煙と空

小玉空

第1話

 堂々と輝く月が指で掴めそうな夜、私はベランダ母親の残した酒をちびちび飲みながらまた煙草も飲んでいた。季節は十月と秋真っ只中であるが昼は暑く、朝夜は寒いとなんともめんどくさい季節であった。

「祐樹!私の酒どこやった?」

母が一階でわめく。頭を掻きむしって反応する。

「俺が飲んでる!」

「あんたまだ十九でしょ!なにやってんだが・・・」


 私は高校を卒業してからすぐに地元では大手の自動車を製造する会社に勤めた。やっとのことで会社の人たちと馴染め、今では仕事に対する不満やストレスは一滴もない。だが何かが足りない、満たされない。愛する人も喉から手が出るほど欲しいというわけではなく、もともと無欲なので欲しい物はない。本当は何が足りないのかわかっていた。私の人生史上最も刺激を貰った彼、上戸であった。彼がいなければ私はどっかで身を投げていたかもしれないと胸を張っていえるに値する人物であった。彼とは高校一年の夏休みに深く関わり、そこから高校卒業までを共に唯一の親友であった。彼が今どこで何をしているのかは私には皆目見当もつかない。何をやっていてもおかしくない破天荒な奴で、また類を見ないやさしさの持ち主であった。私は月を眺めながら彼との出来事を思い起こした。


 私は内気で勉強もそれほどできるわけでもなく、また運動音痴であった。中学では大したトラブルも起こさず、休み時間に暇を潰す友と呼べる存在もいた。だがその平穏な生活は高校入学と同時に潰えた。多少の勉強をして家から少し距離はあるものの志望校に合格できた。だが近所の友人はみな近くの私の高校より少しレベルの低い高校に入学した。入学して早々私は孤独を味わった。休み時間は一人で本を読むか、終わっていない数学か国語の課題をやっていた。

 そして更に私を苦しめたのは部活であった。一年生は全員どこかの部に所属しなければならないという我ながら糞な制度であった。それに合わせて就職するには運動部の方が有利とかいう理由で私は辛酸をなめる覚悟で陸上競技部に入部した。結果は地獄であった。短距離長距離ともに私はいつも尻で陰口を言われるのに時間は必要なかった。私は途方に暮れた。本当にこの高校でやっていけるのか、もういっそどこか逃げ出してしまいには死んでしまおうか、様々な葛藤が私を襲った。だがそんなことを考えているうちに夏休みに入った。

 夏休みの部活もつらいのは今だけで驟雨みたいなもんだと己に言い聞かせた。初の大会で惨敗を味わったその日の夕焼けは異様に明るく鬱陶しかった。帰り道はいつもの道とは違う方向を歩いた。項垂れて歩いていたので自分がどこにいるのか分からず私は救いようのない馬鹿だと己を詰った。夕飯の匂いの中に煙草の臭いがした。その時の私は何故だかその煙草の臭いが気になって風に乗せられた臭いに導かれるように歩いた。

 入り組んだ住宅街のなかに一つ異様に目立つ木造建築の家があり、正面に玄関、車が一台、庭は少し、石垣で周りと隔て、二階の窓から煙が立ち上っており、人がいる。私は大層驚いた。当時の私の身長は百六十八センチメートルくらいであったが窓から煙草を飲んでいる彼は明らかに私より背丈の低い可愛らしい童顔の男であった。だが妙に凛々しい、一言で片づけるならかっこいい、そんな風貌の男であった。何を思ったのか当時の私は藁にも縋る思いであったのでこの男に救済を求めた。

「ねぇそこの君。僕にも一本くれないか。」

確かに私はそう言った。今振り返ると滑稽そのものだ。投げかけられているセリフが彼に向けられていることを彼は瞬時に理解したらしく、当時の私をみてまだ未成年であることもまた理解した。定かではないが私が助けを求めていることも理解したと今の私は思っている。彼は屈託のないスマイルを浮かべ、

「少し待っていてくれ。今玄関の扉を開けるから。」。

階段を降りるドタドタという音がして彼は玄関をガラガラと開けた。遠目で見たので服装が分からなかったが彼は甚平を着ていてなんとも粋があると思った。

「お入り。」

「お邪魔します。」

二階へ上がる。上がってすぐにトイレ、右に彼の部屋、その右に物置部屋がある。彼の部屋に入ってすぐに私はまた驚嘆した。畳によく整頓された大きめの本棚が二つ、窓辺に小さな机、その上に焚かれたお香と本と煙草、襖、箪笥といい意味で現代らしくないなんとも風情のある部屋だった。

