第14話 お母さんの家

「おーい、終わったぞ」

「うっ……」


 終わったと言われたので、恐る恐る目を開けた。

 リザベルの右腕は血塗れになっていて、地面には潰れた頭の男が転がっている。

 今日の昼ご飯はとっくに過ぎたけど、今日の晩ご飯も要らない。


「もう帰るんだよね?」

「そうだな。まずはここから黒服の男の夢に移動する。そこで夢結晶と男の名前と住所を教えて貰って、助けた報酬の450万ダカットを地上で貰う。そんな感じだな」

「うん、それでいいから家に帰して」


 無料で助けるつもりはないみたいだ。

 夢の中だけでなく、地上まで追い回される喪服男がちょっと可哀想だ。

 でも、今はそんなのがどうでもいいと思うぐらいに家に帰りたい。


「ちょっと待ってろよ。住所を聞き出すから」


 地面と空しかない世界のままだけど、いつの間にか喪服男の夢の中に移動したみたいだ。

 あんなに探した喪服男が地面に座り込んでいる。その男にリザベルが向かっていく。


「おい! 何でお前達は突然消えたんだ⁉︎ あの化け物はどうなった⁉︎」

「倒してやったに決まっているだろう。約束の報酬500万ダカットを貰いに行くから名前と住所を教えろ」

「何だと! 証拠を見せろ! お前達があの化け物とグルになって、俺から金を巻き上げるつも——」

「うるせいなぁー!」

「はぐう‼︎」


 興奮している男を落ち着かせる為に、リザベルが男の顔面をバァチンと平手打ちした。

 顔面をビンタされて男は狼狽えているけど、さらに胸ぐらを掴んで脅している。


「分かってるならさっさと寄越せよ! 嘘の住所教えたら殺すからな! いいな!」

「はい! はい!」

「そうそう。最初から素直に払うと言えば、痛い思いをしなくて済むんだ。今度からはそうするんだぞ」

「はい! はい! すみません!」


 助けたお礼を貰う話には聞こえない。明らかに路地裏のチンピラだけど、クズ妖精だから仕方ない。

 喪服男の名前と住所を聞き出すと、「もう帰っていいぞ」とリザベルが言った。

 それで助かったと安心したのだろう。男の身体が金色に輝き始めた。

 どう考えても悪夢は終わってないけど、男には良い夢になったみたいだ。


 ♢


「あれ? アイツらいない。帰りやがったな」

「そんなのいいから、僕を家に帰してよ」


 黒扉から夢見の館に無事に戻ってきた。

 リザベルは第三王女リゼットと妖精オルクスを探しているけど、見つからないみたいだ。

 僕は何度も言うけど家に帰りたい。精神的にもう限界だ。

 今日は仕事じゃなくて、誘拐犯に怖い場所に連れ回されたとしか思ってない。


「そうだな。俺も腹減ったし、こいつの換金は次でいいか。じゃあ、ミリアさんの料理でも食べに行くか」


 リザベルが夢結晶が繋がったネックレスを持って言った。

 家に送ったらすぐに帰って欲しいのに、タダ飯まで食べるつもりのようだ。

 でも、文句を言っても意味はないので、さっさと連れて行ってもらおう。


 リザベルと手を繋ぐと、白い床に金色に輝く六芒星の魔法陣が浮かび上がる。

 激しい光に軽く目眩がして、目を開けると僕は家の台所に立っていた。

 安全安心のお母さんの家に帰れたみたいだ。

 夢界にいたのは短い時間だったけど、長い悪夢を見せられていた気分だ。


 ……良かった。男の身体に戻っている。

 自分の身体をペタペタ触って無事を確かめた。どこも問題なさそうだ。

 お母さんは家で洋服を縫う仕事をしているから、この時間は部屋にいると思う。


「お母さぁーん、ただいまぁー。帰ったよぉー」

「えっ、カイル? もう帰って来たの? ちょっと待っててね……」


 お母さんの部屋の前まで行くと呼びかける。すぐに部屋の中からお母さんの声が返ってきた。

 リザベルと一緒に廊下で待っていると、扉が開いて、白いエプロンを付けたお母さんが出てきた。


「早かったのね。まだ夕方前よ」

「うん、ちょっと疲れたから休みたいんだ」

「大丈夫? 怪我とかしたの?」

「ううん、平気だよ」


 心配顔でお母さんが僕の顔を見たり、怪我していないか身体を触って調べる。

 心の問題でお母さんに心配かけたくないから、笑って平気だと答えた。


「そうそう。大丈夫ですよ。ちょっとはしゃぎ過ぎて疲れちゃっただけですよ。ほら、こんなに夢結晶を手に入れたんですよ」

「凄い……カイルがそんなに集めたんですか?」

