最終話 ダメAIはお礼を言うのもメンドクサイ・後編

「いやあ、なかなか面白い人間でしたね!」


 帰りの車中、ベン子はいたく上機嫌な様子で、ステラという人間に対する感想を口にした。


「あいつのことは、昔から苦手なんだ……」


 対称的にシズカの方は、失敗した料理を胃袋で処理した後のようなゲンナリした表情で、ハンドルにもたれかかってうなだれていた。


「ほらマスター、信号青に変わりましたよ」


 言われてシズカは面倒くさそうに体を起こし、車を発進させた。運転手の気持ちを反映しているのか、車の加速も鈍いように感じられる。


「なあ、ベン子」

「はい、なんでしょう」

「あいつのところに行きたかったか?」

「え?」

「やたら話が合ってたみたいだしな。本当のところ、私よりもステラのところにいたいんじゃないかと思ったんだが」


 シズカはもちろん運転に集中しているので前だけしか見ていないのだが、それはベン子と目を合わせないようにしているようにも感じられた。ベン子はそんなシズカに少し意地悪してやろうかとも思ったのだが、もう十分普段とは違うシズカを見られたので、ここは素直に自分の気持ちの通りに答えることにした。


「そんなわけないじゃないですか。私のマスターは、マスターだけですよ」

「……そうか」


 普段ベン子の前では大人ぶっているけれども、もしかしたら本来のシズカは、ステラといるときのように、もっと感情を表に出す性格なのかもしれない。いや、それも違うだろうか。ベン子といるときのシズカも、ステラといるときのシズカも、どっちも本来のシズカなのだと思う。

 ベン子だってそうだ。シズカといるときの自分。クマダといるときの自分。カナエといるときの自分。全部違う自分だけど、全部本来の自分だ。ただコミュニケーションする相手によって、見せる面を変えているに過ぎない。

 だからシズカも、たぶんまだまだベン子が知らない面を持っているのだと思う。それは別に嫌なことじゃない。むしろ面白いと思う。知らないって、面白い。人間は、面白い。





 長かったドライブも終わりに近付いてきて、風景も見慣れたものに変わってきた。雪解けもすっかり済んで、見渡す限りの田畑では黒々とした土が作物を植えられるのを待っている。

 ステラは片田舎と馬鹿にしていたけれど、視界を遮る障害物の少ないこの景色が、ベン子は好きだ。シズカと一緒に散歩をしたこの景色が、ベン子は好きだ。


「帰ってきましたね」

「ああ」


 研究所の駐車場に停車すると、ベン子は助手席から飛び出して一目散に駆け出した。


「走るなよ。どうせ私がロックを解除しないと、中には入れないぞ」

「いいんですよ!」


 両腕を広げて走り出し、力いっぱいジャンプして入口の前に着地する。あまり派手な運動をするとメンテナンスが大変なんだぞと怒られるかもしれないけれど、とりあえず今は気にしない。


「マスター!」


 振り返ってシズカの顔を見ると、自然と笑顔になった。ベン子は思う。


(人間も、笑ってるときはこんな気持ちなのかな)


 そしてベン子は、今まで言おうと思っていたけどメンドクサイと思って言っていなかった言葉を、出力することにした。


「私、マスターに作ってもらって良かったです!」

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ダメAIは充電するのもメンドクサイ 機械科ボイラーズ @kikaikaboilers

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