「吾輩の名前は上戸雄之助。君は?」

彼の一人称が吾輩であることに違和感を覚えつつも私は返答した。

「祐樹。」

「そうかい。で、吸うかい。」

そういって机の上にある煙草をとり、ソフトパックだったので煙草をすっとして取り出し、私に差し出した。持ち掛けたのは私だったがそれを恐る恐る受け取る。

「まずは咥えて、火をつけると同時に空気を吸い込んで。さすれば火が付く。最初は吹かしがいいだろう。」

「吹かしって?」

「煙を肺に入れずに口の中で転がしてゆっくり吐き出すことだ。」

言われた通りに煙草を咥え、貰ったマッチで火をつけた。口を膨らませなんとなくで煙を転がし、ゆっくり吐き出す。当時の私は美味しいとは思わず顔を顰める。咽はしなかった。

「次は肺に入れてごらん。煙を口に含んだまま息を吸って。思いっきりがいいだろう。」

これも言われた通りやる。途端大きく咽た。それを見て雄之助は、はっはっはと高笑いをした。私は言葉にしにくい不思議な気持ちに苛まれた。高校の先生に見つかったら言葉を挟まず、川の流れのごとく指導対象にされるこの行為、普段の私なら先生の怒号が目に見えている事なんて絶対にしない。理由は怖いからだ。先生に対しては勿論のこと、それよりも周りの目が気になって仕方がない。だが彼といるとどうだ。当時の私のサンチマンタリスムも深く関わっているだろうが、彼となら何をしても嘲笑とは違う、いわば真冬の時期に温かな飲み物を飲んだ時のような一切の迷いのない直撃する幸福の笑いだった。

 その後、上戸と一緒に二、三本ほど吸いながら談笑した。驚いたことに彼は同じ高校生、更に同じ高校ということだった。父はおらず母が居酒屋を経営して生計を立てており、上戸が何をしても大抵のことを許諾するのはきっとそのせいだろうと彼自身察していた。私は談笑中煙草の煙をしっかり肺に入れていたので咽ながら、またくらくらしながら相槌をしているので精一杯だった。

「吾輩の話はこれくらいにしようか。君の話を、何でもしてくれ。」

上戸は彼なりの気を使ってくれたらしい。私はその日誰にも話したことのない身の内の不安や葛藤、憔悴を上戸に全てぶちまけた。彼はずっと頷いていた。

「なるほどな・・・よし、明日は部活を休んで吾輩の家に来い。そして部活用品を全て持ってきなさい。いいな?」

当然私は乗り気ではなかった。彼の家から出る際、彼が地図を見せてきて私の家までの帰路を確認させてもらい、彼の家の電話番号をもらった。会話の記憶も鮮明とはいえず、当時の私の心情も転がるおむすびのようだったのでとにかく、これが私と上戸との出会いというわけであった。


次の日、私は言われた通りに部活を休み上戸の家に向かった。住宅街にある小さな畑に向日葵が太陽に向かって元気に咲いていた。その時私は初めて気づいた。私の心が窮屈だったことに。

 「やあ、早かったじゃないか。」

彼は家の外で麦わら帽子に甚平をきて車に大きな荷物を詰め込んでいた。車の中に上戸の母親が乗っていて私を見るなりニコニコ笑った。

「乗りたまえよ。」

彼に言われた通り乗る。

「こんにちわ。」

「こんにちわ。」

上戸の母親に挨拶をして車に乗り込んだ。上戸の母親は上戸優子という名で親しくなってから私は彼女を優子さんと呼ぶようになったのでこれからそう記述させてもらう。優子さんは一言で言うと美しい人だった。いつも大きなピアスをしていて髪はロング、服装は上戸とは違い如何にも女性らしい服装をしていた。

