第12話 白い怪物

「少しは落ち着いたか?」

「う、うん、もう大丈夫」


 リザベルに聞かれて、大丈夫だと答えた。

 吐き気が全然止まらないけど、吐くものが胃の中にないから大丈夫だ。


「とりあえず落下してくる男を助ける。そうすれば、男に夢を見せている奴が現れるはずだ」

「そうなんだ。その後はどうするの?」


 夢見の扉二回目の僕には何も分からない。

 空を指差している自称ベテラン妖精に頼るしかない。


「おいおい、何度も同じ男を空から落として殺している奴だぞ。まともな奴じゃないのは分かるだろう? 当然、ボコボコに決まっている。お前も殺されないように気を付けるんだぞ」

「ボコボコって、そんなに簡単に出来るの?」

「あっははは! おいおい、誰に聞いてんだ? 優秀な俺なら余裕だよ! それじゃあ、ちょっと飛んで来るぜ」

「はぁーい、いってらっしゃい」


 笑って余裕みたいだけど、リザベルに倒せるとは思えない。ついでに僕も倒せない。

 白い翼を生やして空に飛んでいった妖精を手を振って見送った。


「……はぁぁ、ここから離れよう」


 バラバラ死体の真っ赤なお花畑の近くには、これ以上いたくない。見た目も臭いも最悪だ。

 ため息だけを吐き出して、何も無い綺麗な地面の所まで移動した。


 しばらく地面に座り込んで待っていると、リザベルが何かを持って戻って来た。

 ギャーギャー騒いでいる男の右足を両手で掴んで、真っ逆さまにぶら下げた状態で運んでいる。

 持ち方が酷く雑で痛そうだ。


「ほら、着いたぞ」

「あぐっ!」


 あまりにも雑過ぎる。男の手が地面に付くとリザベルは男の足から両手を離した。

 男が地面にドサァと落下して痛がっている。

 どう見ても人間扱いじゃなくて、壊れてもいい物扱いだ。


「よっと。何か現れたか?」

「何も現れてないよ。その人は何か知らないの?」


 地面に着地したリザベルが聞いてきたので、何も見てないと答えた。

 僕よりも四十歳ぐらいで茶色い髪を油で固めている、黒服喪服の男に聞いた方がいい。

 人面ピーマンの時は夢を見ている人に話を聞けと言っていた。


「おい、お前は誰だ?」

「お前達こそ、誰だ! 私が雇った夢狩りじゃないだろう! 私にこんな悪夢を見せ続けるなんて、何の恨みがあるんだ!」

「何だ、コイツ? 頭おかしいぞ」


 ……お前に言われたらお仕舞いだよ。

 リザベルが地面に座っている男に聞くと、男がめちゃくちゃ怒って言ってきた。

 リザベルが嫌そうな顔で僕を見ると、自分の頭を人差し指で指して、指をクルクル回している。

 頭がおかしいのはお前の方だ。雑に持ち運んで雑に地面に落としたから、こんな反応になっている。


「僕達は怪しい者じゃないです。夢界の扉から、この夢に入った妖精と子供です」

「何? じゃあ、ただの第三者で夢狩りでもなんでもないのか……」


 僕が説明すると、男は怒るのをやめて、ガッカリと落ち込んでしまった。

 敵じゃないと分かってくれたみたいだけど、僕は夢狩りが分からない。

 リザベルの上着の袖を引っ張って、小声で聞いた。


「ねぇ、『夢狩り』って何?」

「夢狩りは夢界の扉を使わずに、特定の人物に望む夢を見せるのを仕事にしている連中だ。良い夢でも悪い夢でも金さえ払えば見せてくれる」

「ふぅーん、そんな仕事もあるんだ」


 流石はベテラン妖精だ。知識だけはある。聞いたらすぐに教えてくれた。


「ああ、その妖精の言う通りだ。高い金を払って、この悪夢から助けて欲しいと依頼したのに、どいつもこいつも口だけの無能ばかりだ」


 そして、この文句を言っている人も夢狩りを雇っているみたいだ。

 無能な夢狩りだと苦情を言っているけど、リザベルの話では力の強い方の夢を見せる事が出来るらしい。

 だとしたら、凄腕の夢狩りの人が悪夢を見せている事になる。


「あっーあ、分かる分かる。口だけの奴が本当に多いよね」

「お前が言うなよ。それよりもまだ現れないけど本当に現れるの?」

「現れるはずだぜ。だって、死ぬ夢を見せるのが仕事なんだ。仕事を邪魔されたら嫌だろう?」

「それはそうだけど……」


 男を助けたのに夢を見せている犯人が全然現れない。

 口だけ妖精のいい加減な情報だと思ったけど、ニッとリザベルが笑って、人差し指を指した。


「ほら、噂をすれば現れたぞ」

「えっ?」


 指した方向を見ると、地面に出来た不自然な黒い影から人が浮き出ているのが見えた。


「……俺の仕事の邪魔をするのはお前達か? 妖精と子供か、女は死ぬまで犯してやる。現実に戻った後も俺の夢に入った事を後悔しろ」


 ……うぷっ、また吐きそうかも。

 人間の姿だけど、濁った男の声で全身が腐敗したような不気味な白い肌をしている。

 身体は大きく、髪は全て抜け落ちていて、口と手だけが他と比較して異常に大きい。


