第11話 黒扉の空

「あちゃー、困ったな。鍵さえ無ければ入れるのに、黒扉が出た瞬間を狙わないとな」


 夢見の館に第三王女リゼット、褐色妖精オルクスとやって来た。

 予想通りにガチャガチャと黒扉に付いた鎖を鳴らして、リザベルは入れないと言っている。

 一応はやる気を見せる為に、出た瞬間の黒扉をキョロキョロ探しているけど、絶対に入るつもりはない。

 この妖精はそういう妖精だ。


「退け、時間の無駄だ。開けてやる」

「あっ、ちょっと⁉︎ そういうのは怒られると思う——」


 オルクスが邪魔だと言わんばかりに、赤い穂先の槍を黒扉に付いている大きな錠前を狙って振り上げた。

 リザベルが慌てて常識みたいな事を言おうとしているけど、その前に槍が振り下ろされた。


「ひぃっ‼︎」

「ほら、開けてやった。一分以内に入らなければ帰る。分かったな、腰抜け」


 ブゥーン、ガシャンと槍の一撃で頑丈な錠前は破壊されてしまった。

 リザベルが驚いて軽く悲鳴を上げたけど、頭を壊されないだけマシだと思う。


「早く謝った方がいいよ。無理なんでしょう?」

「あっーあ、何だよ、隣にも黒扉あるじゃん。ルイカ、さっさと入ろうぜ」

「にゃ⁉︎」


 ……嘘でしょう⁉︎ 無理無理、どう見ても青色の扉だよ。

 謝るように説得しているのに、リザベルは三つ隣の青色の扉に入ろうとしている。

 それで終わった後に「あれ? 間違えちゃった?」とか笑って誤魔化すつもりだ。

 絶対に無理だからもう謝った方がいい。


「残り40秒だ。私は青扉でもいいぞ。私も中に入ってやる。私よりも千倍も優秀ならば、私に殺される前に夢結晶を手に入れる事が出来るだろう」

 

 だけど、オルクスが青扉に入ったら、追いかけて殺すと言ってきた。

 あれだけ挑発したから怒るのは当然だけど、リザベルが簡単に謝るはずがない。

 もう僕が代わりに謝るしかない。


「すみません! 本当にすみません! コイツ、大嘘吐きの馬鹿なんです! 許してください!」

「おい、やめろよ。恥ずかしい奴だな」

「くっ!」


 二人にペコペコと頭を何度も下げて謝る。そんな僕をリザベルは恥ずかしいと言う。

 一番恥ずかしい存在が誰なのか分かってない。


「もういいです。ここまで来れば面白いものが見れると期待したんですけど、気分が悪くなるだけでした。許してあげますから、二度と屋敷に来ないでください」

「はい! ありがとうございます!」


 リゼットが呆れ顔で許してくれた。ホッとすると、すぐに頭を下げて感謝した。

 これでまだまだ夢界で仕事を続けられる。そう思っていたのに馬鹿が邪魔するつもりだ。


「おい、待てよ。冗談に決まっているだろう。俺達が戻って来るのをそこで待ってろ。ルイカ、行くぞ」

「にゃ⁉︎」


 リザベルが黒扉を握って入ると言い出した。

 扉を開ける前に二人が止めてくれると期待しているなら、絶対にやめた方がいい。

 絶対に止めたりしない。むしろ、さっきから入れると言っているんだからあり得ない。


「もぉー、僕を巻き込まないでよ! 君が死んだら僕が夢界に来れなくなるんだよ! 許してくれたんだからもういいでしょう!」

「情けない奴だな。ここまで言われて悔しくないのか?」

「僕は何も言われてないよ! 言われたのは君だけだよ! これ以上、僕に迷惑かけないでよ!」

「時間切れだ。私達は帰る。お喋りならば、好きなだけ二人ですればいい。リゼット、帰ろう」

「そうですね」


 リザベルと『入る、入らない』で言い争っていると、オルクスがもう帰ると言い出した。

 リゼットも帰ると言っている。あっちの二人が大人で助かった。これで黒扉に入らずに済んだ。


「だから、入るって言っているだろう」

「えっ? ちょっ⁉︎ 何やってんだよ⁉︎」


 だけど、安心している僕の耳にガチャという不吉な音が聞こえた。

 扉の方を見ると馬鹿が本当に黒扉を開けていた。開いた扉の先には青空と白い雲が見える。

 思ったよりは綺麗な世界だけど、入りたいとは思わないし、入らなくて済むとも思わない。

 開いた黒扉が巨大化すると、僕とリザベルを夢の世界に飲み込んだ。


 ♢

 

