俺はカップ麺が嫌いだ

みかん畑

俺はカップ麺が嫌いだ


 幼少期、母親はその少年にカップ麺を食わせなかった。周りの友達が旨そうに食べてるのを少年は不思議な気持ちで見ていたものだ。


 一緒に食べるかとよく聞かれたが、少年はいつも決まったセリフで答える。


「食べちゃいけないって言われてるから」


 他の友達が一斉に食っているのをただ見ているだけ。物欲しそうに見られるのが嫌で、いつからかそんな場になるとこっそり姿を消すようになった。


 少年と友達の間に壁を作ったカップ麺。


 俺はそんなカップ麺が嫌いだ。



 好きなアニメを見ていると、必ず間に入ってきたコマーシャル。アニメの続きが気になりながらも少年はつい見入ってしまう。コミカルなメロディーが少年の耳に響く。きつねやたぬきといった陽気な言葉が好奇心旺盛な少年の心を突いてくる。軽やかなメロディーに乗せられ奏でられる温かい世界。それでもその世界は少年の心には泡沫うたかたの世界だった。


 少年にはかない憧れを抱かせるコマーシャルのカップ麺。


 俺はそんなカップ麺が嫌いだ。



 少年は青年となり実家を出た。知り合いもなく、右も左も分からない土地。そんな遠く離れた場所での一人生活が始まった。一人生きることになった夜、晩飯にと青年が手に取ったのはカップ麺「赤いきつね」だった。少年時代に憧れた楽し気な世界が今の自分の空っぽな心に必要だとでも思ったのか。


 ぎこちない手付きで湯を注ぎ、きっちりと時間を計る。時間がきて箸を割る。でっかいアゲを一口食う。汁をすすり、麺も啜る。我武者羅がむしゃらに食い続けた数分間。二十数年の人生で初めて食べる赤いきつねは青年の身体と心をただ温め続けた。その夜、青年は泣いた。心につかえていた何かが氷解する。ありのままの自分がそこにいた。


 孤独な青年をただただ温めたカップ麺。


 俺はそんなカップ麺が嫌いだ。



 青年はいつしか二児の父となった。父となり、親の子を想う気持ちを初めて理解した。母親の手作り料理の価値を理解した。それでも少年時代の儚い憧れは消えない。父は我が子にカップ麺を食わせる。食いたいなら食わせる。父も食う。そうしてごちゃごちゃした気持ちを全部まとめてすすり上げる。


 俺はカップ麺を食う。赤いきつねを食う。でっかいアゲを食う。いつも変わらない味を食う。俺は変わってもこいつは変わらない。くそったれ、うめえじゃねえか。


 ああ、もう、俺はこんなカップ麺なんて大っ嫌いだ。


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俺はカップ麺が嫌いだ みかん畑 @mikanbatake

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