「ええ、全部で七個集めたんですよ。俺はほとんど見ていただけで、流石はエリックの息子ですね」


 ……ですよ、ですよ、とうるさいんだよ。さっさとそれ持って帰れよ。

 リザベルは手に入れた夢結晶を堂々と見せて、お母さんをビックリさせている。

 泥棒して手に入れた物を僕のお母さんに見せないで欲しいし、僕は何もしていない。


「もういいだろう? 僕は疲れているし、お母さんは仕事中で忙しいんだよ。夢界に帰ってよ」

「おいおい、もうちょっと話してもいいだろう?」


 リザベルの身体を台所に押していく。

 ピクリとも動かないけど、帰れという意思は見せないといけない。


「あうっ!」

「こら、カイル。リザベルさんに失礼よ。お母さん、ちょっと休憩しようと思っていたの。リザベルさんもお茶どうですか?」


 でも、後ろからお母さんに身体を掴まれて止められてしまった。

 それどころか、要らない気を使ってお茶まで出そうとしている。


「はい、いただきます。お昼に何も食べてないから助かります」

「そうなんですか? もしかして、カイルが疲れているのは、何も食べていないからじゃないの? すぐに作るから待っていなさい」

「いいよぉー。お腹空いてないよぉー」


 クズ妖精だから、さりげなくというか、狙って何も食べてないアピールをしている。

 お母さんは僕の為にご飯を作ってくれるみたいだけど、当然、リザベルのご飯も作ると思う。

 これ以上、家にいて欲しくないから断固食べないと主張する。


「ダメ。ちょっとは何か食べないと身体に悪いんだから、お母さんの言う事を聞きなさい」

「うっ、はい……」


 だけど、僕の主張はお母さんに簡単に却下されてしまった。

 このまま僕が我儘言っても、お母さんを困らせるだけなので仕方なく食べる事にした。

 ……はぁぁ、お肉以外なら食べれるかな?


 台所の椅子に座ると、リザベルが早速嘘の話をお母さんに始めた。


「今日は俺の知り合いの第三王女様にも会ったんですよ」

「そんなに凄い人とお知り合いなんですね」

「ええ、この後も地上の方で600万ダカットの取引きがあるんですよ。優秀な妖精だと、地上も夢界も関係ないから大変ですよ」


 僕はその嘘をパンにジャムを付けて、少しずつ齧りながら黙って聞いた。

 言いたい事を全部言ったら、早くその600万ダカットを強盗してくればいい。

 あと、最初は450万だったのに、移動するたびに値段が少しずつ増えている。

 もうリザベルが馬鹿だから、値段を覚えてないとしか思えない。


「ごちそうさまでした。それじゃあ、明日も朝ご飯前に迎えに来ますね」

「はい、よろしくお願いします」


 ……朝ご飯後に来いよ。そして、出来れば二度と来るな。

 食欲がない僕の分まで食べると、リザベルはやっと帰るみたいだ。

 椅子から立ち上がると、床に六芒星の魔法陣を出現させて、夢界に帰っていった。

 こんな家の中に自由に出入り出来る危険な魔法陣は早く何とかしたい。


「ねぇ、お母さん? 夢界で仕事しないと駄目?」


 邪魔者がいなくなったので椅子から立ち上がって、食器を洗っているお母さんに抱き付いた。


「どうしたのいきなり? あんなに行くのを楽しみにしていたのに?」

「だって凄く怖いんだよ。大きなフォークを持った大きな人面ピーマンが襲って来るんだよ」


 お母さんが理由を聞いてきたので、両手をいっぱいに広げて、人面ピーマンがどんなに大きくて怖かったか話していく。お母さんは僕の頭を優しく撫でて、話を怒らずに聞いてくれる。


「そう、それは怖かったわね。カイルが行きたくないなら、お母さんはそれでいいから。お母さんはカイルが元気で笑っている方が幸せなのよ」

「うん。ありがとう、お母さん。僕、明日からは学校に行くね!」


 夢界に行かない事をお母さんは笑って許してくれた。

 お母さんに少しは楽させてあげたかったけど、僕に夢界の仕事は向いてない。

 僕に出来る事は学校で一生懸命に勉強して、良い仕事に就く事だと思う。


【第一章・終わり】

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10歳になると妖精と契約できる世界でハズレ妖精と契約してしまった少年 アルビジア @03266230

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