第10話 良い金蔓の屋敷

「ここ、本当に知り合いの家なの?」


 リザベルに連れられて、良い金蔓の家までやって来た。

 だけど、目の前の家は三十人ぐらいは余裕で住めそうな大きな屋敷だった。

 大きな鉄柵の門の先には、二階建ての横に広い白い建物が見える。


「当たり前だろう。俺と同じぐらいに優秀な妖精の家だ。身分の高い人間と代々契約しているんだぜ」

「へぇー……」


 ようするにクズ友達みたいだ。

 庶民派のリザベルと違って、こっちはお金持ちを専門に騙しているみたいだ。


「鍵はかかってるな。さてと、紹介してやるから行くぞ」

「わぁっ⁉︎ 何するんだよ!」

「開かないから飛び越えるに決まっているだろう。舌を噛まないようにするんだぞ」


 両開きの鉄柵が開かない事を確認すると、リザベルが僕の身体を持ち上げた。

 肩に担がれた状態で理由を聞いたら、鉄柵を飛び越えると言ってきた。

 もう友達なのかも怪しくなってきた。

 僕は泥棒の手伝いをさせられているのか、もしかすると売られるのかもしれない。


「ぐふっ!」


 人攫い妖精は軽々と鉄柵を飛び越えると、スタッと敷地内の石畳に着地した。

 着地の衝撃が僕のお腹を襲ってきたけど、すぐに肩から僕を降ろしてくれた。


「これから会う妖精は女だ。第三王女と契約しているらしい。女の子にしてやったんだから、姫様に気に入られるように頑張るんだぞ」

「ねぇ、本当に友達なんだよね? 全然知らない人の家じゃないよね?」

「当たり前だろう。知らない人の家に入れるわけないだろう。多分、二階にいるぞ」


 ……僕の家には入ったくせに。

 まるで自分の家のように、リザベルは屋敷の玄関扉を開けて、屋敷の中に入っていく。

 僕を女の子にした理由がその第三王女と仲良くさせる為の可能性大だ。

 それに屋敷の人と友達というのもかなり怪しい。

 屋敷の人の姿は見えないから、空き巣の手伝いの可能性も出てきた。


「水の山? 空飛ぶ箱? 虹色の鳥?」


 階段の壁に掛かっている独創的な絵を見ながら、階段を上っていく。この屋敷の人は絵が好きみたいだ。

 変な怪物の絵や風景画が多いけど、夢見の世界を絵に描いているのかもしれない。


「おっ! やっぱり二階にいたな。おーい、女友達を紹介に来てやったぞ!」

「……誰ですか?」

「さあ、初めて見る奴です」


 ……うわぁー、絶対に知らない人の家だ。二人とも凄い目で睨んでいる。

 本当に二階に人はいたけど、とても友好的には見えない。

 二階には二人の女性がいて、子供っぽい方はピンク色の長い髪に銀色の鎧を着て、剣を持っている。

 大人っぽい方は銀色の髪、褐色の肌、緑色の瞳の中の黒目は猫のように細く、槍を持っている。


 多分、銀髪の大人っぽい人が妖精だ。

 黒紫色の革の長袖と半ズボンが一体になった服を着ていて、その下に白いボタン付きのシャツを着ている。

 何故か、革服のチャックと白シャツのボタンを開いて、胸と紺色の下着を堂々と見せている。

 そして、黒の長靴下を着用している。黒の長靴下は大人気のようだ。

 

「紹介するよ。エリックの子供のルイカだ」

「初めまして、ルイカです。これとは知り合いじゃないですよね? すみません、すぐに出て行きます」

「おい、引っ張るなよ」


 リザベルの隣に立って、頭を二回下げた。一回目は挨拶で、二回目は謝罪だ。

 二人の目を見れば、友達じゃないのは明らかだ。

 剣と槍で殺される前に、リザベルの手を引っ張って屋敷の外に出よう。


「待て。エリックの事は知っている。シュロスが契約していた子供だ。それで何の用で来た?」


 銀髪の女性がピクリとも動かないリザベルを引っ張っていると聞いてきた。

 僕のお父さんと契約していた妖精を知っているみたいだ。

 

