第13話 不死身の怪物
「何だよ、倒せるなら——」
「来るな。まだ倒してない」
「えっ?」
一撃で白い怪物を倒したリザベルに呆れた顔で近づいていく。
こんなに簡単に倒せるなら、さっさと倒して欲しかった。
でも、真剣な声で来るなと言って、手で制してきた。
どう見ても、頭を失った怪物が生きているようには見えない。
「何言ってんだよ。もう死んで——」
「何だ。つまらない奴だな。俺がせっかく頭を吹き飛ばしてやったのにもっと喜べよ」
「にゃ⁉︎ うわわわわッッ⁉︎」
冗談でも言っているのかと思ったのに、立ったまま死んでいた怪物の首から頭が生えてきた。
ビックリして大慌てで怪物から離れた。全然死んでなかった。
「この夢の世界では俺が神だ。あの男のように何度でも殺して生き返らせる事が出来る。当然、俺自身もな」
「そんな……それじゃあ、倒せないじゃん」
ニタニタと怪物は笑って教えてくる。不死身の怪物なら絶対に倒せない。
倒せたと喜ばせてから突き落とすなんて酷い。
「安心しろ。この雑魚が影響を与えられるのは精神体だけだ。肉体を持つ俺達には関係ない」
「ちょっと言っている意味が分からないんだけど、倒せないんだよね?」
「はぁ? この雑魚なら余裕で倒せるに決まっているだろう」
諦めている僕を励ましてくれているのか、リザベルは倒せると豪語している。
神だと言っている怪物に勝てるとは思えない。出来れば雑魚中の雑魚の僕の方を瞬殺して欲しい。
「クックックッ。前にも妖精と男の子供を殺した事がある。必死に武器で俺を倒そうとしていたが、妖精の手足を折った後に子供をたっぷりと犯してやった。夢の中だと時間もある程度操れるから、精神が壊れるまで犯してやった。地上に戻っても廃人になっているだろう」
「そ、そんな……」
死ぬだけで終わらないと、怪物は白く濁った瞳で僕を見て言ってくる。
廃人になった自分の姿を想像しただけで怖い。それに廃人になったらお母さんが凄く悲しむ。
舌を噛み切ってもいいから、早く死なないと駄目だ。
「わぁー、怖ぁーい! で? それで脅しているつもりか? ほら、お前の番だ。折れるなら折ってみろよ」
「……なるほど。恐怖でイカれたわけじゃないようだ。元々イカれていただけか」
リザベルが身体を大袈裟に震わせて怖がった後、右腕を水平に持ち上げて、怪物に折れと言っている。
怪物の目を僕から逸らしてくれているのかもしれない。今のうちに死ねという事だろう。
……ありがとう、リザベル。僕はおじさんの下敷きになって死ぬからね。
怪物がリザベルに近づいていく。僕は空を見上げて、落ちてくる喪服男を探してみた。
でも、男が落ちて来る前に、怪物が振り上げた左拳がリザベルの右腕に振り落とされた。
「ヌッ⁉︎」
ブンッ、ピタッと怪物の左拳がリザベルの右腕の肘の上で止まっている。
当たったように見えたけど、ギリギリで寸止めして怖がらせたいみたいだ。
でも、リザベルは全然ビビっていない。余裕の笑みを浮かべたままだ。
「どうした? 早く折れよ」
「ッ! 舐めるなッ‼︎ ぐがぁあああッッ‼︎」
流石にしつこい挑発にキレたみたいだ。
怪物はリザベルの左肩と右手を両手で掴んで逃げられないようにすると、鋭いギザギザの歯が並んだ大きな口を開けて、右腕に噛み付いた。
「ぐぅがああ! がぁがぐああ!」
鋭い歯を動かして、右腕に歯を食い込ませて噛み千切ろうとしている。
見ているだけで痛そうだ。それなのに喪服男が全然落ちて来ない。
せっかくリザベルが命懸けの時間稼ぎをしているのに無駄になってしまう。
それともこのまま怪物に食い殺されて、僕を逃してくれるつもりなのだろうか。
「ぐがぁ‼︎」
「えっ⁉︎ 何⁉︎」
イライラしながら意識を空に向けていると、怪物の呻き声が聞こえた。
怪物の方を見ると噛み付くのをやめて、右腹を手で押さえてよろめいていた。
一瞬、リザベルの右腕が不味くて気絶するのかと思ったけど、右腕は無事みたいだ。
腕はくっ付いているし、白い長袖シャツには赤い血も見えない。
優しく甘噛みされていたようには見えなかったけど、拳の寸止めと同じみたいだ。
もうこれ以上、僕を怖がらせるのは無理なんだから、さっさと腕を噛み千切って欲しい。
「どうした? その歯は紙切れで出来ているのか? 早く折れよ」
「うぐっ、どういう事だ? 何故、その右腕は壊れない?」
……あれ? 寸止めでも甘噛みでもなかったの?
