三
私はマリカを助けられなかった。その厳然たる事実だけが私の前に横たわっている。
二十年も生きてきて、どうしてこんなに無力なのだろう。あの面接官の言う通りだ。私は今まで何をしてきたのだろう。二十年間、寝てたのかな。その割には苦しかったのだけれど、あれは全部夢だったのだろうか。
選ばれることなく机に座っていられた他の同窓生よりは、色んな経験をしてきたつもりでいた。その蓄積の分、人の役に立てると思っていた。けれどそれは、私の思い上がりなのかもしれなかった。仮に人より多くの経験知を有していたとしても、それが今の私の足を引っ張っていることに変わりはない。経験は糧ではなく枷となった。
中学時代、私の隣の席で授業中も遊んでいた男子は、医学部に行ったらしい。当時の友達から聞いた。彼の特権性のことはともかくとして、私は彼のことを尊敬しようと思う。人を助けることが出来るのは、自分の経験を過信せず、絶えず知識を搔き集め続けた者だけなのだから。
*
マリカの死から一年が経った。私は相変わらず仕事に追われ、頭を下げ続ける日々を送っていた。
キミ先輩が寝たきりになったという知らせを受けた。例の、マリカの友人としてインタビューに答えた仲間からだ。ああ、そうか、こうやって人は終わっていくんだ。悲しかったが、涙は出なかった。マリカのことを心から悼むことも、まだ出来ていなかった。
手の甲の蚯蚓腫れは、いよいよ肉腫と言うべき醜さを呈し始めていた。私と先輩、どちらが先に果てるだろうか。近いうちに、会いに行くと決めた。あの葬儀の日が最後のお別れになる前に、もう一度彼女の手に触れよう。そして伝えよう、一緒に闘ってくれてありがとうと。
ある朝ふと、自室の硝子窓で濾過された光に目を細めながら、色んな地獄を見てまわろう、と思った。これまでだって決して楽じゃなかったけれど、それすらもぬるま湯に思えるくらい酷い目に遭うべきだ。私たちには、他人と比べて自分の痛みを矮小化してでも、前を向かなくてはならない時があるのだ。幸いなことに身体は動く。様々な環境に身を置き、苦しみ、けれど決して膠着状態には陥ることなく次へ行く。何も為せなくてもしばらくしたら場所を変える。身に覚えがなくとも、物心つく前に選択したのだ、そうやって歩いて行くと。
二十一歳の春、私はようやく、私になれた気がした。
魔法少女後遺症 椎人 @re_re_re
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