第2話 ターコイズの指輪 💍 VOL.2
生きて行くうえで支えとなり得る誇りが、ひとつ、ひとつ、剥ぎ取られていく。
それはある意味「生きている価値がない」と宣言されているようなものだった。
そんなスズが、絶滅危惧種的(笑)専業主婦の最後の拠りどころにしていたのは、
――最愛の家族のための、完璧な健康管理。🥗
だったが、病を押しての日々の積み重ねの成果は、結果となってあらわれてくれ、そろそろ中年の域に達するシンは、むかしと変わらずスリムな体型を保っているし、前足への負担を考えて獣医師から体重制限を指導されているリガルも同様だった。
だが、正直なところ、そのささやかな貢献を他のだれにも認めてもらえないのは、吹き荒れる野分に抗う一本杉のように心細くさびしかったし、張り合いもなかった。
家族写真の年賀状を送りつけて来る友人はもちろん「丈夫に産んであげられなくてごめんね」と詫びてばかりいる両親にも、何ひとつ問わず、スズの身体だけを案じてくれる義父母にも、毎晩帰宅は10時過ぎで、妻の体調がわるいときは家事、看病、リガルの散歩までこなしてくれるシンにも、率直な胸の内を話せるはずもなかった。
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
スズのような立場にとっては辛い祝日である「勤労感謝の日」の夕方。
子どものいる同僚に頼まれて休日出勤していたシンが早めに帰宅した。
コートのポケットから大切そうに取り出したのは、ターコイズの指輪。
――スズさん、いつもありがとう。
10回目の結婚記念にと思って。
地中海を思わせる誕生石の群青色は、華奢なスズの白い指によく似合った。💍
肩をふるわせている妻を気づかう夫が、オズオズ差し出したのはレジ袋で……
――赤いきつね 🦊
緑のたぬき 🐻
そこにはクリスマスカラーの丸いカップ麺が、仲よく3個ずつ押し合っていた。
赤く潤んだ目を丸くしているスズに、シンは慎重に言葉を選んで語ってくれた。
👦
健康診断の結果が今年もまた「オールA」だったので、産業医に褒められたこと。
「この年齢では珍しいよ。きみ、賢い奥さんを持ったんだねえ」と称賛されたこと。
でも、たまには肩の力を抜き「一所懸命」を休むのも大切かなと思ったこと……。
🐶
空気に敏感なリガルが前足移動でやって来る。
そのリガルを膝に乗せ、ぎゅっと抱きしめる。
そして、スズは声を放って号泣していた。💦
👩
社会から無視されていた専業主婦の誇りを、医療のプロから認めてもらったこと。
言葉には出さなかったけれど、シンさんがスズにいつも感謝してくれていたこと。
肉が苦手な妻のために、鰹節と昆布だしの和風カップ麺を選んでくれたこと……。
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
明くる日から、スズは専業主婦としての自分に、過分な引け目を抱かなくなった。
偏頭痛とはまだまだ縁がきれそうもないが、人生、意外に公平にできているはずという確信めいた気がしないでもないので、苦労した分だけの至福が待っていてくれるかもしれないと思えるようになって来て、文庫本持参でのカフェ通いも復活させた。
🔴🟢 🔴🟢 🔴🟢
そして、シン&スズ&リガル、仲よし3人家族のキッチンの保存食コーナーには、定番の水、缶詰、レトルト食品、ペットフードに加えて『赤いきつね&緑のたぬき』の丸まっちい丼が絶賛参加中(笑)である事実を付け加えておきたい。(*´▽`*)
ターコイズの指輪 💍 上月くるを @kurutan
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