「だから姫様に女友達を紹介しに来たんだよ」

「お前は誰だ? 勝手に人の家に入って来ていいと思っているのか」


 やっぱり友達でも知り合いでもなかった。

 褐色妖精がリザベルに槍を向けて威嚇している。


「シュロスの友達のリザベルだよ。聞いた事ないかな? 友達の友達は友達だろ?」

「リザベル? 聞いた事もない名前だ」

「あちゃー、そうなの? 困ったなぁー」


 一番困っているのは僕だ。

 リザベルはシュロスの友達だと言っているけど、ここまで来るとそれも怪しい。

 お父さんの妖精シュロスに頼まれて、僕と契約したと言っていたけど、それも嘘っぽくなってきた。

 最初からこのお姫様に近づく為だけに、僕を騙して利用していたんじゃないだろうか。


「話は終わりだ、早く出て行け。シュロスが死んだからいい加減な事を言うつもりならば、シュロスの所に行く事になるぞ」

「す、すみません! すぐに出て行きますから許してください!」


 お父さんの妖精が死んでいたとは知らなかったけど、今は槍を向けられている方が大問題だ。

 このままだと、リザベルが槍に串刺しになって死んでしまう。

 僕の夢界の仕事も一日で終わりになってしまう。早く外に連れ出さないといけない。


「話は終わり? ああ、友達になってくれるのか。良かったな、ルイカ」


 凄く都合の良い耳だ。都合の悪い言葉は聞こえてないみたいだ。

 当然、そんな事が通用するはずもない。槍の穂先は向けられたままだ。


「私は早く出て行けと言ったんだ。ここには二度と来るな。次に来る時は死にたい時にしろ」

「なぁ、ちょっと黙っていろよ。俺はお前に友達を紹介に来たんじゃないんだ。そっちの姫様に話をしているんだよ。姫様、俺はコイツよりも数百倍は優秀だぜ。俺とルイカの友達にならないか? 絶対に後悔させないぜ」

「ほぉー、そんなに優秀ならば手合わせしてもらおうか。生きていたら話の続きを聞いてやる」


 褐色妖精を挑発するのは勝手だけど、負けると分かっている勝負はしない方がいい。

 それに屋敷の前で、「俺と同じぐらいに優秀な妖精」と言っていた。

 二階への階段を上っただけなのに、そんなに数百倍も強くなれるわけない。


「すみません、馬鹿なんです! 優秀なのは口だけなんです! ほら、帰るよ!」


 馬鹿の代わりに何度も謝って、グイグイとリザベルの手を引っ張る。どう見ても相手が悪過ぎる。

 でも、リザベルはピクリとも動かない。死んでもいいみたいだ。

 そんな馬鹿の覚悟に黙って見ていただけの姫様が心を動かしたみたいだ。


「ちょっと待ってください。せっかく来てくれたんです。お友達になるチャンスをあげてもいいんじゃない?」

「リゼット、何を言っている? こんなゴミの相手をするつもりか?」

「ええ、そうですよ。でも、ゴミじゃなくて優秀なんでしょう?」

「ええ、そこの女妖精の千倍は優秀ですよ」


 ニッコリと微笑んで聞いてくる姫に、リザベルもニッコリと微笑んで答えた。

 話している間にさらに優秀になってしまったようだ。


「だったら、問題ないですね。優秀な妖精さんなら、夢見の館の鍵の掛かった黒い扉の事は知ってますよね? その扉に入って、夢結晶を取って来てください。それが出来たら喜んで友達になりますよ」


 友達になる条件を姫様は言ってきた。だけど、鍵の掛かった扉に入ったら、生きては出られないらしい。

 姫様はリザベルにここで死ぬか、扉に入って死ぬか、選ばさせてくれるらしい。

 優しい姫様だけど、僕はどっちも嫌だから急いで屋敷から出るのが一番だと思う。


「フッ。優秀な妖精なら余裕で取りに行けますよ。それでいいんですね?」

「ええ、いいですよ。じゃあ、これから夢見の館に行きましょうか?」

「いいですよ。まだ、夜まで時間がありますからね」

「あなたが扉から出て来るのが楽しみです。きっと大きな結晶が取れるんでしょうね」


 僕の心配は気にせずに、リザベルと姫様の間で話はどんどん進んでいく。

 多分、二人とも冗談で本気じゃないと思うけど、先に引き下がった方が負けなんだろう。

 まあ、リザベルの事だから夢見の館に着いても、「鍵が無いから入れません」で逃げ切るとは思う。

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