怪物が動揺している感じにも見えるけど、腕が折れないフリをしているだけかもしれない。
どっちも嘘吐きだから、どっちが嘘なのか本当なのか分からない。
「何だ、分からないのか? じゃあ、ヒントをやるよ。ここはどこでしょう?」
「何? そんなのは夢の中に決まっている」
リザベルは笑みを浮かべて両手を広げると、怪物に問題を出した。
怪物は普通に夢の中と答えたけど、どう考えてもそれしかない。
「正解。じゃあ、誰の夢の中でしょう?」
「誰のだと?」
リザベルがまた問題を出したけど、怪物は今度はすぐに答えずに考えている。
僕は喪服男の夢の中だと思うけど、違うのだろうか。
「はい、時間切れです。不正解者は死んでくださぁーい」
「くっ!」
今度は答えを教えるつもりはないみたいだ。
リザベルは一気に怪物との間合いを詰めると、右拳を怪物の腹に激しく叩き込んだ。
「ぐぼぉ‼︎」と怪物の身体が殴られた衝撃でくの字に折れ曲がっている。
やられているフリには見えないけど、やられているフリかもしれない。
……あっーあ、駄目だ! すぐに「残念。やられているフリだ」とか言い出しそうだ。
リザベルの拳の乱撃に、怪物の身体が激しく揺れているけど不安しか感じない。
破裂した頭が再生したのを見たから、全然勝っているように見えない。
「うがぁ、ぐふぅ、な、何故だ、どうして夢の中から出られない?」
「嘘……いや、本当なの?」
数十発の拳を反撃も出来ずに一方的に受け続けた結果、怪物がドサァと地面に崩れ落ちた。
確かにリザベルは逃げ足も速かったし、それに僕を抱えて町中を走っていた。
信じられないけど、スピードもパワーも凄くて、本当に優秀な妖精なのかもしれない。
「そんなの決まっている。夢の中でも力の強い方が勝つ。ここは俺の夢の中だ。その怪物の皮を剥がす事も簡単に出来る」
「ぐぅ! ぬぅおおおお!」
リザベルが手の平を向けると、白い怪物が苦しみ出して、身体がドロドロ溶け落ちていく。
肉塊の中から五十歳ぐらいの男が現れた。ボサボサの逆立った黒髪に灰色の肌をしている。
醜い不気味な灰色の顔には黒い化粧が塗られていて、紫や濃い緑色の色の服を着ている。
そして、胸には夢結晶が何個も繋がれたネックレスをしている。
「それが本物のお前か? 随分と醜い顔だな。結晶の力に冒されているぞ」
「くっ! 俺の顔を見たな!」
身体が人間サイズに縮んだ男は、自分の身体を触って動揺している。
もしかしたら、フリじゃないかもしれない。
リザベルがいつも適当な事を言うから本当なのか分からない。
早く決着を付けて、どっちなのかハッキリと教えて欲しい。
「チッ、なるほど。俺の負けらしい。だが、残念だったな。夢の中では人は殺せない。好きなだけ俺を痛め付ければいい。地獄なら何度も見ている。お前に出来るのはその程度の事だけだ」
僕の疑問に答えてくれたのは、夢狩りの男の方だった。舌打ちすると両手を上げて降参した。
どうやら僕は助かったみたいだけど、男が開き直っているからちょっとムカつく。
これだと勝った感じがしない。
「うん。じゃあ、そうする。お前もボコボコにするのを手伝えよ」
「嫌だよ。何か汚いし触りたくない」
「ふぅーん。まあ、別にいいぜ。とりあえずこれは没収だ」
「くっ……」
リザベルが夢狩りの男をボコボコにするのを手伝えと言ってきたけど、近づきたくない。
僕が断ると、早速夢結晶が繋がったネックレスをブチッと引き千切った。
「ぐがぁ!」
ついでに男の髪を掴んで、そっちもブチッと乱暴に引き千切った。
男の苦痛の声が聞こえたけど、男は我慢強いみたいだ。
「随分と優しいんだな。マッサージでもしてくれるのか?」
大量の髪の毛を抜かれたら、普通の人なら大声で叫び回ると思う。
なのに、男はニッと笑って何もなかったように立っている。
「へぇー、面白い。どこまで我慢できるか見てもらおうか」
「ぐがぁ、あぐぅ、ぐぅぅ……」
リザベルはそんな男の首を左手で締め上げると、容赦なく右手で髪を引き千切っていく。
男の頭が血だらけになっていくのが気持ち悪くて見ていられない。
吐きそうな口を押さえて、「もういいから、早く帰ろう」と言った。
「おいおい、お前は神様か? コイツは妖精殺して、子供を廃人にしたんだぜ。夢結晶を手に入れれば、また夢の中に入れるんだ。たっぷり痛い思いをさせて地上に帰ってもらうのが礼儀だろ?」
「そうかもしれないけど、そんな奴でも苦しんでいる姿は見たくないよ」
今日一日でもう夢の世界は十分だ。気持ち悪くて怖い思いしかしていない。
早く家に帰って、お母さんに甘えたい。
「この程度で苦しいとか随分と優しいもんだ。まあいいぜ。内臓潰して、金玉潰して、頭も潰したら帰ろうぜ。そのぐらいしないと、殺された妖精と子供の怒りは収まらないだろうからな!」
「ぐぅがああッッ‼︎」
「ひぃっ⁉︎」
やっぱり僕には気持ち悪くて見ていられない。
右手の指を真っ直ぐに伸ばして、リザベルは男の腹に突き刺した。
お腹の中で右手をグチャグチャ掻き回して、男に絶叫を上げさせている。
目を閉じているから、その間に色々と潰して終わらせて欲しい。
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