 彼が何を企んでこんなことしているのか見当もつかず、ただじっと冷房の唸る社内で座っていた。すると上戸が助手席に乗り込む。

「祐樹、今日は楽しもう。」

「どこへ行くの?」

「お楽しみ。」

「それじゃ出発するわね。」

僕の不安を置いてけぼりにして車が走り出した。私たちは優子さんを含めて談笑をした。上戸は友達を滅多に作らない質で優子さんは私が来たことに対して驚き、喜んでいた。談笑は私に対する優子さんの質問攻めがほぼだった。私が質問を答えるとうちの息子はね・・・と話し始め、またそれに対し上戸が答える。恐らく私が今までで最も笑った時間であった。話しているうちに辺りは木々繁る森の海に突入していた。誰もいない、無理をすれば駐車場と呼べる場所に車を留めた。川の流れる音に耳を澄ませる、大きく息を吸う、思わず微笑む。

「いい場所だろう。さあ、テントを張ったら川遊び、虫取りに花火、美味しいものを食べて星を見よう。

「え!ちょっと待ってそんな急すぎるよ。」

「大丈夫。祐樹の両親には話しておいた。存分に楽しもう。」

彼がもし友達を作る質だったとしてもできないだろうと思った。そこからテントを張り、彼の言った通り川遊び、虫取り、優子さんが作ったうまい焼きそばを食べた。家に帰った後の両親の態度を考える暇もなく遊んだ。まだ幼い私の童心が上戸によってするする戻ってきた。すっかり日が暮れた。森の探検から戻ってきた私たちのために優子さんは薪をくべていた。

「じゃあ私は外すわね。どうなっても知らないわよ。」

だが優子さんは何処かへ行ってしまった。それに気を取られて上戸が私の荷物を漁っていることに気付かなかった。

「なあ祐樹よ、学校、仕事、今の君で言う部活、どうしてもやらなくちゃならないことは人間の成長において言わずもがな重要だ。ただ人によっちゃそれは柵になる。吾輩は君を気に入った。できれば友人で居てほしい。吾輩が今からする行動で君が吾輩を嫌い、もう一生関わらないと決断をしたらば、それもやむなし。今から君の柵を燃やす!」

「待ってくれ!」

彼は私のユニフォーム、ランニングシューズほかすべて私の部活用品を燃え滾る焚火の中に放り込んだ。だが私は動かなかった。自分で動かないと決断した。今動いて彼を止め、友達を辞めて帰路に就いたら私は地獄を選んだことになる。私は地獄に行きたくない。そう考えたらだれが足を動かしたいと思うのだろうか。私と上戸は火防人のようにただ撓る炎を眺めた。

 少し時がたち、上戸は星を見に行こうと言い出した。暗い夜道を懐中電灯で照らしながら森の静謐を歩いた僕たちはやがて開けた場所に着いた。言うまでもなく星が悠々と輝いて。そこには煌びやかな月も添えられていた。上戸があの時と同じように煙草を差し出してきたので私は簡単に受け入れた。もう咽はしなかった。

「上戸、ありがとう。」

「どういたしまして。」

それ以降会話はせず、黙って煙草を飲んだ。高校一年生、私が暗闇の中から光に照らされた思い出である。


 次の日、私は言うまでもなく両親にこっぴどく叱られた。そのまま部活を無断欠席し退部した。上戸は初めから部活に所属していなかったので私は上戸の家に入り浸った。私は高校を卒業するまで上戸の家に邪魔しており、普段の日常は彼の家で教科書でしか名前を見たことのないような文学を読み漁り、煙草を吸う、酒を少々、飯を食う、たまにあてもなく出かけるといった高校生らしくない非日常を体験した。

 私たちは二年生になった。そんな二年生のある冬の日のことである。私は上戸の家でシャインマスカットと煙草、上戸はチョコレートと煙草を満喫していたとき、彼が突然こんな話をした。

「君は三年生の福田晴美を知っているか。」

「知らない。」

「晴美には彼氏がいたんだがその彼氏が掃き溜め同然の男でな、彼女はその彼氏に騙され複数の男に強姦されたそうだ。」

「本当かい?」

「掲示板に書かれておった。晴美は今不登校らしい。なあ祐樹、吾輩は非常に苛立っている。晴美がどういう女か見当もつかんが一人の女子が傷つけられたことは事実だ。私は屑を成敗する。」

