二
「普通の子の何倍も真面目に頑張ってきた私たちが、どうして社会復帰から始めなきゃいけないんだ!」
仕事に忙殺される中で湧き上がるのは、そんなどうしようもない怒りばかりだった。
就職して数か月働けていたから、社会復帰は達成したと言えるのだけれど、しかし私の心持ちとしてはハローワークの殺風景な白い部屋で面談をしているも同然だった。自己分析シートと向かい合って自分があまりにも空っぽな人間であることに涙を零した日から、ずっとそうだ。人より頑張った自負があるのに、人より遅れを取っている。自分の半生が全否定されるような屈辱感を抱えながら働いていた。
だから学生気分と言われるのかもしれない。マリカの葬儀に出る前日も、沢山叱責を浴びて帰路についた。もはや葬儀で戦友たちに再会するのが楽しみですらあった。マリカが死んでみんな悲しいのに、私って最低だ。
大人になると、真面目であることに価値はなくなる。相場がそう決めているからだ。「いい子」は希少価値ではなくなった。大人になればほとんどの人は、自己実現のために真面目になれる。なれてしまう。子どもの頃にいくら遊んでいようが、つまり真面目に努力する練習をいくら怠っていようが、彼らは大好きな自分のためなら真剣になれるのだ。
そして努力は人並み以上にできてしまうが自己決定が苦手な子どもたちは、人生の舵取りを大人に委ねてきた
数日前に見たマリカの死に顔は思い出せないのに、一年前に見た面接官の顔は今でも覚えている。角刈り、黒縁眼鏡。脂ののった浅黒い肌。歪む唇。彼は履歴書の「学歴・職歴」の欄を指差している。
「去年の高校卒業以降の記載がないけど。一年間何してたの?」
――魔法少女として、人知れず世界の平和を守っていました。
当然、そんなことは言えるはずもない。
「そこは、あの、学校生活で色々あって、療養中……でした」
嘘。学校生活は楽しかった。マリカたちと過ごした日々のことで、どうして心や身体を病むことがあろうか。
履歴書に書けない行間の部分。そこに私たちの苦闘はあった。
けれどそんな事情は、世間にとって至極どうでもいい。彼らにとって、視界の外の世界のものは、存在しないのと同じなのだ。見ず知らずの人が払ってくれた犠牲の上に胡坐をかいて、己の努力一つで身を立てたかのような顔をしている。沢山の人が、無自覚のうちに。
*
後遺症による死が、魔法少女の存在を認知しない人々からどのように見えているのか、私には分からない。けれど彼らの表情を見ていると、死んだマリカが格好の消費の対象として目されていることは分かった。好奇の目は仲間たちにも向けられる。私は「亡くなった鴻池マリカさん」について尋ねられた時は、あえて「魔法少女」や「肉腫」といった専門用語を交えて話した。初めのうちは頭のおかしい奴として一笑に付されたが、次第に私の言葉尻から真意を読み取ろうとする人々が現れた。真意なんてないのに。「魔法少女」が何のメタファーなのかを、真剣に考察するスレッドがインターネット上に立てられた。そんなこと考えたって時間の無駄なのに。
他人の生死に高尚な意味を見出そうとするな。学ぶな。刺激を受けるな。考えさせられるな。あの子は、あの子たちは、あなたたちの教材になるために死んだんじゃないんだよ。
テレビの向こう側で、私と同じく取材を受けた仲間が「亡くなった鴻池魔吏華さん」について語っている。彼女がどんなにいい子だったかを。
「信じられないです、この前会った時はあんなに元気だったのに」
私にとってはどれもこれも実感の伴わない言葉だった。けれどそうやってメディアに求められた姿を演じる心境も、理解出来る。恐らくこの子はまだ、魔法少女を卒業できていないのだ。彼女自身に責任があるのか、それとも周囲の環境が彼女にそうさせないのか、どちらかは分からないが。
彼女が消費されない個になれる未来がなるべく早く来ることを願って、私はテレビを消す。その手の甲に、蚯蚓腫れのようなものが出来ているのを視認した。
あの時握ったキミ先輩の手にも、同じものがあった。彼女のものは私のより少し大きい。私のこれも、少しずつ大きくなっていくのだろう。
静かな絶望があった。
魔法少女たちは、その青春時代を闘いに投げうった後は、用済みと見なされ、社会から零れ落ちる。腫物扱いを受ける。大人の都合で使い捨てられる。視界の外の世界をなきものとする社会を、つつがなく経営していくための装置。それが魔法少女だった。
私たち子どもは、大人の世界を守るために機能し続けた。私は道中で倒れてしまった子たちの骸を何人も見てきた。闘い抜いたけれど呪いに蝕まれて命を落とす子もいる、マリカのように。彼女たちの死は、本人の心や身体の弱さに起因するものではなかったと思う。きっと本当は、誰もが誰よりも強かった。彼女たちは弱かったのではない。弱っていたのだ。疲れて果てていただけなのだ。本調子の彼女たちなら、誰にだって負けないはずだった。
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