「わあああああッッ‼︎」


 ……あっ、終わった。

 大声で叫びながら、地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。

 僕は扉に飲み込まれると大空の真ん中に浮いていた。そして、今は落下している。

 二分後か、三分後には茶色い地面に激突して潰れて死んでしまう。


「あっーあ、空を飛べないと絶対に死ぬじゃん。明日からは学校かぁー」


 死ぬと分かっているのに意外と冷静だ。

 夢で死んでも現実では死なない。明日からは学校に行く事になる。

 お母さんを仕事で手に入れたお金で楽させようと思ったのに、それも出来ずに終わってしまう。

 全部、馬鹿妖精の所為だ。


「おーい! おーい! 今、助けてやる!」

「あっ、馬鹿だ」


 リザベルの事を考えて不機嫌になっていると、何かが空にいるのが見えた。

 よく見ると、うつ伏せ状態で落ちているリザベルが手を振っていた。

 スイスイとまるで空を泳ぐように両手で宙をかいて、近づいてくる。

 助けると言っているけど、地面に落下する前にこの世界から脱出する方法でもあるのだろうか。


「ふぅー、間に合った。死んだら助けられないから焦ったぜ」

「それはそうだね」


 確かに死んだら終わりだ。まあ、リザベルと違って、僕は地上に戻るだけだ。

 馬鹿な妖精が死んで、夢界がちょっと平和になるだけだ。


「後ろから抱き締めるけど暴れるなよ」

「はぁーい」


 どうせ一分後に死ぬと分かっているから好きにさせよう。

 リザベルが後ろから抱き付くと、僕の両手足を自分の両手足を使って、ギュッと締め上げる。

 地面に激突する前に僕の手足をへし折るつもりかもしれない。


 でも、その予想はハズレてしまった。

 ガクンと空に身体が引っ張られたと思ったら、落下するのが止まってしまった。


「えっ? 飛んでる?」

「当たり前だ。妖精なら羽があるから飛べる。このまま地上に降りるぞ」

「あっ、うん……」


 完全に忘れていた。言われてみたら確かにそうだ。

 ちょっと見えないけど、リザベルは妖精だから、背中に蝶のような綺麗な羽が四枚あるはずだ。

 でも、個人的には蛾のような汚らしい羽が生えていると思う。

 命の恩人にかなり失礼だけど、そう思ってしまうのだから仕方ない。


「よっと。到着だ」

「ふぅー、とりあえず死なずに済んだよ。これからどうするの?」


 土の地面に無事に僕の両足が付いた。一安心した後に後ろを振り返って、リザベルに聞いた。

 真っ白な翼が二枚、リザベルの背中に生えているのが見えた。

 蝶の羽でも蛾の羽でもなかった。性格の悪さは影響しないみたいだ。


「そうだな。まずは黒扉を説明してやるか。夢には『自分で見る夢』と『他人に見せられている夢』の二つがある。鍵付きの扉は他人に見せられている夢なんだ」

「んっ? よく分かんないんだけど、それに問題でもあるの?」

「確かに善良な者が使えば問題ないが、世の中には善良じゃない者も沢山いるからな。基本的にこの世界は力の強い方の夢を見せる事が出来る。見るのが嫌な夢でも強制的に見せる事が出来る」


 リザベルが黒扉の説明を始めたけど、いまいちよく分からない。

 こんな地面と青空しかない夢を他の人と一緒に見る意味があるのだろうか。

 思いっきり走り回る事しか出来そうにない。


「ほら、あそこを見てみろ」

「……何か落ちているね。何だろう?」


 僕の頭をポンポン叩いた後に、リザベルがある方向を指差した。

 少し遠くの地面に黒い塊が何個も落ちている。

 リザベルと一緒に黒い塊が何なのか確かめに行った。

 その結果、気持ち悪いものを発見してしまった。


「ひぃっ⁉︎ な、な、な、な、な……」

「大量の死体だな。しかも、全員同じ男みたいだ」


 地面いっぱいの人間のバラバラ死体を見て悲鳴を上げると、リザベルに抱き付いた。

 こんなの子供に見せたら駄目だ。夢で見てしまう。


「うわあああああッッ‼︎」

「おっ、空から人が落ちてくるぞ」

「えっ……」


 気持ち悪いのを我慢していると、空から声が聞こえてきた。

 リザベルが指差す方向を見ると、落下してくる男と目が合った。

 そのまま男は地面に激突して、全身がバラバラに弾け飛んでいく。

 まるで地面に真っ赤な血花が咲いたみたいだ。


「うっぷ! もう我慢できない……」


 リザベルから離れると、地面に胃の中身をレロレロと吐き出していく。


「おい、偽死体なんだから我慢しろよ」


 そんなの無理だ。夢の世界だから現実の人間が死んでいないのは分かる。

 分かるけど無理なものは無理だ。吐き出したい時に吐き出して、スッキリしたい。

 トイレと一緒で全部出さないとスッキリしない。

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