「ひぃっ⁉︎ ば、化け物⁉︎」

「ちょっと、この娘を犯すならお金払って貰わないと困るんですけど。一晩三万フルムでどうですか?」


 僕の代わりに喪服男が凄く怖がっているけど、馬鹿妖精の方は値段交渉を始めている。

 僕は想像以上の強くて醜悪な怪物が現れて、どうすればいいのか分からない。

 人面ピーマンの五倍ぐらいは強そうで勝てそうな気がしない。


「金を払えか……いいぜ。お嬢ちゃんの名前と住所を教えてくれ。届けてやるよ」

「ルイカ、絶対に教えたら駄目だぞ。家にアイツが来るぞ」

「そのぐらい分かるよ。ほら、さっさとボコボコにしてよ。出来るんでしょう?」


 言われなくても住所を教えたら、現実の家に人間の化け物がやって来るのは分かる。

 それよりも僕が犯される前に、リザベルには勇敢な妖精として死んでもらいたい。

 そうすれば契約が無くなって、僕は地上に強制的に追い出される。


「フッ。当たり前だろう。俺の本気みせてやるよ」

「うん、応援している。頑張って!」


 僕の声援を背中に受けて、リザベルが勇敢に白い怪物に向かっていく。


「おい、いくら払えば見逃してくれる?」


 ……さっさと死ねよ!

 何故か戦わずに値段交渉を始めた。予想外だけど、ある意味予想通りの行動だ。

 でも、白い怪物の方も「悪いが、この仕事は信用第一だ」と予想外の事を言ってきた。

 意外と真面目な性格みたいだ。


「ふぅー、あんたも商売上手だな。分かっているって。報酬の三倍払う。あんたは失敗したと言えばいいだけだ。簡単な仕事だろう?」

「確かに簡単な仕事だ。報酬はその男が死んだ時、150万ダカット支払われる約束をしている」


 ダカットは地上の通貨で、お母さんが月に8万ダカット稼いで、何とか僕と二人で生活できている。

 凄く高い報酬だけど、人一人の命の値段だと思うと凄く安い。


「分かった! 450万ダカット払う! その後も私の護衛をしてくれれば、さらに金を払おう!」

「なるほど。確かにそれなら信用を失っても問題なさそうだ……」


 リザベルが勝手に交渉していただけかと思ったけど、喪服の男も参加していたみたいだ。

 白い怪物の目の前まで急いで這っていくと、指を十本広げて支払う意思を見せている。

 右手で四本、左手で五本の方が分かりやすいとは思うけど、確かに指十本の方が多いのは伝わる。


「だが、俺はお前みたいな金に汚いゴミ屑を、ジワジワと殺すのが楽しみなんだ。死ね!」

「へっ? ぐばぁ‼︎」


 だけど、交渉決裂みたいだ。

 白い怪物が大きな口で不気味な笑みを作ると、跪いている男の頭を大きな右手で引っ叩いた。

 ドパァンと男の頭が破裂して、地面の上に肉片が飛び散っていく。


「次はお前だ、と言いたいが妖精を殺すと女が消えるからな。お前は女で楽しんだ後に殺してやる」


 白い怪物は喪服男の後ろに立っていたリザベルを指差した後に、すぐに僕の方を指差した。

 呆然としているリザベルを無視して、僕に向かって歩いてくる。

 こんな障害物の無い見晴らしのいい場所だと走って逃げるのは無理だ。

 だとしたら、リザベルに頼るしかない。


「リザベル! 僕を掴んで空を飛んで!」


 空から僕を突き落としてくれれば、楽に死ねる。

 どんな事をされるのか分からないけど、犯されるのはとても痛そうだ。


「えっ? いいよ、面倒くさい。コイツ、殺すから」

「何言ってんだよ⁉︎ 無理に決まっているだろ!」

「大丈夫大丈夫! 瞬殺するから」


 僕に向かって歩いていた白い怪物が歩くのをやめて、振り返ってリザベルを見た。

 殺す発言にイラッとしたのかもしれない。

 そんな怪物に向かって、リザベルはヘラヘラ笑いながら近づいていく。


「くだらない手だ。俺を怒らせて先に殺されて、女を夢の中から逃すつもりだろう。そんな見え透いた手に引っ掛かると思っているのか?」


 ちょっと意外だけど、あんな奴でも良いところが少しはあるみたいだ。

 僕の為に死ぬつもりだったみたいだ。だけど、その狙いは怪物にバレていた。


「でも、引っ掛かるつもりはないんだろう? だったら、俺が攻撃し放題だ」

「やってみろ。無駄だと分かるだけだ」

「じゃあ、遠慮なく!」


 拳をゴキゴキ鳴らして、リザベル殴る寸前なのに、怪物は避けるつもりもないみたいだ。

 防御もせずに突っ立った状態で殴られるのを待っている。

 まあ、買収を提案する時点で弱いと言っているようなものだから、舐められるのも仕方ない。

 でも、予想外の事が起きてしまった。


「——ッ‼︎」

「えっ? 嘘……」


 ドパァン‼︎ 怪物の目の前まで行くと、リザベルは軽く飛び上がって右拳を振り上げた。

 怪物の顎の下に直撃した拳の一撃が、怪物の頭を粉々に破壊した。

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