当時の私は非人道的なネタで自慰を行っていたので上戸の顔をしっかり見ることができなかった。

 何はともあれ彼は本当に晴美の彼氏に果たし状を送ってしまった。そして無関係の私も同行することになってしまった。全く彼の気まぐれの正義の振りかざし方と言ったら横暴ったらありゃしない。だが私は彼の数少ない、いやたった一人の友人だから彼の底抜けの優しさを知っている。

 散歩中、道端で老若男女問わず困っている人がいたら上戸は迷わず話しかける、路頭に迷っていたら必ずエスコートする、金が必要と言ったら迷わず金を渡す。彼はいつも和装なので話しかけられた人は明らかに驚いた顔をする。だが助けられた人はその和装に親近感すら湧くそうだった。だが彼は同い年や自分に年齢が近い人には滅多に助けない。理由は今も知らない。私個人的な見解としては上戸は大分大人びているので若者の失礼な態度や雰囲気が嫌い、もしくは若いから自分の力で抗って克服しろ、みたいな意味合いがあると感じた。だからあの時私に救いの手を差し伸べてくれたのは幸運だった。そして晴美も。

 時刻は放課後の十七時、私と上戸は学校から少し距離のある廃工場で晴美の彼氏の到着を待っていた。ただでさえ肌が乾燥してボロボロに崩壊する厳しい冬の季節に喧嘩をするなんて上戸のエネルギーは一般人からしたら驚嘆物である。

 ここでさりげなく”喧嘩”という言葉を使用したが私は今まで喧嘩なんてしたことはない。だが私は上戸に絶大な信頼を置いていた。彼と銭湯に行ったとき初めて彼の真っ裸を見たが彼の私服姿からは想像もつかないほどの筋骨隆々さであった。その訳を問うたところ上戸は一人の時間が多い故に日常的に体を鍛えていて、また独学で格闘技のような何かを練習しているとの返答がきた。初対面の男にこの話をされたら自慢話にしか聞こえないが上戸のする話なのでなんとも頼もしい。だが私たちはだれでも予測できるであろう事態を予測していなかった。

 晴美の彼氏がやってきた。だが”彼”ではなく”彼ら”であった。それを見た上戸は

「すまない、君にも戦ってもらおう。」

と言った。

相手の人数は五人。先輩だからかただならぬ気配を感じて私は背筋が震えるのを覚え、萎縮した。

「吾輩はお前たちがした非道を裁くためにここに誘った。歯を食いしばってもらう。」

「あ?なんだこいつ。」

一人の男が嘲る。

「ハッ!」

上戸が気合の掛け声を今までにない声量で放つ。それを聞いて男たちがぴくっと動いた。その刹那上戸は走り出し一番前に突っ伏していた男を飛び蹴りした。後ろの男たちがうわっと言い飛んできた男を避けた。私は自然と自分の顎が糸で引っ張られたみたいにずり落ちていく感覚がした。そして本当に口が開いているのに気付いたのは数秒先の事だった。

「この野郎!」

と無謀にも上戸に殴りかかった男もあっけなくパンチを躱され勢い余ってすってんころりん、倒れたところ首を思いっきり踏まれ、情けなく涎を垂らして気絶した。私はなんだか楽しくなって上がる口角を下げることが不可能に思えた。残りの三人は怖気づいてそそくさと逃げて行った。

 ふぅと息を吐いて落ち着く上戸に近づき私は上戸を褒めちぎった。辺りはもう暗闇に包まれその中の薄月と星たちをより一層目立たせた。

 その出来事から数日経った私はもはや流れ作業のように上戸の家に訪れた。チャイムを鳴らすと上戸はなんだか興奮して早く中に入れと催促した。当時彼は巻煙草を吸っており机の上には乱雑にちりばめられた煙草の葉と巻紙、フィルターがいつも置いてあったがその中にいつもと違う何かが置いてあった。それは手紙であった。

「晴美からだ。まだ封を開けていない。見よう。」

手紙にはうろ覚えだがこんな旨の内容であった。

「私は自分の女としての尊厳を踏みにじられたことに対して酷く衰微していました。身を投げようとも思いました。クラスメイトからとある二年生があの下衆共を成敗したとの吉報が届きました。驚きました。あなたの真の目的は分かりませんが一切の関りを持ったことのないあなたが危険を冒してまであの男たちを懲らしめたことに対して少なからず私の心に光が差したことは疑いようのない事実です。まだ元の生活を取り戻すのには時間がかかりますがあなたの正義に感謝します。重ねてお礼を申すときにまた手紙を送ります。」

