夜のある町・郡上八幡

北風 嵐

第1話 夜のある町・郡上八幡

『夜がある町・郡上八幡』


私はたまにふらりと遠出をすることがある。思い立ったらその日だ。車では行かない。時にはスケッチブックを持って行く。大抵は写真を撮って家で描くのだが・・。郡上八幡に行きたいと思った。『寅さん』の映画か何かで観たのだった。

水がともかく綺麗なところというイメージを持った。橋の上から綺麗な清流に子供たちが飛び込んでいるのをテレビで映していた。今なら、ネットで検索なのだろうが、中学校社会科地図帳を広げた。テレビや新聞で気になる地名が出たときは、もっぱらこの地図帳を広げて確認するのが僕の癖である。

 

JRの美濃加茂駅から電車が出ていて、この辺だから名鉄の電車だろうと思った。日帰りのつもりで出かけた。新幹線で岐阜羽島まで行き、近鉄線で岐阜まで行く。JRに乗り換えて美濃加茂に着いて、隣のホームから電車が出ているという。名鉄ではなく長良川鉄道というローカル鉄道である。

1時間に1本がやっとの電車である。電車が出たばかりで、次の時刻表を見たら、何と!1時間後の時間に白い紙が貼ってあるではないか、ダイヤが変わったのだ。12時台だったから、午後の2時台までないことになる。ホームには同じ列車に乗っていた孫連れの老人とだけである。いかにローカル線かが、これでわかる。

 駅のホームから田舎ホテルが見え、昼のバイキング1500円の垂れ幕が見えたので、そこで時間をつぶそうと思った。ビールを1本取ったが2時間は長い。

 

ホームに行くと、先ほどの孫連れの一組がホームのベンチにいた。2時間おとなしく待っていたことになる。岐阜の町まで行っての帰りであろうか…。長良川に沿って1両の電車はのんびりと走った。

長良川の清流沿いはアユの釣り人の姿が多く見られた。途中、駅の構内に温泉があり、休憩所もあって、電車の客は無料で入れるとのことであった。次の電車までしばし温泉気分に浸れるのである。私は日帰りの積りであるから、先を急いだから残念ながらパスした。

郡上八幡まで1時間と少しかかったろうか、3時を過ぎていた。駅前には何もなかった。街中は少し歩いた所だと言われた。郡上市の人口は4万5千人程であるが、きょうみの市は広域だからそうなのであろうが、八幡の街中は1時間もあればぐるりと1周できるほどである。


 

郡上といえば、郡上踊り。踊りといえば郡上といわれるぐらい、夏の踊りを抜きには語れない。約400年もの歴史を持ち、国の重要無形民俗文化財に指定されている。踊り屋形流しや、式典が行われる発祥祭から、屋形送りと提灯行列が行われる踊り納めまでの間、延べ33夜にわたり催される。

 社会福祉士の通信教育のスクーリングを名古屋で受けたかげんで、スクーリングに来ていて親しくなった郡上でケアマネをしていた女性が、「夏になった毎日踊るのよ。囃子が聞こえてくると落ち着かないの」と語った。彼女が浴衣姿で踊る姿が浮かんだ。

 個人・団体・地区対抗・変装踊りなどの各種コンクールや、城下町花火大会、8月13日から16日までは「徹夜おどり」が開催され、夜8時から翌朝まで踊り明かし、特に「徹夜おどり」期間中は延べ17万人もの踊り客で賑わうそうである。地元の人も観光客も同じ輪に入り踊って楽しむ。郡上おどりは〈見物型〉ではなく〈参加型〉といわれるほど、だれでも自由に輪の中に入って踊ることができるのが魅力だと、彼女は語っていた。


郡上八幡の綺麗な水を生かした生活の知恵に水船というものがある。郡上八幡特有の水利用のシステムで、湧水や山水を引き込んだ二槽または三槽からなる水槽のうち、最初の水槽が飲用や食べ物を洗うのに使われ、次の水槽は汚れた食器などの洗浄。そこで出たご飯粒などの食べ物の残りはそのまま下の池に流れて飼われている鯉や魚のエサとなり、水は自然に浄化されて川に流れこむしくみになっている。

そのほとんどは個人の家の敷地内にあるので、なかなか目にふれることはないが、観光用に設置されたものが町のあちこちにあり、町歩きで乾いた観光客のノドをうるおすのに一役かっている。行ったときは、初夏の頃であった。一口飲んで、夏の炎天下にはこの天然の味は堪えられないだろうと思った。

 

もう一つ僕が推奨したいものに、この町の夜がある。ぜひ、この町の、店が閉まる前から閉まってしまった後の街をぶらついて欲しい。3時過ぎに着いて急いで町を見ても日帰りは無理と思った。スケッチもして帰りたかったので、町中にある民宿に泊まることにした。6時を過ぎていたので夕食は外でしてくれとのことであった。近くの民芸風の店で食事を済ませ、街を歩いた。なんだか、タイムスリップしたような懐かしさを感じた。この感じはどこからきているのだろう?

 

ガラス障子戸の下駄屋さんがあった。大きなお店であった。きょうみ、下駄を履く人はほとんどない。さすが、踊りの町である。8月の1か月で1年分を稼ぐのであろうか?どの家々も簾(すだれ)をしていて、窓は開け放たれ、簾越しに部屋の中が垣間見える。ステテコ姿で団扇を持った老人、アッパパと称した簡単着を身に着けた中年の女性。クーラーをつけていない家が殆どなのである。清流が流れるこの町はそれだけで涼しく、無粋なものはいらないのである。それが昭和の30年代の町中を思い出させたのである。

飲食店を除けて店は7時には殆ど閉まる。夜のとばりが町をおおう。郡上八幡はコンビニがない町である。勿論、パチンコやなんてものは町中にはない。7時以降は街灯だけの夜の街になる。久しぶりに夜がある夏風情を味わったのである。


白い貼り紙を見たときは少し恨んだが、今となっては一泊してよかったと思う。玄関の下駄箱の壁には郡上八幡のスケッチ絵が架けられている。僕の記念すべき水彩画の第1号である。あわてることはない。人生の教訓である。


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夜のある町・郡上八幡 北風 嵐 @masaru2355

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