歩んだ俺の“守るべきもの”はもう何処にもいない。

 一体“誰の”ヒーローになりたかったのだろうか。どんな“ヒーロー”になりたかったのだろうか。


 ――どんな“ヒーロー”になれたのだろうか。


 俺は“ヒト”によって悪役とされた。“悪人”とか“頭の可笑しな奴”とか、そんなタグ付けを削除することはもう出来ない。仕方が無い。これは、仕方のないこと。

 結局、誰も、“ヒト”には勝てない。

 安定した暮らしは上流階級の者が占め、その下を中流階級の者が埋め尽くし、僅かな残りを下流階級の者たちが奪い合う。これが“ヒト”の世であり、“地球”における種の生存構造である。

 この先も、碌でもない権力者に碌でもない命令を下され、碌でもない毎日を消費するのだろう。もう、自分一人ではどうしようもない事だ。

 


 “正義”とは、常識に抵抗すること。これは勘違いだった?

“正義”ってなんだろう。常識が“正義”?


――もういいや。


 赤いきつねの白煙は、青年に内包する負の感情のその全てを奪い去って、“狐”に思い出をギュッと詰める。

 それが、青年と“キツネ”が創出する、唯一無二の“アカいキつネ”で、その味は倖せに染められていた。


 ――こいつも此処にいる。

 ――此処に倖せがある。

 ――“ヒーロー”がいる。


 それでいい。それがいい。

 だから、明日も“アカいキつネ”を――。

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アカいキつネ 鈴乱 @shibafu_

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