 上戸はこれを読んで突然ハッハッハッと高笑いをした。

「これだよ。これこそが私の目的だよ。ハッハッハッ!」

私も笑った。だが同時に私の無力さと上戸とのあらゆる違いに少し悲しくなった。その日吸ったヴァニラ風味の煙草はいつもよりうまかったので私は嬉しい反面やはり悲しかった。


 三年生になった。上戸も私も進学希望ではないので廃人のように机と向き合い、椅子に鎮座する必要はなかった。秋の事である。上戸の家のチャイムを鳴らすと彼は何時にも増して興奮して戸を開けた。上戸の部屋に入るといつも煙草やら本やら置かれている机に見慣れない植物がポリ袋に入っていた。

「これはなんだい?」

「大麻だ。」

「吸うのかい?」

「ああもちろん。君は?」

「私は遠慮しとくよ。」

さすがに気が引けた。だが上戸が大麻は依存性が煙草や酒よりも少ないだとか飯がいつもよりうまく感じるらしいからピッツァを頼んでおいたとか大麻の蘊蓄を饒舌に話すので興味が湧いて仕方なかった。ピッツァの配達が来たので一先ず受け取り彼はよしっと期待に目を輝かせ吸う準備をした。乾燥した花冠を刻んで煙草の葉に混ぜ、それをいつもの要領で紙に巻いていく。

「今の人間がどうしてバタバタ死を選ぶのか、君にわかるかい?」

「世の中が不条理だから。」

「それもあるだろうが吾輩はね、求める力を失ってしまうからだと思うのだよ。機械のように生きる人間はもはや人間ではない。やりたいことはやるしやりたくないことはやらない。でもやらなければいけないことはやる。そういう社会の取捨選択の中でぶち当たる壁を吾輩は真っ向からぶっ壊してしまうのだよ。吾輩は君との平穏な生活を望んでいる、人を助けることを望んでいる、やりたいことを望んでいる。他所からみたら悪なことだが吾輩にとっては生なのだ。」

私が彼に引き付けられる所以であった。彼は人間に生まれたことを酷く喜んでいた、人間を謳歌していた、私とは真逆の存在、月と太陽。

 上戸は迷いなく火をつけた。だが吸い終わっても何も起こらんと思った矢先、彼は体が重い、頭が痛い、とふらふら床に寝転がった。嗚呼、実に人間らしい。私は倒れている上戸の横でピッツァを齧った。

 高校を卒業した。私は自動車工場に、上戸は母親の貯金で旅をすると言い出した。そして別れ際にこういった。

「もう祐樹とは関わらないようにするよ。吾輩は君の人生の枷になる。もし次何処かで出合ったとしても話しかけないようにする。本心を言うととても寂しい、最後にこれを。」

そういって彼は髪束を渡してきた。枷になるといいつつ枷を渡す上戸に笑った。最後に友人のハグをして私たちは別れた。その時の私の心情は寂しさはもちろんの事、私だけで前に進む門出として気を張っていた。だが家に帰ると嫌に涙が溢れてしょうがなかった。彼はなにをしているだろうか。私はあなたのおかげで優しく勇敢な人になれた気がします。ただありがとう。私は寝支度をして床に就いた。


 上戸が死んだ。上戸の母が葬式に招待してくれた。親族はすくなかった。上戸は日本をずっと旅していたらしい。酷くぼーっとしていて葬式の事は何も覚えていない。もとよりいつ死んでもおかしくなさそうな人であったが実際に死んだと伝えられて私は空っぽになった。上戸の母は涙で目が腫れていた。無論私も泣いていた。

「息子の母親で本当に良かった。あんな立派な子供そうそう居ないわ。今際の際まで人のために動くなんて・・・」

「え?優子さん、上戸は何故亡くなったのですか。」

「轢かれそうになった子供を庇ったのよ。」

それを聞いて私は顔をくしゃくしゃにして泣いた。彼は私の上戸のまま、彼の尊厳を保ったまま死んだ。私はそれが何よりも嬉しかった。時がたって外に出ると月が悠々と輝いていた。私の一生の親友、上戸に

線香とは違う煙、二人だけの対話をして私は歩き出した。

 

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煙と空 小玉空 @kodamakara

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